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第2話 黒い鎧の男

「何を言ってやがる」


山賊の一人が声を上げて笑った。


どうやら、「野良敵ユニット」という言葉を理解できなかったのは、ミオだけではないらしい。


ミオの腕をつかんでいた山賊が、指に力を込める。


「こいつが欲しいのか? 残念だったな。先に俺たちがもらった」


黒い鎧の男は答えなかった。


兜が、山賊たちの配置を順に確かめるように動く。


剣。


槍。


手斧。


最後に、ミオを拘束している男の手元で止まった。


黒い鎧の男は、肩に担いでいたハルバードを下ろした。


長い柄を両手で握り、鋭い穂先を山賊たちへ向ける。


それだけで、笑い声が止まった。


大柄な山賊が剣を抜く。


「一人で何をするつもりだ」


返事はない。


黒い鎧の男は、一歩を踏み出した。


「止まれ!」


山賊の一人が槍を構える。


それでも、男は止まらない。


「止まれって言ってるだろ!」


槍を持った山賊が走り出した。


鋭い穂先が、黒い胸当てへ突き出される。


黒い鎧の男は、踏み込んでくる槍の外側へ身体を移した。


穂先が胸当ての縁を擦り、甲高い音を立てる。


次の瞬間、ハルバードの斧刃が槍の柄を断ち切った。


山賊の手に残った柄が跳ね上がる。


黒い鎧の男は動きを止めず、返した刃で男の胴を薙いだ。


山賊は声を上げる間もなく地面へ崩れた。


ミオの腕をつかんでいた男の手が緩む。


「な――」


黒い鎧が間合いを詰めた。


斧刃が下から跳ね上がり、山賊の身体を捉える。


突然支えを失い、ミオは道へ膝をついた。


黒い鎧の男が、その前を通り過ぎる。


結果として、ミオと山賊たちの間に黒い背中が立った。


だが、ミオをかばったようには見えなかった。


ただ、次に倒す相手へ進んだだけだった。


「殺せ!」


大柄な山賊が怒鳴った。


周囲の男たちが一斉に武器を抜く。


剣。


手斧。


槍。


十人を超える山賊が、黒い鎧を囲もうと広がった。


黒い鎧の男は退かなかった。


長い柄を振り、背後へ回ろうとした山賊を間合いの外へ押し戻す。


その隙を狙い、正面から二人が斬りかかった。


一本目の剣が肩当てへ当たった。


刃は黒い金属の表面を滑り、火花を散らす。


男はわずかに肩を揺らしただけだった。


続く剣をハルバードの柄で外へ逸らす。


空いた場所へ斧刃が走った。


山賊が一人、地面へ倒れる。


黒い鎧の男は、倒れた相手を見なかった。


ハルバードを引き戻した時には、すでに次の山賊へ兜を向けている。


怒鳴り声にも反応しない。


動きに迷いがなかった。


「囲め!」


大柄な山賊が叫ぶ。


だが、山賊たちの動きは鈍っていた。


先ほどまで村人を見下していた余裕は消えている。


誰が先に踏み込むのか、互いの顔をうかがっていた。


黒い鎧の男は、その時間を待たなかった。


手斧を振り上げた男へ、穂先を突き出す。


男が後ろへ倒れる前に、ハルバードは次の槍へ向けられた。


槍の穂先を斧刃で押し下げる。


前へ崩れた山賊の肩へ、重い刃が落ちた。


背後から近づいた男には、長い柄の中央をぶつけて姿勢を崩す。


振り返ると同時に穂先を突き出した。


倒れた男へ視線を向けることもなく、黒い鎧は次へ進む。


ミオは道へ座り込んだまま、その光景を見ていた。


逃げなければならない。


頭では分かっている。


それでも、足に力が入らなかった。


村へ戻る気にもなれない。


背後の柵の内側には、自分を山賊へ差し出した村人たちがいる。


誰も声を上げず、門の近くから戦いを見ていた。


前には黒い鎧の男がいる。


ミオを助けに来たのかどうかも分からない。


ただ、山賊たちを次々に倒していた。


「待て!」


一人の山賊が武器を捨てた。


両手を上げ、後ずさる。


「もうやらねえ! 俺は抜ける!」


黒い鎧の男は足を止めない。


「金ならある! 荷物も全部渡す!」


山賊は腰の革袋を外し、地面へ投げた。


