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第3話 プレイヤー

聞き慣れた言葉のはずなのに、この場で使われると意味が分からなかった。


プレイヤー。


ゲームを遊ぶ人。


少なくとも、山賊の死体が並ぶ村の前で確認されるようなものではない。


「……違います」


ミオは首を横に振った。


「私はゲームなんてしていません」


黒い兜がわずかに傾いた。


黒い鎧の男の視線が、ミオの顔から少し上へ移る。


頭上に何かが浮かんでいるかのような見方だった。


ミオもつられて上を向いたが、薄い雲が流れているだけだった。


「プレイヤーアイコンが出てる」


「何のことですか」


「専用の印だ。NPCとは表示が違う」


また、ゲームの言葉だった。


ミオは村の門へ目を向けた。


門の内側で、村人たちがこちらを見ている。


山賊が全員倒されたというのに、喜んでいる者はいない。


黒い鎧の男を警戒し、誰も近づこうとしなかった。


「この人たちは、NPCじゃありません」


思わず言葉が出た。


村人たちを庇いたかったわけではない。


ただ、彼らが作り物だとは思えなかった。


冷たい粥の味も。


腕をつかまれた痛みも。


山賊へ渡された恐怖も。


すべて本物だった。


「会話できるNPCなんて珍しくない」


黒い鎧の男は、村人たちを一度見ただけだった。


「そういうことじゃありません」


「なら、どういうことだ?」


ミオは答えようとして、口を閉じた。


ここにいる人たちは生きている。


そう言えばいい。


けれど、その人間たちはミオを山賊へ差し出した。


それでも人間だから。


その言葉が喉に引っかかった。


黒い鎧の男は、答えを急かさなかった。


慰める様子もない。


ただ、ミオの返事を待っている。


「名前は?」


「え?」


「名前を聞いてる」


ミオは目を瞬いた。


「ミオです」


「ミオか」


黒い鎧の男は一度だけ頷いた。


この村へ来たばかりの頃、ミオは何度も自分の名前を伝えた。


だが、村人たちはすぐに使わなくなった。


よそ者。


厄介者。


役立たず。


それだけだった。


「俺はクロウ」


男が名乗る。


「クロウ……さん」


黒い兜は否定しなかった。


「どこから始まった?」


「始まった?」


「最初にいた場所だ」


「気づいたら森にいました」


「そこから、この村へ来たのか」


「はい」


クロウは、ミオの粗末な服と裸足を確認するように兜を動かした。


「開始地点を外したのか、新規用の導入か」


「ここはゲームじゃありません」


クロウは反論しなかった。


ミオの言葉を聞いた上で、自分の考えを変えるつもりがないらしい。


「手を前に出してみろ」


「え?」


「メニューが開くか確認する」


言われるまま、ミオは右手を持ち上げた。


「画面を開くつもりで動かせ」


ミオは何もない空間へ指を伸ばした。


軽く横へ動かしてみる。


何も起こらない。


もう一度試したが、結果は同じだった。


「できません」


「UIが開いてないのか」


クロウの声に驚きはなかった。


不具合の原因を確認しているような口調だった。


「新規なら、最初は機能が制限されてるのかもしれないな」


ミオは山賊の死体へ目を向けた。


「この人たちは、死んだんですよね」


「敵を倒したからな」


「人を殺したんです」


「野良敵ユニットだ。残しても使えない」


話が通じていない。


ミオはそう思った。


死んだ人間を見て、使えるかどうかを口にしている。


助けに来た正義の人ではない。


山賊へ怒りを感じていたわけでもない。


ただ、敵として倒しただけなのだ。


「恩人殿」


村長が再び口を挟んだ。


武器を持った男たちが、その後ろでクロウの様子をうかがっている。


「その女は村の者ではない」


クロウは振り向かなかった。


村長は顔を引きつらせながら続ける。


「ひと月ほど前に森から現れた、身元の知れない女だ。こちらで面倒を見ていた」


ミオは村長を見た。


納屋へ閉じ込められたことも。


山賊へ差し出されたことも。


村長の言葉の中では、最初からなかったことになっていた。


「その女はこちらで引き取る」


「戻りません」


ミオは言った。


村長の目が向けられる。


「黙っていろ」


その一言で、身体が固まった。


ひと月の間、何度も聞かされた声だった。


逆らうな。


余計なことをするな。


言われた通りにしていろ。


また納屋へ連れ戻される。


そう思った瞬間、息が浅くなった。


「ミオはプレイヤーだ」


クロウが言った。


「村のNPCが決めることじゃない」


