第4話 徴兵チュートリアル
門をくぐると、村人たちが一斉に後ずさった。
クロウが一歩進むたび、黒い鎧の前から人が消えていく。
誰も道を塞ごうとはしなかった。
門の前で男が斬られた光景を、全員が見ている。
ミオはクロウの後ろを歩いた。
納屋へ閉じ込められていた間も、壁の隙間から何度も見ていた土の道だった。
それなのに、今までとは違う場所のように感じる。
村人たちの視線が突き刺さった。
怯え。
怒り。
責めるような目。
ミオは思わず足を止めそうになった。
自分がクロウを村へ連れてきたわけではない。
山賊を呼んだわけでもない。
それでも、村人たちはミオが黒い鎧の側についたと思っているのだろう。
「ミオ」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
クロウは少し先で立ち止まっていた。
「そこから見ててくれ」
「何をするんですか」
「徴兵だ」
徴兵。
言葉の意味は知っている。
だが、クロウの口から出ると、ミオが知っているものとは違うように聞こえた。
クロウは村の中央へ進んだ。
井戸の前には、山賊に備えて集められた農具や古い武器が残されている。
村の男たちは、それらを手にしたまま距離を取っていた。
「拠点にするなら、防衛要員がいる」
クロウの兜が男たちへ向く。
「まず農民兵を作る」
その言葉は、距離を取っていた村人たちにも届いた。
ざわめきが広がる。
「この人たちを兵士にするんですか」
「ああ」
短い返事だった。
「勝手なことを言うな!」
男の一人が叫んだ。
声には怒りよりも、恐怖が強く混じっている。
「ここは俺たちの村だ!」
クロウは答えなかった。
ハルバードを片手で持ち、空いた手を持ち上げる。
何もない空間へ指を滑らせた。
ミオには、やはり何も見えない。
けれど、クロウの指は、そこに並んでいる何かを確かめるように動いていた。
「徴兵候補は足りてるな」
「何が見えているんですか」
「村の情報だ」
クロウは指を止めなかった。
「ミオにはまだ見えないか」
「はい」
「なら、今は流れだけ見てればいい」
村長が人の間から進み出た。
顔色は悪く、足元もふらついている。
「何をするつもりだ」
クロウは村長を見なかった。
「男たちを兵にするなど、我々は認めん」
返事はない。
村長がさらに声を張る。
「山賊を倒した礼ならする! だから、もう村から出ていってくれ!」
クロウの指が止まった。
村長は言葉が届いたと思ったのか、一歩前へ出る。
だが、クロウが見ていたのは村長ではなかった。
男たちは、自分たちへ何かをしようとしていると察したらしい。
一人が槍を捨てて走り出した。
「逃げるぞ!」
その声をきっかけに、クロウが選んだ五人が動いた。
家々の間へ駆け込もうとする者。
農具を構えたまま後ずさる者。
クロウへ怒鳴る者。
「何をする気だ!」
クロウは村人たちの声へ反応せず、ミオにだけ説明した。
「ミオ、これが徴兵操作だ」
何もない場所へ指を動かす。
「対象を選んで、兵種を決める」
「本人が嫌がっていてもですか」
「徴兵に同意は要らない」
当然のことを答える声だった。
ミオは逃げようとする男たちを見た。
全員が必死だった。
つい先ほどまで、山賊に備えて武器を集めていた人たちだ。
だが、実際に山賊が現れると、誰も前には出なかった。
代わりにミオを差し出した。
その記憶が浮かんでも、目の前の光景を平然と見ることはできなかった。
「やめてください!」
村長がクロウへ近づこうとする。
黒い兜がわずかに動いた。
村長は足を止めた。
ハルバードは持ち上げられていない。
それでも、近づけばどうなるかを思い出したのだろう。
「この者たちは農民だ。兵士ではない」
クロウは返事をしなかった。
何もない空間へ指を滑らせ、最後に一点を押す。
「農民兵で確定」
次の瞬間、選ばれた五人の足元から白い光が立ち上った。
走っていた男たちの足が止まる。
農具を構えていた者も、逃げようとしていた者も、白い光の中で身体を硬くした。
叫び声が上がった。
ミオは両手を胸元へ寄せる。
光の中で、五人が身につけていた服が形を変えていく。
汚れた上着の上へ、厚い布の胴衣が重なった。
腰には革帯が巻かれ、腕と脚には簡素な防具が現れる。
手にしていた斧や棒が消え、代わりに同じ形の槍が握られた。
揃っていなかった服装が、同じ形へ統一されていく。
光はすぐに消えた。
その場に残った八体は、一体も声を上げなかった。
先ほどまでクロウを睨み、逃げようとしていたはずだった。
今は全員が背筋を伸ばしている。
槍を右手に持ち、同じ姿勢で前を向いていた。
