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継承者誓約譚  作者: 冬泉アオイ
《氷花の詩》第三章:戦いの火蓋は切られ、前哨戦が始まった。
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第四話:愛に被害は付きものだとはよくいうもので

この話はすっ飛ばしても大丈夫です。

俺が書きたかったから書いただけだから…。

常盤原での激しい戦闘が終結し、

風、光、氷、花の一行は、国都にある政府御用達の某高級ホテルに身を寄せていた。

その最上階にある、一般人では足を踏み入れることすら叶わない豪華なスイートルーム。

戦いの汚れを綺麗に洗い流し、

上質な絹の浴衣に身を包んだ継承者たちは、

ひとまず広々としたリビングに集まり、安堵の息を漏らしていたのだが──。

まあ、そこでも氷と花の二人は、

当然のように独自の空間を展開してイチャイチャしているわけで。

「柊夜様ぁ……! 本当に、本当にお怪我はありませんか?

あの、よくわからない不気味な剣で斬られたりしていませんか……っ?」

ソファに座る柊夜のすぐ隣、ほとんど隙間がないほどぴったりと密着し、

潤んだ桃色の瞳で覗き込んでいるのは絢芽だ。

さきほど戦場で凛々しく魔術を放った花の継承者と同一人物とは到底思えないほど、

今の彼女は完全に恋する女の子の顔をしていた。

「ああ、大丈夫だって。掠ってもいないさ。……それより絢芽、近い」

「近くありません! 半年も会えなかったんです、これくらい当然のご褒美です!

それに……」

絢芽はキュッと可愛らしく唇を尖らせると、

柊夜の紺色の浴衣の袖をぎゅっと握りしめた。

「さっき、私がピンチの時に助けてくれた柊夜様、すっごく格好良かったです……。

やっぱり、私の王子様ですね」

「……っ、からかうな」

ナチュラルに最大級の好意を真っ直ぐぶつけられ、さしもの最強・冷泉柊夜も、

水縹色の瞳を泳がせて耳の裏まで真っ赤に染める。

普段の冷徹さはどこへやら、完全に絢芽のペースに飲まれていた。

「からかってなんていません!

私は本気で、いつでも柊夜様のお嫁さんになる準備はできているんですから!」

嬉そうに柊夜の腕に抱きつく絢芽。その瞬間、柊夜の身体がピキリと強張った。

強烈な視線を感じて横を向くと、

そこにはそれぞれの守護官を伴った風と光の主従が、

じっとこちらを白い目で見つめていた。

「……ねえ疾風。やっぱり私、あの天然誑し野郎に一発ぶち込んでいい?

