第8話 採取と建設
指揮所を出ると、クロウは門へ向かった。
ミオの視界には、先ほど見えた文字が薄く残っている。
《エルク拠点》
意識が外れると消えそうになるが、柵の内側全体を思い浮かべると再び浮かんだ。
その下には、二つの項目が並んでいる。
《糧食 少》
《防衛力 低》
厨房の前には、朝食を受け取るための列がまだ続いていた。
以前なら、一人ずつの表情を見ていたはずだった。
今は、その向こうにある《糧食 少》の文字が先に目に入る。
食事を待っている村人。
ではなく、減っていく備蓄。
そう考えたことに気づき、ミオは表示から目を逸らした。
「外へ出るんですか」
「ああ。採取場所を確認する」
門前へ着くと、農民兵たちが一斉に姿勢を正した。
「二体はついてこい。残りは門を守れ」
クロウが命じる。
農民兵のうち二体が槍を持ったまま列を離れ、クロウの後ろへ並んだ。
残った農民兵たちが横木を外し、補強された門を開く。
外には、山賊との戦いがあった道が続いていた。
倒れていた者たちは、すでに道の脇へ運ばれている。
地面には、まだ乾ききっていない黒い跡が残っていた。
クロウはそちらを見なかった。
門を出ると、クロウは村の北側へ回った。
ミオもその後を追う。
新しいブーツのおかげで、土や小石を踏んでも痛くない。
昨日までなら、村の外へ出るだけで身体が強張っていた。
森の中で目を覚まし、道も分からないまま歩いた記憶がある。
一人で入れば、戻れなくなるかもしれない。
今も、その恐怖が消えたわけではない。
けれど、前にはクロウがいる。
後ろには、槍を持った農民兵が二体いる。
「この辺りですか」
村の柵から少し離れた場所で、ミオは尋ねた。
「ああ」
クロウが空中へ手を伸ばす。
何もない場所へ指を滑らせたあと、森へ兜を向けた。
「範囲内に採取地点がある」
ミオには、ただの森にしか見えなかった。
太い木。
低い草。
枝の間を通る細い道。
少し奥へ入れば、日の光も届きにくくなる。
「何が取れるんですか」
「木材、薬草、糧食、繊維」
「薬草もあるんですか」
「ああ」
クロウは森の入口へ近づいた。
「ミオも見てみろ」
「何を意識すればいいですか」
「ここから持ち帰れるものだ」
ミオは森を見る。
木ならすぐに分かる。
枝や倒れかけた木もある。
地面には草が生え、低い茂みの間には赤い実が見えた。
だが、どれが食べられるのかは知らない。
薬になる草も分からなかった。
「木しか分かりません」
「最初はそれでいい」
クロウが森の奥を指す。
「木そのものじゃなく、拠点へ運んだ後を考えろ」
拠点へ運んだ後。
柵の補修。
建物の板。
薪。
倉庫へ積まれた木材。
そこまで考えた時、木々の輪郭に薄い光が重なった。
光は一本ずつの木ではなく、森の一帯を囲むように広がった。
《採取ポイント》
その下へ、いくつかの項目が続いた。
《木材》
《薬草》
《糧食》
《繊維》
「見えました」
ミオは目を見開いた。
「木材と薬草と、糧食と繊維です」
「合ってる」
クロウは森の西側へ兜を向けた。
「川にもある」
クロウたちが森の縁を進むと、細い川へ出た。
水は浅く、底にある石まで見える。
以前から村人が水を汲み、魚を捕っていた場所だった。
ミオが勝手に近づくことは許されなかった。
ミオは川へ意識を向ける。
ここから持ち帰れるもの。
拠点へ運んだ後に使えるもの。
《採取ポイント》
《糧食》
《石材 少》
先ほどよりも早く表示が浮かんだ。
「川には糧食と、石材が少しあります」
「ああ。場所は確認できたな」
クロウはそれ以上川を調べず、村へ戻った。
クロウが確認したかったのは、魚の種類でも、水の深さでもない。
何を持ち帰れるか。
それだけなのだろう。
門の中へ戻ると、まだ役割を与えられていない村人たちが中央の空き地に集められていた。
厨房や倉庫では、すでに仕事を任された者たちが動いている。
それでも、何も任されていない者の方が多かった。
クロウが現れると、村人たちのざわめきが小さくなった。
村人たちは黒い鎧から距離を取る。
クロウが空中へ手を伸ばした。
「六人使う」
人の集まりの中から、男と女が合わせて六人選ばれた。
ミオには、クロウが触れている画面は見えない。
ただ、選ばれた者たちの周囲に薄い光が集まり始めた。