硬貨がぶつかり合う音がする。


黒い鎧は、袋を見なかった。


斧刃が振るわれる。


山賊は言葉の途中で倒れた。


「降参してるだろうが!」


別の山賊が叫んだ。


黒い兜が、そちらへ向く。


返事はない。


山賊は顔を引きつらせ、背を向けた。


南へ続く道を走り出す。


黒い鎧の男はハルバードを握り直し、その後を追った。


重い鎧を身につけているとは思えない速さだった。


数歩で追いつき、背後から穂先を突き出す。


逃げた山賊が道へ倒れた。


黒い鎧の男は、すぐに振り返る。


残った山賊たちが息を呑んだ。


武器を捨てても。


降参しても。


逃げても。


見逃されない。


ようやく、それを理解したらしい。


「相手は一人だ!」


大柄な山賊が剣を両手で握り、声を張り上げる。


だが、周囲に残っている者は、すでに半分もいなかった。


「一斉に行け!」


誰も動かない。


「行けと言ってるだろ!」


大柄な山賊が、近くにいた男の背中を蹴った。


蹴られた山賊が、よろめきながら前へ出る。


黒い鎧の男が一歩近づいた。


「無理だ」


山賊は武器を構えることもできず、後ろへ下がった。


「行け!」


「こんなの、聞いてねえ!」


男が横へ逃げようとする。


黒い鎧が、その進路を塞いだ。


斧刃が短く振られ、また一人が倒れる。


それを合図に、残った山賊たちが道と林へ散って逃げ出した。


黒い鎧の男は、最も近い一人を斬った。


そのまま林へ逃げた男を追う。


枝の向こうで、金属のぶつかる音が響いた。


短い叫び声が途切れ、黒い姿が道へ戻ってくる。


だが、その場では止まらなかった。


道を逃げる山賊たちを追い、再び走り出す。


その場に残された大柄な山賊は、黒い背中を見つめていた。


今なら逃げられると思ったのかもしれない。


大柄な山賊が、反対方向へ走り出した。


その先には、ミオがいた。


男の目がミオへ向く。


「来い!」


腕が伸びてくる。


ミオは後ろへ下がろうとした。


だが、座り込んだ足がもつれる。


山賊の手が届く直前、背後から硬い足音が近づいた。


黒い鎧の男が戻ってきていた。


道の先には、逃げた山賊たちが倒れている。


大柄な山賊が振り返り、伸ばしていた腕を引いた。


「化け物め」


剣を構える。


黒い鎧の男は歩みを止めなかった。


「俺を誰だと思ってる!」


山賊が叫ぶ。


「俺はガルド一家の――」


ハルバードの斧刃が横へ走った。


名乗りは最後まで続かなかった。


大柄な身体が地面へ崩れる。


黒い鎧の男は、倒れた山賊を見下ろした。


続いて、周囲へ兜を巡らせる。


道。


林。


村の柵。


倒れた山賊たち。


一人ずつ確かめるように見ていく。


動く者はいなかった。


男はハルバードを一度振り、刃についたものを地面へ落とした。


「終わりか」


疲れた様子はなかった。


呼吸も乱れていない。


十数人いた山賊は、誰一人として立っていなかった。


ミオは声を出せなかった。


助かった。


そう思ってよいのか分からない。


目の前の男は、確かに山賊の手からミオを解放した。


だが、命乞いを聞かなかった。


武器を捨てた者も、逃げた者も、すべて倒した。


怒っていたようには見えない。


山賊を敵だと判断した時点で、全員を倒すと決めていた。


そんな戦い方だった。


黒い鎧の男が歩き出す。


ミオの方ではない。


倒れた山賊のそばへ行き、落ちている武器や革袋を調べ始めた。


剣を一本拾い、刃を見る。


すぐに地面へ戻した。


別の山賊が持っていた革袋を開き、中身を確認する。


「装備は低品質か」


低い声が漏れる。


誰かに話しかけたのではない。


独り言らしかった。


「初期エリアなら、こんなものか」


初期エリア。


また、意味の分からない言葉だった。


男は革袋の中から、小さな容器を取り出した。


蓋を開け、中身を確かめる。


「回復アイテムでもないな」


容器を袋へ戻し、興味を失ったように地面へ置いた。


村の門の内側で、人の動く気配がした。


