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第27話 リード村制圧

カナタがエルク拠点を去ってから、二日が過ぎた。


東の街道を確認に出していた農民兵が戻ってきた。


クロウの指示で、リード村へ近づきすぎないよう南側へ回り込み、西門と東へ続く街道の動きを遠目に確認させていた。


農民兵は指揮所へ入ると、見たものを順に報告する。


「リード村西門。領都兵、二人」


一度言葉を区切る。


「武装した村人、複数。西門前、荷車と木材で封鎖」


「東側は?」


ミオが尋ねる。


「荷車、複数。領都方面へ移動」


住民を逃がし始めている。


同時に、西門を塞ぎ、領都から来た兵士を置いている。


領都側に攻める意思があるのかは分からない。


だが、レイヴンが東へ進んだ場合に備えていることは間違いなかった。


ミオは机の上へ地図を広げた。


「領主側が、リード村へ兵を置きました」


クロウは地図上のリード村を見る。


「敵対準備だな」


声に怒りはなかった。


予想していた結果を確認しただけのようだった。


「確認できた領都兵は二人です」


ミオが言う。


「大部隊が到着した様子はありません」


時間を置けば、さらに兵が送られてくる可能性がある。


「ああ」


クロウは即座に判断した。


「先に取る」


ミオも、その結論を予想していた。


「リード村まで部隊を動かせるだけの物資は用意できます」


西の廃坑から運ばれた鉄材。


糧食。


薬草。


木材。


石材。


繊維。


兵装に必要な分を残し、戦いに回せる資源も確保してある。


「西門前の障害物だけなら、破城槌や投石機は必要ないと思います」


「使わない」


ミオは兵士の配置を確認する。


エルク拠点には、農民兵五体と軽装槍兵一体。


レイヴン前哨拠点には、軽装槍兵二体。


前哨拠点の二体は動かさない。


西側の防衛まで薄くする必要はなかった。


「エルク拠点には、農民兵三体を残します」


出すのは、軽装槍兵一体と農民兵二体。


クロウを先頭に、兵士三体。


そこへミオが同行する。


小型荷車には、兵士用の糧食と薬草を積む。


「私は前線基地で、補給を担当します」


クロウの兜がミオへ向いた。


「西門を抜くまでは前に出るな」


「分かりました」


「俺は前に出る。ミオには兵と補給を任せる」


「はい」


戦場へ近づくことは、今でも怖い。


今回は実演ではない。


自分が集めた資源。


自分が配分した物資。


自分が配置した兵士。


その全てが、本当の戦闘に使われる。


クロウが壁に立てかけていたハルバードを手に取った。


「出るぞ」


門の外へ兵士が並ぶ。


黒い鎧。


軽装槍兵一体。


農民兵二体。


小型荷車。


そして、ミオ。


エルク拠点の門が開く。


東へ続く街道の先には、取引に使える村ではなく、攻略対象となったリード村があった。


◇ ◇ ◇


リード村の西門が見える手前で、クロウは街道を外れた。


低い丘が、村側からの視線を遮っている。


地面には十分な広さがあった。


ミオは前線設備の設置を選ぶ。


《時限性前線基地》


設置条件を満たしている。


必要な資源量と作成時間を確認する。


「ここなら設置できます」


「出すぞ」


クロウが許可する。


登録済みの資源が消費された。


《作成中》


青白い線が地面を走る。


低い柵。


天幕。


簡易的な設備。


表示されていた作成時間が減っていく。


やがて、最後の数字が消えた。


《時限性前線基地 稼働》


《補給範囲》


《回復可能》


《兵士再配置可能》


続いて補給箱を作成する。


完成した箱の中は空だった。


農民兵が小型荷車から糧食と薬草を下ろし、補給箱へ移していく。


ミオは量を確認した。


「必要な分は入っています」


「維持時間は?」