村長は意味が分からなかったらしく、顔をしかめた。


「何を言っている」


クロウは説明しなかった。


村長の後ろにいた男が前へ出る。


ミオを納屋から引きずり出した男だった。


古い斧を片手に下げている。


「その女を返せ」


声は震えていた。


それでも、周囲の村人を前に引けなくなっているようだった。


男は斧を持っていない方の手を、ミオへ伸ばす。


「戻れ」


ミオは後ずさった。


「嫌です」


男の手が、ミオの腕をつかんだ。


山賊につかまれて赤くなった場所だった。


痛みに、ミオの顔が歪む。


「離してください!」


「ミオから手を離せ」


クロウが言った。


男は手を離さない。


そのまま、ミオを自分の方へ引き寄せようとする。


ハルバードが動いた。


斧刃が短く振るわれ、男の胸元を捉える。


ミオの腕をつかんでいた手から力が抜けた。


男は古い斧を落とし、そのまま土の上へ倒れる。


誰かが叫んだ。


村人たちが一斉に後退する。


村長も言葉を失い、倒れた男を見ていた。


クロウは男へ目を落とさなかった。


ハルバードの刃を下げ、ミオへ兜を向ける。


「話を続ける」


先ほどと変わらない声だった。


ミオは倒れた男から目を離せなかった。


山賊ではない。


同じ村にいた人間だった。


ミオを山賊へ渡した一人でもある。


それでも、目の前で命を奪われたことに身体が震えた。


「殺したんですか」


「プレイヤーに手を出したからな」


クロウは短く答えた。


怒っているようには聞こえない。


ミオを傷つけられて腹を立てたわけでもない。


手を離せと言われても従わず、プレイヤーであるミオへ触れ続けた。


だから倒した。


クロウにとっては、それだけのように見えた。


怖い。


クロウの考え方も。


迷わずハルバードを動かしたことも。


人が倒れた直後に、同じ調子で話を続けられることも。


けれど、刃はミオへ向けられなかった。


クロウは最初から、ミオと村人を別のものとして扱っている。


村人はNPC。


ミオはプレイヤー。


その違いを、クロウだけが迷わず認めていた。


「ミオ」


名前を呼ばれ、ミオは顔を上げた。


「一人で進めるなら、それでもいい」


クロウはミオの服と裸足へ兜を向けた。


「ただ、その状態で初心者が単独行動するのは効率が悪い」


「初心者……」


「ああ。UIも開けてない」


クロウは当然のことを説明するように続けた。


「俺と来るなら、基本操作と拠点の使い方は教える」


助けるとは言わなかった。


守るとも言わない。


同じプレイヤーだから、初心者へゲームの仕組みを教える。


クロウにとっては、それだけなのだろう。


それでも、ミオに選ばせている。


村長の許可を求めろとは言われない。


村へ戻れとも言われない。


ミオは門の向こうを見る。


納屋の屋根が見えた。


湿った藁。


冷えた粥。


閉じられた扉。


助けを求めても、誰も来なかった。


村人たちは今も、ミオではなくクロウを見ている。


山賊へ差し出したことを謝る者はいない。


「クロウさんと行きます」


声は小さかった。


それでも、言い直す必要はなかった。


「私は、あの人たちのところには戻りません」


「分かった」


クロウは短く答えた。


「回収する物はあるか?」


ミオは納屋へ目を向けた。


薄い毛布も、欠けた木椀も、自分の物ではない。


学校で着ていた制服は、村へ来て間もなく取り上げられた。


どこに置かれているのかも分からない。


「ありません」


「なら、後で装備を用意する」


クロウは村の中へ兜を向けた。


先ほど確認していた倉庫と井戸。


並んだ家々と、その向こうに広がる畑。


村を囲む粗末な柵まで、村全体を一望するようにゆっくりと見渡す。


「ここを初期拠点にする」


「初期拠点……?」


「最初に使う拠点だ」


ミオは村の門へ目を向けた。


「この村を?」


「ああ」


最初から、この村全体が使えるかどうかを確かめていたらしい。


ハルバードを肩へ戻し、村人たちの間を通って門へ向かう。


村人たちの間を通り、門へ向かって歩き出す。


誰も、その前へ出ようとはしなかった。


ミオは黒い背中を見つめた。


向かう先は、つい先ほどまで閉じ込められていた納屋のある村だった。


けれど、納屋へ連れ戻されるのではない。


村長に命じられて入るのでもない。


クロウの後ろを、自分で選んで歩く。


足はまだ震えていた。


それでもミオは一歩を踏み出し、黒い鎧の後を追って門をくぐった。

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