第二話:筑前の防衛
国都での緊急会議が終了して、わずか一時間後。
地と月の一行は敷島南部の筑紫洲、その北部にいた。
その地の名を『筑前』──。
「ふん、国都の会議から一時間でもう実戦なんて、本当に人使いが荒いわね」
不満げに口を尖らせながらも、月の継承者·月読千夜は、
その美しい黒髪を夜風に揺らしながら、
手にした美しく巨大な弓「天弓」を冷たく引き絞っていた。
「まあまあ、千夜ちゃん。文句を言いながらも、
もう完全に戦う準備ができているのは流石だね」
磐木大地が、いつもと変わらない大らかな笑みを浮かべながら、
背負った大剣「千崩」の柄をぽんと叩く。
その隣には、大地の守護官であり、一歩も退かぬ鉄壁の意志を宿した巨漢·厳が、
巨大な盾「万徹」を構えて静かに佇んでいた。
「当たり前でしょ! 大地さんこそ、最年長なんだから足引っ張らないでよね!」
「ははは、手厳しいねぇ。──厳、朔夜、来るぞ」
大地の言葉が落ちた瞬間、筑前の荒野の奥から、
無数の赤黒い光がゆらゆらと湧き出してきた。常盤原で柊夜たちを苦しめた、
あの『反·術式兵装』を掲げた灰燼の精鋭部隊だ。
その数、およそ五十。
さらに、その後方からは通常の武装を施した賊が数百規模で押し寄せてきている。
「千夜様の前を塞ぐ不届き者は、この私が許しませんよ」
千夜の守護官·望月朔夜が、鎖鎌「朧月」を鋭く鳴らし、
もう片方の手で幻術の符を構える。
「作戦通りに行くわよ! 大地さん、厳、前衛は任せたわ!」
「おう、任せな! ──『我が歩みは崩れぬ大地』『全てを受け止める大山となれ』!」
大地の重厚な詠唱が響き渡る。
彼の足元から、凄まじい地響きと共に巨大な岩の壁が次々とせり上がり、
灰燼の突撃を強引に遮断していく。
「チッ、ただの岩の壁ごとき、この武器で──」
反·術式兵装を持つ男が刃を振るったその瞬間、
大岩の影から音もなく飛び出してきた厳が、盾「万徹」を全力で男の顔面に叩きつけた。
「が、はっ!?」
「術式が無効化されようとも、純粋な質量のぶつかり合いならば、
我が盾が遅れを取ることはない」
これぞ零の提示した『反·術式兵装』の攻略法。
術式が消されるなら、純粋な物理攻撃と武の技術で叩き伏せる。
「厳、そのまま抑えてて! ──『月光よ、彼の者の目を惑わせ』!
幻術──『朧月夜』!」
千夜が天弓を構えると、前衛の灰燼たちの視界が、
一瞬にして濃厚な銀色の霧と偽の月光によって完全に奪われた。
直接武器に触れない、対象の五感に直接作用する**【幻術】**。
これこそが、あの凶悪な新兵装が唯一遮断できない絶対の弱点。
「な、前が見えん! どこを攻撃すれば──」
「月光の矢に射抜かれなさい!」
視界を奪われ困惑する敵の隙を突き、
千夜の「天弓」から放たれた光条の矢が、正確に敵の胸を貫いていく。
朔夜の鎖鎌「朧月」もまた、闇に紛れて敵の首を容赦なく刈り取っていく。
「地」の絶対的な防御と武力、そして「月」の変幻自在な幻術。
この二つの血族が交わった時、
筑前の防衛線は、灰燼にとって文字通りの絶望の壁と化していた。
「はぁ、はぁ……っ、どうよ! 私たちの勝ちね!」
戦場に転がる無数の敵を見渡し、千夜が勝ち誇ったように息を弾ませる。
これだけの規模の襲撃を、完璧に防ぎきってみせた。
誰もがそう確信した、次の瞬間だった。
キィィィィンッ──!!!!!
耳を劈くような不気味な金属音と共に、
筑前の夜空が、突如として不気味な『漆黒』に染まった。
地を揺るがすほどの圧倒的な質量と禍々しい魔力を放ちながら、
上空からゆっくりと舞い降りてくる一人の影。
「地と月の継承者か。……ふん、前座の兵装部隊をここまで容易くひねり潰すとは、
少しは楽しめそうだな」
傲慢に、しかし絶対的な強者の余裕を湛えて姿を現したのは
──灰燼棟梁、九条冥。
そしてその背後に控える側近、伏見依織。
「灰燼の、棟梁……ッ!?」
千夜の顔から一気に血の気が引く。
大地の顔からもいつもの大らかな笑みが完全に消え去り、
その鋭い視線が敵の総大将へと向けられた。
「ちっ……、本命が自らお出ましとはね。
千夜ちゃん、厳、朔夜……ここから先は、本当の地獄だぞ」
大地の言葉通り、冥が軽く片手を掲げた瞬間、
常盤原や日向の比ではない数の『反·術式兵装』を構えた灰燼の軍勢が、
筑前の地を埋め尽くすように、地の底から次々と湧き出し始めたのだった。
今日の投稿終わり!
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