「村を制圧するまでなら足りると思います」


「十分だ」


クロウの声が、わずかに軽くなった。


これから始まる戦闘を楽しみにしている。


ミオにも分かった。


農民兵一体を、ミオの護衛として前線基地へ残す。


クロウは軽装槍兵一体と、もう一体の農民兵を連れて丘を越えた。


ミオは前線基地に残る。


ここからは村の西門を見ることはできない。


聞こえるのは、遠くから響く声だけだった。


やがて、金属同士がぶつかる音がした。


続いて、怒鳴り声。


何かが壊れる大きな音。


ミオは補給箱の前で待った。


戦闘へ飛び出す役割ではない。


クロウが西門を突破する。


その間、必要な物資を使える状態にしておく。


それが自分の仕事だった。


しばらくして、丘の向こうから農民兵が戻ってきた。


クロウと共に西門へ向かった一体だ。


「西門、確保」


短い報告だった。


「分かりました」


ミオは護衛の農民兵を見る。


「行きます」


二体の農民兵を伴い、ミオは前線基地を出た。


◇ ◇ ◇


丘を越える。


リード村の西門前には、横倒しにされた荷車があった。


木箱と丸太も積まれている。


太い縄は切られ、荷車の一台は大きく傾いていた。


人が通れる隙間が開いている。


門前には、倒れた二人の領都兵がいた。


その近くには、武器を持ったまま倒れている村人もいる。


クロウの黒い鎧には、何本かの矢が当たった跡が残っていた。


だが、動きに異常はない。


軽装槍兵も立っている。


まだ武器を構えていた村人が、クロウを見るなり斧を振り上げた。


クロウのハルバードが先に届く。


男が倒れる。


別の村人が武器を捨てた。


「降参する!」


クロウは男を無視し、まだ武器を持っている者へ向かった。


「拘束してください」


ミオが命じる。


農民兵一体に、武器を捨てた男を拘束させる。


その一体を西門へ残し、ミオはもう一体の農民兵と共にクロウの後を追った。


街道沿いには、家と作業場が並んでいる。


井戸。


倉庫。


薬師の仕事場。


布を扱う作業場。


以前なら、レンやサヨが暮らしている場所として見ていた。


今は、別のことを考えている。


井戸は使える。


倉庫もある。


街道は東西へ続いている。


ここを押さえれば、領都方面へ物資を運びやすくなる。


村の奥から、白い煙が広がった。


火事の煙ではない。


濁った煙が街道を覆い、視界を奪っていく。


匂いを吸ったミオは咳き込んだ。


目と喉が痛む。


「薬草を燻してるな」


煙の中からクロウの声が聞こえた。


閉じた兜がある分、ミオより影響は少ないらしい。


足元で縄が動いた。


軽装槍兵の足へ絡み、身体が崩れる。


道の脇から、短い槍を持った男が飛び出した。


軽装槍兵が槍を持ち直す。


だが、姿勢が崩れたままでは間に合わない。


クロウのハルバードが煙を切った。


斧刃が飛び出した男を倒す。


そのまま刃を返し、足元の縄を断った。


「薬と布か」


誰が用意したかではなく、仕掛けを確認するような声だった。


白い煙の向こうに、人影が見えた。


二人。


ミオは、その姿を知っている。


レンとサヨだった。


レンは薬箱を背負い、短い槍を持っている。


サヨは腕へ厚い布を巻き、長い棒を構えていた。


二人の後ろでは、残っていた村人たちが東側へ逃げていく。


二人は勝つために残ったのではない。


住民が逃げる時間を作るために残った。


「ミオさん!」


レンの声が煙の向こうから届く。


「もうやめてください!」


ミオは立ち止まった。


「クロウを止めてください!」


「無理です」


自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


「これは、ギルド《レイヴン》の戦闘です」


「村を奪うための戦闘です!」


「リード村は、領都側の兵を受け入れました」


「村を守るためです!」