それに気づいた男が後ずさる。
「嫌だ」
隣にいた者たちが、慌てて道を空けた。
「俺たちも、兵士みたいにする気か」
別の女も首を横に振る。
「森には行かない」
「山賊の仲間が残っているかもしれない」
「外に出たら、そのまま逃げてやる!」
声が重なる。
クロウは反応しなかった。
空中に並ぶ何かを確認している。
「クロウさん」
ミオが呼ぶと、黒い兜がわずかに動いた。
「この人たちは、何をされるか分かっています」
「そうだな」
「嫌がっています」
「問題ない。ユニット化すれば命令に従う」
ミオが言いたかったのは、そういうことではなかった。
クロウにとって、拒絶は操作を止める理由ではない。
農民兵を作った時と同じだった。
「森へ行かせるだけなら、そのまま頼むことはできないんですか」
「逃げる可能性がある」
クロウは短く答えた。
「命令どおりに動く保証もない。採取ユニットにした方が早い」
選ばれた男の一人が走り出した。
男は宿舎の裏へ逃げ込もうとする。
他の者たちも、それに続こうとした。
クロウは追わなかった。
見えない画面へ指を滑らせ、最後に一点を押す。
「採取ユニットで確定」
白い光が六人を包んだ。
走り出した男の足が止まった。
叫び声が途切れる。
光の中で、服の上へ丈夫な布の上着が重なった。
腰には小型の鉈と工具袋。
背には籠。
肩から採取袋と水袋が下がる。
縄や小さな容器も、必要な位置へ揃えられていく。
光が消えた。
六体の採取ユニットが、同じ方向を向いて立っていた。
先ほどまで逃げようとしていた男も、もう動かない。
顔から恐怖が消えている。
森へ行きたくないと叫んでいたことなど、なかったように見えた。
「採取班、編成完了」
クロウが言った。
「森で採取。木材と糧食を優先しろ」
六体が一斉に歩き出す。
迷う個体はいない。
家族らしい女が、列の中にいる一体へ近づいた。
「待って」
女が腕へ手を伸ばす。
「森に行くなら、せめて日が高いうちに戻ってきて」
採取ユニットは答えなかった。
歩調も変えない。
女の横を通り過ぎ、そのまま門へ向かう。
後ろから名前を呼ばれても振り返らなかった。
ミオは六体の背中を見つめた。
農民兵と同じだ。
役割を与えられると、それまでの拒絶が消えてしまう。
「ミオも来るか?」
クロウが尋ねた。
「行きます」
見たくない気持ちはある。
それでも、あの六体がどうなるのかを知らないままにはできなかった。
採取班は、先ほど確認した森へ入った。
「木材と糧食を優先。薬草と繊維も回収しろ」
クロウが改めて命じる。
六体はすぐに二組へ分かれた。
三体が、落ちた枝や細い木を集める。
残る三体は地面へ視線を向け、草や実を選び始めた。
採取ユニットたちは、互いに相談することも指示を待つこともなく、それぞれの作業を進めていく。
「何を採ればいいか分かっているんですか」
「ああ。採取対象が設定されてる」
「毒のある物も?」
「使えない物は取らない」
ミオには、どの草も似たようなものに見えた。
だが、採取ユニットたちは迷わない。
一体が茂みから葉を選び、小さな容器へ入れる。
別の一体は食べられる実を採取袋へ入れた。
残る一体は長い草の茎を束ね、縄でまとめている。
「教わっていなくても、見分けられるんですか」
「役割を与えれば、必要な動きはできる」
「教えなくても?」
「そういう機能だ」
クロウの説明は、それで終わった。
ミオは作業している女の一体を見た。
顔には見覚えがある。
井戸へ近づいたミオへ、勝手に水を飲むなと言った女だった。
今は薬草を摘む手を止めない。
ミオが近くにいても、冷たい目を向けてこなかった。
嫌われていないわけではない。
許されたわけでもない。
今の女にとって、ミオは意識を向ける対象ではないのだろう。
それが、かえって恐ろしかった。
クロウは採取班のうち二体を川へ向かわせた。
「川で採取。糧食を優先。石材は持てる分だけでいい」
二体は籠と網を持ち、迷わず森の西側へ進んだ。
ミオも後を追った。
一体が網を持って川へ入る。
もう一体は岸辺へ籠を置き、浅瀬の石を選び始めた。
川へ入った採取ユニットは、水の冷たさを嫌がる様子もなく、決められた動きで川底を進んでいく。
「疲れないんですか」
「疲労はある」
「それでも、休みたいとは言わないんですね」
