第四話:糸
ゴォォォォンッ……!!!
筑前の荒野に轟いた、磐木大地の命を賭した絶対防御の壁。
九条冥たちの凶刃を遮断したその絶壁の影で、
大地の巨体が、ついに糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
愛刀「千崩」は砕け、背中からは止めどなく鮮血が溢れている。
意識が完全に闇へと沈みかけた、その刹那だった。
「──ん。……間に合って、よかった」
大地の身体が地面に完全に伏せる直前、彼の影が不自然に大きく伸び、
そこから影の継承者・影山零が、文字通り「影そのもの」となって滑り込んできた。
尋常ではない出血量。心音は、今にも完全に停止しそうなほど微弱だ。
零はいつもの淡々とした表情を完全に崩し、鋭い声を張り上げた。
「幽玄! 『黒縛』で大地の傷口を全部縛って!
1秒でも早く血を止めないと死んじゃう!」
「御意……っ!」
零の影から飛び出してきた守護官・烏山幽玄が、
手にした漆黒の糸「黒縛」を神速の勢いで展開する。
大地の肉体に刻まれた無数の裂傷、
そして背中の致命傷を、特殊な幻力が込められた糸で強引に縫合し、
出血をミリ単位で食い止める。
「千夜ちゃんたちを戻した転位門を、もう一度広げる! ──大地、死んじゃダメだよ」
零は小さな身体で大地の巨体を必死に支え、再び広げた影の門へと飛び込んだ。
九条冥がその異変に気づき、
絶対防御の壁を抜けようと模索し、こちら側へ到達した時には
──そこには砕けた大剣の破片と、大量の赤黒い血痕だけが残されていた。
◇
──一時間後。国都・総本殿、救護室。
「大地さん……っ! 嫌よ、目を開けてよ大地さん……っ!!」
静まり返った白い部屋に、千夜の悲痛な叫び声が響き渡っていた。
ベッドに横たわる大地は、全身を白い包帯と幽玄の黒い糸でがんじがらめにされ、
人工呼吸器の音だけが規則正しく部屋に響いている。
命の灯火は完全に消えてはいない。
しかし、いつ消えてもおかしくない、文字通りの意識不明の重体だった。
千夜は、同じく満身創痍で包帯を巻いた厳と朔夜に支えられながら、
大地の大きな、今は冷たくなってしまった手を必死に握りしめて涙を流し続けている。
「千夜様……申し訳ありません。
俺が、俺の盾が、大地様をお守りできていれば……っ!」
厳が悔しさに巨体を震わせ、床に拳を叩きつける。
そんな地と月の主従の様子を、
部屋の壁際に佇む氷と花の四人が、ただ静かに見つめていた。
「……酷すぎるわ。あの大地さんが、こんな目に遭うなんて……」
絢芽が自身の扇「桜蘭」を胸元で強く握りしめ、ボロボロと大粒の涙をこぼす。
その隣に立つ鏡花もまた、奥歯を噛み締めて静かに俯いていた。
そして──。 部屋の最も奥、窓際に立つ冷泉柊夜は、
ただ無言で大地の姿を見つめていた。
その水縹色の瞳には、
いつもの冷徹さを遥かに超越した、底知れぬ、
そして凍てつくような怒りの炎が狂おしく揺らめいている。
愛刀「氷河」を握る白皙の指先が、みしり、と不気味な音を立てて白く強張っていた。
「……柊夜」
氷雨が静かに主人の横に並び、声をかける。
主人の纏う空気が、
今にも部屋全体を凍り付かせそうなほど鋭利で危険なものに変わっていることに
気づいたからだ。
「……九条 冥、か」
柊夜の口から漏れ出た声は、地獄の底から響くかのように低く、冷たかった。
「俺たちの術式を無効化する玩具を配り歩くだけでなく、自ら筑前へ赴き、
大地をここまで愚弄したか。……はっ、人でも何でもないな」
パキパキパキッ──!!!
柊夜がそう呟いた瞬間、救護室の窓ガラスが、
彼の内から溢れ出た圧倒的な氷の幻力によって一瞬で凍り付き、
美しいが、あまりにも不気味な氷の結晶を咲かせた。
最年長として、いつも自分たちの後ろ盾となり、
穏やかな笑顔で場を和ませてくれていた磐木大地。
その彼が、文字通り命を削って仲間を守り、今こうして生死の境を彷徨っている。
冷徹な氷の青年の心の中にあった「戦う理由」が、
この瞬間、明確な『復仇の意思』へと変化した。
「氷雨、鏡花、絢芽。……準備をしろ」
柊夜は凍り付いた窓を背に、ゆっくりと三人の仲間たちを振り返った。
「筑前だけではない。奴らは必ず、この国都、
あるいは他の洲へも同時に攻め込んでくる。
大地が命がけで繋いでくれたこの敷島を、一歩たりとも奴らの好きにはさせん」
「御意。我が『吹雪』、今こそ冷泉の敵を全て斬り伏せるために」
氷雨が静かに愛刀を引く。
「私も、柊夜様と一緒に行きます!
大地さんの仇、絶対に私たちが討ちましょう……っ!」
絢芽が涙を拭い、強い決意を秘めた瞳で柊夜を見つめる。
地と月の敗北、そして大地の重体という最悪の知らせは、
残された継承者たちの心に、
決して消えることのない極大の怒りと結束の火を灯したのだった。
うん、うん。
次の話はただのストレス発散回なので飛ばしちゃっても大丈夫です。
なんか、冥いやらしいな