呼吸はしている。
瞬きもしている。
けれど、顔から恐怖が消えていた。
怒りもない。
隣の様子をうかがうこともしない。
何かを待つように、静かに立っている。
《農民兵 八体》
「あなた!」
村の女が一人、列へ駆け寄った。
農民兵となった一体の腕をつかむ。
「どうしたの。返事をして」
農民兵は女を見なかった。
腕をつかまれても、身体を動かさない。
「聞こえているんでしょう?」
女が頬へ手を伸ばしても、反応はなかった。
「この人に何をしたの!」
女がクロウを振り返る。
クロウは答えなかった。
八体の並びを確認している。
「列が乱れてるな」
左手を小さく動かす。
農民兵たちが一斉に動いた。
女につかまれていた一体も、迷わず腕を引く。
乱暴に振り払ったわけではない。
ただ、命令された位置へ移動するために、女の手から離れた。
八体は井戸の前へ二列に並ぶ。
足を止める位置まで揃っていた。
女は取り残され、何もない手を見つめた。
「農民兵八体、編成完了」
クロウが言った。
満足しているようにも、驚いているようにも聞こえない。
必要な操作が終わったことを確認しただけだった。
ミオは列の中に、見覚えのある顔を見つけた。
木箱を運びながら、ミオを疑った男だった。
外から来た者を倉庫へ近づけるな。
騒ぎに紛れて何をするか分からない。
そう言っていた。
今の男は、ミオを見ても顔をしかめなかった。
視線すら向けない。
「この人たちは……どうなったんですか」
「兵士ユニットになった」
「さっきまでと、違います」
「兵に変えたからな」
クロウは農民兵の一体へ近づく。
肩や腕の装備を確かめ、槍の穂先を見る。
農民兵は何も言わず、されるがままになっていた。
「初期兵種ならこんなものか」
「話さないんですか」
「必要があれば反応する」
「でも、あの人が呼んでいたのに」
ミオは先ほどの女を見た。
女は列のそばに立ち、農民兵となった男の名前を繰り返している。
呼びかけるたび、声が小さくなっていた。
クロウはそちらを一度だけ見た。
「今は命令待ちだ」
「元に戻せるんですか」
「別の役割には変えられる」
クロウの答えは、ミオが聞きたかったものではなかった。
元の人に戻せるのか。
家族の声に答えていた人に戻るのか。
そう尋ねたつもりだった。
けれどクロウは、農民兵から別の役割へ変更できるという意味で受け取っている。
ミオはそれ以上、聞けなかった。
村長が膝をついていた。
もう、村長の指示を待つ者はいない。
「門前へ移動」
クロウが命じる。
農民兵八体が揃って向きを変えた。
槍を持った列が、村の入口へ進んでいく。
足音が同じ間隔で続いた。
途中に倒れている村人がいても、一体も顔を向けなかった。
門へ到着すると、農民兵たちは左右へ分かれた。
クロウから細かな指示を受けていないのに、通路を空け、外へ向かって並ぶ。
山賊が現れた南の道を警戒する形だった。
先ほどまで山賊に怯えていた男たちとは思えない。
「これで門は守れる」
クロウが言った。
「この人たちは、山賊がまた来ても怖くないんですか」
「農民兵は逃げない」
クロウは門前に並ぶ八体を見る。
「命令どおり戦う」
ミオも同じ方向を見た。
確かに、彼らはもう怯えていなかった。
小声で話し合うこともない。
誰かを差し出して助かろうと考えることもないのだろう。
それは強さのようにも見えた。
同時に、恐ろしくもあった。
「ミオ」
クロウが呼ぶ。
「はい」
「今の操作は見えたか?」
「光だけです。画面は見えませんでした」
「そうか」
落胆した様子はない。
ただ、ミオの状態を確認している。
「なら、しばらくは俺が操作する。ミオは見て覚えてくれ」
「私も、あれをするんですか」
クロウはすぐには答えなかった。
黒い兜がミオへ向く。
「権限が開けばな。今は流れだけ覚えろ」
ミオは門前の農民兵を見た。
同じ姿勢。
同じ装備。
迷いのない動き。
あれを、自分が選ぶ。
そんなことができるとは思えなかった。
今はまだ、何も見えない。
クロウが触れていた画面も。
八人を選んだ項目も。
ミオに見えたのは、徴兵が確定した後の光と、その後に残った兵士だけだった。
「次は村を拠点にする」
クロウが村の中央へ歩き出す。
農民兵は門を守ったまま、一体も振り返らない。
ミオは少し遅れて後を追った。
背後から、女のすすり泣く声が聞こえた。
足を止めそうになる。
けれど、振り返れば門の外には山賊の死体がある。
今朝まで自分が閉じ込められていた納屋もある。
ミオは唇を噛み、クロウの黒い背中を見失わないように歩いた。