「限界になる前に戻す」
クロウは作業を見ながら答えた。
「採取量と疲労を見て交代させればいい」
クロウは誰かの体調を気遣っているのではない。
効率が落ちる前に交代させる。
そういう意味なのだろう。
ミオは川の表示を見る。
《糧食》
《石材 少》
ミオが文字へ意識を向けると、水へ入った女の冷たさを考えずに済んだ。
日が傾く前に、クロウは採取班を拠点へ戻した。
森で作業していた採取ユニットたちも、命令を受けるとすぐに道具をまとめた。
採取ユニットたちは、集めた枝と細い木材を背負う。
別の個体は草の束や実の入った袋を持つ。
薬草を入れた容器、川で捕れた魚、小さな石を入れた籠も、それぞれが持てる量に分けられていた。
重いと言う個体はいない。
休みたいと訴える個体もいなかった。
採取班が門へ戻ると、農民兵たちが道を空けた。
村人たちが遠巻きに見守る中、採取班はそのまま倉庫へ向かった。
採取ユニットたちは、枝や石を建物の脇へまとめた。
実や薬草は、倉庫の中にある棚へ収められていく。
ミオの視界に光が走った。
《木材 増加》
《薬草 増加》
《糧食 増加》
《繊維 増加》
短い表示が順に浮かび、すぐに消えた。
代わりに拠点情報が現れる。
《糧食 少》
表示はまだ変わらない。
ミオは倉庫へ収められた物を見る。
木材は柵や建物の補修に使える。
薬草は怪我人に使えるのかもしれない。
糧食が増えれば、厨房から食事を出せる。
繊維は服や縄になる。
六体が森と川へ行ったことで、拠点に必要なものが増えた。
その結果だけを見れば、間違っているとは言い切れなかった。
「これを続ければ、食料はなくならないんですか」
「採取量が消費を上回ればな」
「今は?」
「まだ足りない」
クロウは倉庫の中を確認する。
「数を増やすか、別の採取地点を探す必要がある」
ミオは倉庫の入口から森を見た。
少し前まで、森は怖い場所でしかなかった。
一人で入れば迷う。
何があるかも分からない。
今も、その記憶は消えていない。
だが、森の上には薄い表示が残っている。
《木材》
《薬草》
《糧食》
《繊維》
森として見るより先に、その文字が目に入った。
ミオは目を閉じる。
一度、表示は薄くなった。
けれど、厨房の列と倉庫に収められた食料を思い浮かべると、表示は再び現れた。
採取ユニットたちは、空になった籠を持って倉庫の前へ並んでいる。
どの個体も、家族のもとへ戻ろうとはしない。
六体は次の命令を待っていた。
その姿を恐ろしいと思いながら、ミオは増えた資源の表示から目を離せなかった。
*
翌朝。
倉庫の脇には、木材が積まれていた。
採取班が運んだ枝や細い丸太が、長さごとにまとめられている。
川辺から集めた石も籠から出され、建物の脇へ並べられていた。
ミオが意識を向けると、薄い文字が浮かんだ。
《木材》
《石材》
管理画面が見えるようになる前なら、ただの枝と石にしか見えなかった。
今は、拠点で使えるものとして分類が先に見える。
「足りないな」
倉庫の前で、クロウが呟いた。
クロウは空中へ手を伸ばし、見えない画面を動かしている。
「何がですか」
「木材も石材も少ない。柵の補強と、小屋を倉庫に直す分くらいだな」
黒い兜が門の西側へ向いた。
西側の柵は、拠点化した時に形こそ整えられていたが、周囲より杭が短く、外から越えやすそうだった。
何本かの杭は傷み、外側を支える斜め杭も少なかった。
その奥には、使われていない古い小屋がある。
屋根は片側へ傾き、壁板の間から中が見えていた。
「門だけ直しても、横から入られたら意味がない」
クロウは倉庫から離れた。
「柵の補強と、倉庫の拡張を先にやる」
西側の柵へ着くと、クロウは傷んだ杭を見上げた。
「人手がいるな」
中央の空き地には、まだ役割を与えられていない村人たちが集められている。
クロウはその中から八人を選んだ。
男が五人。
女が三人。
八人の周囲へ白い光が集まり始める。
すぐに声が上がった。
「今度は何をする気だ」
男の一人が後ずさる。
「兵士にはならないぞ」
別の男も叫んだ。
「森にも行かん!」
選ばれた者たちは、採取ユニットにされた者たちを見ていた。
何をされるかは分からなくても、役割を与えられた者が元の生活へ戻らないことは理解している。
ミオは八人の顔を見た。