戦いが終わったと判断したのだろう。


最初に外へ出てきたのは村長だった。


その後ろに、古い槍や農具を持った男たちが続く。


誰も黒い鎧へ近づこうとはしない。


村長は数歩離れた場所で立ち止まった。


「助かった」


黒い鎧の男は振り向かなかった。


「あなたのおかげで、村が救われた」


返事はない。


男は山賊の武器を調べ続けている。


村長は戸惑いながらも、言葉を続けた。


「礼をしたい。食事も用意する。今夜は村で休んでいってくれ」


黒い鎧が、ようやく顔を上げた。


兜の奥が、村長へ向く。


村長の顔に、わずかな安堵が浮かんだ。


ようやく呼びかけに応じたと思ったのだろう。


「村長か?」


黒い鎧の男が尋ねた。


「そうだ。私がこの村の――」


黒い鎧の男は最後まで聞かず、村の門へ兜を向けた。


粗末な門。


高さの揃わない柵。


家々の並び。


井戸。


倉庫らしい建物。


畑へ続く道。


兜が、村全体を確認するようにゆっくりと動く。


「規模は小さいな」


また、独り言のように口にする。


「柵と倉庫はある。水源も近い」


村長が恐る恐る声をかけた。


「この村に、何か?」


黒い鎧の男は答えない。


門柱へ手を触れ、次に地面へ視線を落とした。


ミオには何も見えない。


だが、男はそこにある何かを確認しているようだった。


「条件は足りてるか」


小さく呟く。


村長は自分へ向けられた言葉だと思ったのか、愛想笑いを浮かべた。


「古い村だが、井戸の水は悪くない。畑もある。気に入ったのなら、好きなだけ滞在してくれて構わない」


黒い鎧の男は答えなかった。


柵の外側へ回り、門の幅と村の境界を確かめ始める。


村人たちの間に、困惑が広がった。


ミオは地面へ座ったまま、その様子を見ていた。


村長たちは、この男を恩人として扱おうとしている。


山賊を倒し、村を救った者。


だから、自分たちから食事と寝床を差し出そうとしている。


ミオがどれだけ頼んでも、与えられなかったものを。


当然なのかもしれない。


黒い鎧の男は、山賊を倒した。


ミオには何もできなかった。


そう考えると、胸の奥が苦しくなった。


だが、村人たちは先ほどまでミオを山賊へ渡そうとしていた。


山賊が倒れた途端、それがなかったことのように振る舞っている。


村長も、他の男たちも、ミオの方を見ようとしなかった。


黒い鎧の男が門から離れた。


今度こそ、ミオの方へ歩いてくる。


身体が強張った。


逃げようにも、足が動かない。


ハルバードの斧刃には、まだ戦いの跡が残っている。


男はミオの前で足を止めた。


大きかった。


座り込んだ位置から見上げると、黒い壁が立っているようだった。


ミオは両手を胸元へ寄せる。


何を言えばよいのか分からない。


助けてくれて、ありがとうございます。


そう言うべきなのかもしれない。


だが、この男がミオを助けるために戦ったとは思えなかった。


山賊だったから倒した。


ただ、それだけに見えた。


黒い兜がミオへ向く。


無言のまま、しばらく見下ろされる。


視線が、ミオの粗末な服と裸足へ移った。


続いて、村の端にある納屋へ向く。


村長が後ろから近づいてきた。


「その女は村の者ではない」


ミオの肩が震えた。


また、同じ言葉だった。


「森から来た身元の知れないよそ者だ。村で置いてやっていただけで――」


黒い鎧の男は振り返らなかった。


村長の言葉など聞こえていないように、ミオの前へ片膝をつく。


それでも、目線はミオより少し高い。


黒い兜は、ミオの顔ではなく、その少し上へ向けられていた。


そこに何か表示されているかのように、動きを止める。


兜の奥は暗く、表情は見えない。


「一つ確認する」


低い声が、すぐ近くで響いた。


ミオは答えられず、ただ黒い兜を見返した。


男は、村人たちには向けなかった問いを口にした。


「プレイヤーか?」

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