視界に入ってくる糖度が限界突破してて目が腐りそうなんだけど」

「やめろ凪。いくら政府御用達とはいえ高級ホテルの部屋で銃をぶっ放すな。

……だが、お前の気持ちは痛いほどよくわかる」

凪が引きつった笑顔で「風刃」に手をかけ、苦労人の疾風が必死にそれを止めている。

一方、光の主従はといえば、

「ふふ、絢芽ちゃんたちは相変わらず仲が良くて素敵ですね。

……あ、駆。お茶が少し熱いので、冷ましていただけますか?」

「御意。お任せください、日奈」

駆が至極真面目な顔で湯呑みのお茶をフーフーと丁寧に冷まし、

それを日奈が愛おしそうに見つめるという、

こちらもこちらで他人が介入できない聖域を展開していた。

その中間に挟まれた氷雨と鏡花は、慣れた様子でお互いに小さくため息をつく。

「……我が主ながら、柊夜のあの締まりのない顔はいつ見ても呆れるな」

「ふふ、でもお二人が無事で本当に良かったです。

……あ、氷雨様、お疲れのようですし、私が肩をお揉みしましょうか?」

「えっ? いや、鏡花殿にそんなことをさせるわけには──」

「いいから、どうぞ?」

鏡花に満面の笑顔で促され、氷雨もまた顔を真っ赤にして固まってしまう。

「……おい氷雨。お前、さっき俺に締まりのない顔って言わなかったか?」

腕を絢芽に絡め取られたままの柊夜がジト目で睨むが、

氷雨はすっと綺麗に目を逸らした。

襲撃の恐怖から一転、高級ホテルのリビングは、別の意味で精神的被害が続出する、

騒がしくも愛おしい休息の時間に包まれていた。

やがて夜も更け、四組はそれぞれ別れて各寝室へと赴いた。

風の主従の部屋。 ベッドの端に腰掛けた凪の前に、疾風が無言で歩み寄る。

「凪。だいたい、お前は他人の心配ばかりしているが……」

「へ?」

疾風は凪のすぐ横にドカリと腰を下ろすと、

彼女の右手を無言で、しかし強引に引き寄せた。

「な、何よ疾風……っ」

「『何よ』ではない。さっきの戦闘、無茶な連射で手首を痛めたと言っていただろう。

早く見せろ」

普段は小言ばかりの守護官が、今は見たこともないほど真剣な、

そして少し怒ったような目で凪の手首をじっと見つめている。

細い手首を大きな手でそっと包み込まれ、

親指の腹で優しく解きほぐすようにマッサージされると、

凪の顔が一瞬で爆発したように赤くなった。

「ひ、疾風……っ、近い! 近いってば!」

「動くな、冷やす。……お前はいつもそうだ。

冷泉様を誑しだ何だと騒ぐくせに、自分のことになると途端に無頓着になる。

俺がどれだけ肝を冷やしているか、少しは自覚しろ」

「う、うぅ……。だ、だって、疾風が後ろにいると思ったら、

つい張り切っちゃうんだもん……」

「……っ」

消え入るような声で零された凪の本音に、今度は疾風が言葉を詰め、

そっぽを向いて耳の裏を真っ赤にする。

「……なら、もっと俺を頼れ。そのために俺は、お前の風の一番近くにいるんだからな」

ぶっきらぼうに呟く疾風に、「……うん。ありがと」と、

いつもの勢いはどこへやら、もじもじと俯く凪。

主従の距離感が一気にゼロになり、

風主従の周りに初々しくも甘酸っぱい風が吹き抜けていた。

そして、その隣の、光の主従がいる部屋。

日奈の前で、直立不動で控える駆の姿があった。

「駆、髪を梳かしてもらってもいいですか?」

「はい、仰せのままに」

その姿は一見、完璧な忠臣のそれだが、

日奈を見つめる瞳の色は一人の男としての深い愛に満ちていた。

数分後、手慣れた手つきで美しい髪を整え終える。

「お待たせいたしました。梳かし終わりましたよ」

「ありがとうございます。……ふふ、やっぱり駆がやってくれるのが一番落ち着きます」

「そう言っていただけて光栄です。あなたの健やかな笑顔こそが、

俺の至上の喜びですから」

駆が当然のように、さらりと激甘な台詞を口にする。

日奈もそれを照れることなく、

心からの信頼を込めた愛おしそうな笑顔で受け止めていた。

だが、日奈はふと表情を引き締める。

「ですが、駆。あなた、さっきの戦いで少し腕を無理に動かしましたね?

私の神器の反動を受け止めた時……」

日奈が駆の逞しい腕にそっと触れる。

「いえ、これしき光栄な痛みに過ぎません。日奈を守る盾となることが、俺の誇りです」

「ダメですよ、そういう嘘は。……少し、じっとしていてくださいね」

日奈は駆の腕に両手を添えると、目を閉じて静かに術式を紡ぐ。

「『闇を穿つは光陰の槍』……『その余韻を、我が癒やしの光へと変えん』

──幻術『癒しの光』」

日奈の手のひらから、優しく温かい純白の光が溢れ出し、駆の腕を包み込んでいく。

「日奈……」

「いつも私を一番近くで守ってくれて、ありがとう、駆。

でもね、あなたが傷つくと、私の心も同じように痛むのですよ?

だから、私のためにも、もっと自分を大切にしてくださいね」

光に照らされた日奈の、息をのむほど美しい、まるで聖女のような笑み。

それを至近距離で見つめた駆の目が、熱い情熱を帯びる。

駆は日奈の癒やしの手を、そのまま自分の大きな手でそっと握り返した。

「……約束します。俺の身体も命も、すべてあなたのものです。

決して、無駄には致しません」

「ええ。信じています、私の騎士様」

周囲の喧騒を完全にシャットアウトし、二人だけの世界で誓い合う光主従。

その矢印の太さと激重な両想いっぷりは、もはや付け入る隙が一切なかった。

翌朝。再びリビングに集まった一行。

部屋の隅で、すっかり冷めたお茶をすすっていた氷雨と鏡花は、

完全に遠い目をしていた。

「……おい、氷雨」

未だに絢芽に腕をホールドされている柊夜が、限界を迎えた顔で氷雨を呼ぶ。

「風も光も、うちに負けず劣らず空間の糖度がおかしいことになっているんだが

……どうにかしてくれ」

「……諦めろ、柊夜。私に言われても困る」

氷雨は重いため息をつき、隣でクスクスと楽しそうに笑っている鏡花を見た。

「あの様子では、次の任務のブリーフィングどころではありませんね。

……まあ、皆様が無事だったからこそ味わえる、束の間の休息ということで」

鏡花の言葉通り、高級ホテルの最上階は、

戦いの疲れを完全に吹き飛ばすほどの甘い幸福感に満ち溢れていた。



やっぱりね、純愛っていいと思う

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