知っている者もいた。
納屋の近くを通るたび、嫌そうな顔をしていた男。
井戸の桶へ触れたミオの手を叩いた女。
それでも、光の中で怯えている姿を見れば、胸が苦しくなる。
「何をさせるんですか」
「修理と建設だ」
「普通に頼むことはできないんですか」
「できるが、遅い」
クロウは空中の画面を見たまま答えた。
選ばれた男の一人が声を張る。
「村の修理なら、自分たちでやる!」
別の男も前へ出ようとした。
「待て! 話を聞け!」
クロウは反応しなかった。
空中へ指を滑らせ、最後に一点を押す。
「労働ユニットで確定」
八人の身体が白い光に包まれる。
抗議の声が途切れた。
服の上へ丈夫な作業着が重なっていく。
腰には工具袋。
手には木槌や鋸。
背には縄。
足元には厚い作業靴が現れた。
光が消えた。
八体の労働ユニットが静かに立っていた。
逃げようとする個体はいない。
怒鳴っていた男も、木槌を持ったまま前を向いている。
「四体は柵を補強。残りは倉庫を拡張しろ」
クロウが命じる。
八体の労働ユニットは、四体ずつ二つの組へ分かれた。
四体は傷んだ柵の前へ並ぶ。
残る四体は古い小屋へ向かった。
柵の前では、一体が杭の状態を確かめた。
別の一体が地面を掘り、残る個体が必要な木材を運ぶ。
労働ユニットたちの作業は重ならず、指示を待って止まる個体もいなかった。
「役割ごとに、必要な動きが設定されてる」
クロウがミオへ説明する。
「大きく指示すれば、細かい手順は勝手に進む」
木槌の音が鳴り始めた。
一定の間隔で、何度も続く。
村人が作業していた時とは違う。
迷いや休止がない。
労働ユニットたちは傷んだ杭を抜き、新しい木材へ置き換えていく。
外側には、先端を斜めに削った杭が追加されていた。
ミオの視界へ表示が浮かんだ。
《柵補強 進行中》
その下には、細い線が伸びている。
最初は短かった。
一本目の杭が固定されると、線が少し長くなった。
「進んでいるのが見えます」
「進行表示だ」
「終わる時間も分かるんですか」
「俺には出てる」
ミオには、作業名と線しか見えない。
それでも、人の動きを見ている時より分かりやすかった。
誰が疲れているのか。
誰が作業を嫌がっているのか。
そうしたことを考えなくても、線は伸びていく。
「倉庫の方も見ろ」
クロウに言われ、ミオは古い小屋へ視線を向けた。
四体の労働ユニットが、屋根の板を外している。
一体が危険な部分を支え、二体が壁板を取り除く。
残る一体は、取り外した物から使える木材を分けていた。
古い板。
折れた支柱。
壊れた木箱。
それぞれへ、同じ表示が重なる。
《木材》
「壊した物も使うんですか」
「使える部分はな」
「全部、新しく出すわけじゃないんですね」
「資源が少ないからな」
クロウが画面を操作する。
小屋のそばへ積まれていた木材の一部が淡く光った。
労働ユニットたちは、必要な分だけ運び始めた。
《木材 減少》
少し遅れて、別の文字が浮かんだ。
《倉庫拡張 進行中》
資源が減り、建物が直っていく。
昨日、採取ユニットが森から運んだ木材だ。
森で集められ、倉庫の脇へ積まれた物が、今は壁と屋根へ変わろうとしている。
「集めるだけでは駄目なんですね」
「使わなければ意味がない」
クロウは短く答えた。
「採取と建設、両方の役割が必要だ」
農民兵は門を守る。
採取ユニットは森や川から物を集める。
労働ユニットは、その資源を使って拠点を直す。
役割は違っていても、すべてが同じ拠点の中でつながっていた。
ミオは柵を補強する男だった一体を見る。
少し前まで、クロウへ抗議していた者だ。
村を自分たちで直すと言っていた。
今は何も言わず、同じ角度で木槌を振り下ろしている。
「この人たちは、作業が終わったらどうなるんですか」
「次の仕事へ回す」
「家には戻らないんですか」
「休ませる時は宿舎へ戻す」
「そうじゃなくて……」
ミオは言葉を探した。
家族と話す。
自分で食事を取る。
何をするか、自分で決める。
そういう意味で尋ねたかった。
「労働ユニットとして、ずっと働くんですか」
「役割を変えなければな」
「元の生活には?」
「戻す必要があるか?」
クロウは本当に疑問に思っているようだった。
「役割を与えずに残すより、決めた方が拠点は安定する」