「レイヴンが東へ進むのを止めるためですよね」


領都の兵。


門前の障害物。


武器を持った村人。


クロウたちへ放たれた矢。


意図が何であっても、レイヴンの進軍を止めようとした。


「この人たちは、自分の村を守ろうとしただけです」


レンが言う。


ミオは以前、クロウがカナタへ言った言葉を思い出した。


「結果は同じです」


レンの表情が変わった。


「ミオさん……」


「レイヴンの進軍を止めました」


ミオは続ける。


「それなら、敵になります」


「あなたがレイヴンへ残ることは、もう否定しません」


サヨが言った。


「クロウさんを選んだことも、あなたが決めたことです」


「なら、退いてください」


「それはできません」


サヨは首を横へ振る。


「この人たちが、自分で選ぶ権利まで奪われるからです」


「ユニット化しなければ、また抵抗します」


「自分の暮らしを守ることを、反抗と呼ばないでください」


「レイヴンにとっては反抗です」


サヨの顔が強張った。


ミオの声に、以前のような迷いが残っていなかったからだろう。


「ミオさんは、本当にそれでいいんですか?」


レンが尋ねる。


「人を役割や数字として見る側へ行って」


人を役割で見れば、判断に迷わずに済む。


兵士。


労働。


採取。


厨房。


誰をどこへ置くべきか。


何が足りないのか。


次に何を増やすべきか。


それでも、レンとサヨを同じように見ることはできなかった。


二人は日本を知っている。


ミオの話を聞いた。


助けようとした。


今も、村人を逃がすために残っている。


「私は、内政担当です」


ミオは答えた。


「必要な場所に、必要な人を置きます」


「人は物資じゃない!」


「知っています」


ミオは答えた。


「でも、役割を固定しなければ逃げます。抵抗します。情報を外へ持ち出します」


「それでも、人です」


レンは短い槍を強く握った。


「そのことだけは、忘れないでください」


クロウが二人へ向き直った。


「ここから退くなら追わない」


「村の人たちは?」


レンが尋ねる。


「ユニット化する」


「それを止めるために残っています」


「なら敵対扱いだ」


クロウはハルバードを構えた。


説得するつもりはない。


二人がプレイヤーとして戦うのか。


それだけを確認している。


レンが短い槍を構える。


「戦います」


サヨも長い棒を両手で握った。


「私もです」


クロウの構えがわずかに変わる。


村人や領都兵へ向けていた時より、重心が低い。


兜の奥から、二人の動きを観察している。


レンが薬箱から小さな袋を取り出した。


クロウへ投げる。


袋が胸当てへ当たり、濃い粉が広がった。


クロウは兜の隙間を腕で覆いながら前へ出る。


レンの短槍が鎧の脇へ伸びた。


ハルバードの柄が穂先を外へ流す。


レンの身体が開いた。


斧刃が届く間合いだった。


それでも、クロウは振らなかった。


一歩だけ下がる。


次に何をするのか。


待っているようだった。


サヨが道の両側へ仕掛けていた縄を引いた。


布を編み込んだ縄が持ち上がり、クロウの足へ絡みつく。


レンが踏み込んだ。


「今です!」


槍が兜と胸当ての隙間へ伸びる。


クロウは身体を捻り、穂先を肩の装甲へ滑らせた。


金属音が響く。


斧刃を低く振り、足へ絡んだ縄を切る。


返した柄でレンの槍を弾いた。


今度も追わない。


サヨが長い布を広げ、クロウの兜へ投げかけた。


視界を塞ぐ。


同時に、レンが反対側へ回り込む。


二人で考えた動きなのだろう。


クロウは布を兜へ受けたまま、ハルバードの柄を回した。


レンの槍が弾かれる。


サヨの棒も、柄の中ほどで止められた。


二人が左右へ離れる。


クロウは布を振り落とした。


「まだあるだろ」


声には、わずかな期待があった。


