第五話:氷の剣雨
これは僕が書きたかったから書いただけです。
飛ばしても大丈夫です。
「零、門を開け。──筑前へ行く」
大地の人工呼吸器の音が響く救護室に、柊夜の低く冷徹な声が響いた。
零は言葉を発することなく、ただ静かに頷くと、
自身の影を大きく広げて筑前へと繋がる漆黒の転位門を出現させる。
「柊夜様、私も──」
「ああ、来るな千夜。お前は治療が先決だ。氷雨、鏡花、絢芽。
お前たちも全員だ。……一人も残さず、叩き潰す」
水縹色の瞳を完全に怒りで染めた柊夜を先頭に、
氷と花の四人は、大地が血を流した地──筑前の荒野へと足を踏み入れた。
──だが。 転位門を抜けた先、冷たい夜風が吹き抜ける筑前の戦場に、
あの禍々しい質量を誇っていた灰燼棟梁・九条冥の姿はすでになかった。
そこに残されていたのは、大地の作った絶壁の周囲に群がり、
勝利を確信して下卑た笑い声をあげる、数百規模の灰燼の別働隊。
そして、その手にはすべて、赤黒い光を放つ『反・術式兵装』が握られていた。
「おいおい、なんだぁ? 月のガキどもを逃がしたと思ったら、
今度は氷と花の継承者がノロノロと這い出てきたか!」
「棟梁たちはもう次の洲へ向かわれたよ!
お前たちはここで、あのデカブツと同じように、なぶり殺しにしてやる!」
新兵装の絶対的な優位を信じて疑わない賊たちが、一斉に下劣な笑みを浮かべ、
柊夜たちを包囲するように武器を構える。
「……いない、か」
柊夜は静かに呟いた。 九条冥がここにおらず、
自分たちをただの「残党処理」として嘲笑っているという事実に、
彼の脳裏で、何かが完全に弾け飛ぶ音がした。
ピキ……ピキピキピキッ──!!!!!
「ひ、柊夜様……っ!?」
すぐ後ろにいた絢芽が、思わず恐怖で一歩身を引く。
柊夜の足元から、尋常ではない規模の冷気が爆発的な勢いで吹き荒れ、
筑前の乾いた大地が一瞬にして、
地吹雪の吹き荒れる極寒の永久凍土へと塗り替えられていく。
「おい、柊夜! 落ち着け!」
氷雨が慌てて叫ぶ。
「あの武器には幻術しか通じない」──国都で零が提示した絶対の攻略法。
魔術や奇術は、あの赤黒い刃に触れた瞬間にすべて無効化されて消える。
だからこそ、今は冷静に立ち回らなければならないはずだった。
しかし、今の冷泉柊夜に、そんな理屈は一切通用しなかった。
「関係ない」
柊夜の声が、世界そのものを凍らせるかのように冷たく響く。
「消されるというのなら……消し切れないほどの物量と出力で、
武器ごと、その肉体ごと、塵も残さず叩き潰すまでだ」
──『我が君命をここに捧げる』 『我の前に立つ愚かな愚民に死という名の祝福を』──
ゴォォォォォォォッ──!!!!!
柊夜が愛刀「氷河」を天へと掲げた、その瞬間。
筑前の夜空全体を埋め尽くすように、空間の水分が一瞬で凍り付き
──ざっと数千、数万に及ぶ、巨大で禍々しい『氷の至高の剣』が天空に出現した。
その圧倒的な威容に、さっきまで勝ち誇っていた数百の灰燼たちの顔から、
一瞬で余裕が消え失せる。
「な、なんだこれ……っ!? 術式は効かないはずだろ!?
構えろ! あの武器を掲げて、すべて遮断しろ!!」
「無駄だ。──消え失せろ」
──『氷の剣よ、我が手足となり奴らを殲滅しろ』──
柊夜が掲げた「氷河」を、容赦なく地面へと振り下ろす。
魔術──『氷の剣雨』。
ガガガガガガガガガガッ──!!!!!
天空を埋め尽くしていた数万の氷剣が、文字通り世界を穿つ豪雨となって、
地上の灰燼たちへと降り注いだ。
「おおおおおっ、遮断しろ! 遮断──がはぁっ!?」
一人の男が赤黒い大剣を掲げ、
頭上から迫る氷剣を一本、二本と確かに『消し去って』みせた。
──しかし、三本目、四本目、そして十本目の氷剣が、
遮断のプロセスが追いつくよりも圧倒的に速い。
その速度はおよそ一秒に百本。
暴力的な速度と質量で男の肉体を容赦なく貫き、大地へと縫い付けた。
『反・術式兵装』は万能ではない。
一度に遮断できる術式の許容量には限界がある。
柊夜の放った魔術は、そんな玩具の限界値を遥かに超越した、神の領域の質量だった。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオンッ!!!!!
筑前の大地が、絶え間なく降り注ぐ氷の剣によって狂ったように爆発し、抉られていく。
新兵装を掲げて防ごうとした者も、逃げ惑おうとした者も、
全ては柊夜の圧倒的な怒りの前には等しく「無力」だった。
武器ごと身体を粉砕され、あるいは生きたまま凍り付き、
数百の軍勢が文字通り秒単位で『消滅』していく。
「あ、あ、ああ……っ」
生き残ったわずか数人の賊が、腰を抜かしてガタガタと震えながら、
氷の雨の中に立つ青年を見上げていた。
数万の氷の剣がすべて地に突き刺さと、
筑前の荒野は、見渡す限りの「氷の剣の墓標」へと変貌を遂げていた。
わずか一撃。
零が警戒を促した数百の新兵装部隊は、
柊夜のただ一つの魔術によって、文字通り全滅したのだ。
パキン──。
柊夜は静かに「氷河」を鞘へと収める。
その水縹色の瞳は、これだけの虐殺を行った後だというのに、
未だに底知れぬ怒りと冷徹さを湛えたまま、静かに夜空を見上げていた。
「九条冥……どこへ行こうと、必ず地の果てまで追い詰めて殺す」
吹き荒れる筑前の冷たい風の中、最強の継承者の絶対的な復讐の誓いが、
静かに、しかし重く響き渡るのだった。