クロウにとって、以前の生活は戻すべきものではない。
役割を与えられていなかった状態にすぎないのだ。
ミオは答えなかった。
作業は止まらない。
労働ユニットたちは柵の杭の高さを揃え、隙間を塞いでいく。
外から見れば、柵は昨日より越えにくくなっていた。
山賊が来ても、簡単には入れない。
その事実だけは否定できなかった。
昼になる前に、西側の柵は補強を終えた。
労働ユニットが最後の杭を固定する。
視界の中で、伸びていた線が端へ届いた。
《柵補強 完了》
続けて、新しい表示が浮かぶ。
《防衛力 上昇》
労働ユニットたちは道具を下ろさなかった。
作業が終わっても、その場で次の命令を待っている。
八体は汗をかき、呼吸も少し速くなっていた。
クロウが空中の画面を確認する。
「二体は休憩。残りは倉庫へ回れ」
指定された二体だけが宿舎へ向かった。
残る六体は古い小屋へ移動した。
「疲れている人を見て決めたんですか」
「疲労表示が高い二体だ」
クロウはすでに倉庫の進行を見ていた。
「限界まで使うと効率が落ちる」
ミオの視界には、まだ疲労の表示は見えない。
見えるようになったとしても、それは顔色や息遣いではなく、数字になるのだろう。
人が苦しそうだから休ませるのではない。
効率が落ちるから休ませる。
クロウのやり方は冷たい。
それでも、倒れるまで放置するわけではなかった。
誰かの機嫌で、食事や休みの有無が変わることもない。
その考えが浮かび、ミオは戸惑った。
納屋にいた時は、体調を気にされたことなどない。
熱があっても、水を増やしてはもらえなかった。
動けないなら食事は少なくていいと言われた。
クロウは労働ユニットを人として見ていない。
それでも疲労を確認し、一定のところで休ませる。
どちらが優しいのかと比べること自体が、間違っている気がした。
「ミオ」
クロウに呼ばれ、ミオは顔を上げる。
「倉庫の進行は見えるか?」
ミオは古い小屋へ意識を向けた。
労働ユニットたちが、屋根の骨組みを組み直している。
《倉庫拡張 進行中》
その下の線は、半分近くまで伸びていた。
「半分くらいです」
「木材は?」
ミオは拠点情報を思い浮かべる。
《木材 少》
昨日増えたはずの木材は、柵の補強と倉庫の拡張で減っている。
「少ないと出ています」
クロウは森の方へ兜を向けた。
「建設を続けるなら、採取班を増やす必要があるな」
ミオは、中央の空き地に残っている住民たちを見た。
「残っている人たちは、そのままなんですか」
「今はな」
「この人たちにも、いずれ役割を……?」
「ああ。必要になった分だけ決める」
「どうしてですか」
「必要数が分からないうちに決めれば、後で変更することになる。役割変更にはコストがかかる」
クロウは空中の画面へ視線を戻した。
「序盤に無駄な消費は増やせない。それに、一度に見せてもミオが覚えられないだろ」
また誰かが役割を与えられる。
その意味を理解し、ミオの胸が重くなる。
同時に、倉庫の進行表示も目に入った。
木材がなければ、作業は止まる。
倉庫が広がらなければ、集めた物を置けない。
柵を補強しなければ、門以外から入られる。
一つの不足が、別の不足へつながっている。
「役割が必要なんですね」
言葉が口から出た。
クロウの兜がミオへ向く。
「拠点にはな」
「兵士だけでも、採取する人だけでも駄目で」
「ああ」
「作る人もいないと、集めたものを使えない」
「そういうことだ」
クロウは短く答えた。
ミオは労働ユニットたちを見る。
恐ろしいと思う。
あの人たちは、もう自分の意思で作業を止めない。
家族に呼ばれても、役割を優先する。
それでも、作業は進んでいる。
昨日まで放置されていた柵は直った。
古い小屋も、倉庫として使える形へ変わっていく。
兵士。
採取。
労働。
役割を与えられた者は、迷わない。
迷わないから、拠点全体が動いていく。
ミオは、その考えを肯定したくなかった。
だが、補強された柵は目の前の結果をはっきりと示していた。
ミオは補強された柵を見る。
次に、門を守る農民兵へ目を向ける。
森へ向かう採取ユニット。
倉庫を直す労働ユニット。
村人の顔を一人ずつ見るより、役割ごとに見た方が、何が起きているのか理解しやすかった。
その見方に慣れ始めている自分が、ミオには何より恐ろしかった。