レンの顔が歪む。


実力の差は理解しているはずだった。


それでも薬箱へ手を入れる。


残っていた粉を足元へ撒いた。


煙が立ち上がる。


サヨが縄をハルバードの柄へ巻きつけ、全身で引いた。


レンは煙の中を走る。


最後の突進だった。


クロウは巻きついた縄を逆に引いた。


サヨの身体が前へ崩れる。


同時に柄を捻り、レンの槍を受け流す。


レンの身体が完全に開いた。


今度は待たなかった。


二人が用意していた手は、出し切った。


ハルバードの斧刃が走る。


レンの身体が倒れる。


「レン!」


サヨが叫んだ。


レンが地面へ倒れきる前に、その輪郭が白く光った。


身体が細かな光の粒子へ変わっていく。


手にしていた短槍も光に包まれた。


血も死体も残らない。


白い粒子だけが宙へ舞い、消えていく。


「レン……?」


サヨは、ハルバードへ巻きつけていた縄を放した。


光が消えた場所へ駆け寄る。


両手を伸ばす。


だが、何もつかめない。


「なんで……?」


サヨの声が震えた。


「レン、どこに……」


長い棒が手から落ちた。


目の前にクロウがいることさえ、意識から抜け落ちたようだった。


「レン……返事をして」


返事はない。


地面にも、何も残っていない。


クロウは、すぐにはハルバードを振らなかった。


サヨが武器を拾うのを待っているようだった。


だが、サヨは光の消えた場所を見つめたまま動かない。


戦う意思は、もう残っていなかった。


クロウの兜がわずかに下がる。


先ほどまで声にあった熱も消えている。


「……終わりか」


怒りではない。


失望だった。


クロウが踏み込む。


ハルバードが一度だけ振るわれた。


サヨの身体も白く光った。


二人目の光が広場へ広がる。


身体も、持っていた物も、細かな粒子へ変わっていく。


風に流された一粒が、ミオの外套へ触れる。


そのまま消えた。


道の上には、領都兵や村人の身体が残っている。


レンとサヨだけが、何も残さず消えた。


ミオは、その場所を見つめた。


二人は、この世界を現実だと言った。


クロウは、ゲームだと言った。


二人は村人を人間だと言った。


クロウはNPCだと言った。


目の前で起きたことだけで、レンとサヨの言葉が全て間違っていたと証明されたわけではない。


それでも。


村人とは違う死に方。


死体を残さず、光へ変わる身体。


ミオには、それがクロウの見ている世界の方を裏づけるものに思えた。


「プレイヤー死亡エフェクトだ」


クロウが言った。


声は、いつもの調子へ戻っている。


ミオは光が消えた場所から目を離せない。


「クロウさんの言った通りでした」


ミオには、そうとしか思えなかった。


クロウは答えない。


当然の仕様を確認しただけなのだろう。


残っていた村人たちは、武器を捨てていた。


抵抗する者はいない。


クロウはレンとサヨが消えた場所を振り返らず、井戸と倉庫、東門の位置を確認していく。


「ミオ」


「はい」


「制圧できるか?」


ミオは周辺マップへ意識を向けた。


《リード村》


《制圧可能》


「できます」


クロウが制圧を実行する。


淡い線が広がる。


井戸。


倉庫。


西門。


東門。


街道沿いの建物。


村全体が管理範囲へ組み込まれていく。


《リード村》


《所属ギルド レイヴン》


《補給路 接続》


エルク拠点から東へ続く道が、新たな拠点へつながった。


その先には領都がある。


以前より、ずっと近くなった。


広場には、逃げ遅れた住民たちが集められていた。


武器を捨てた男。


避難に間に合わなかった女。


倉庫へ残っていた者。


それぞれが違う表情をしている。


恐怖。


怒り。


絶望。


助けを求める目。


以前のミオなら、一人ずつ見てしまったかもしれない。


今は、その後に必要なことを先に考えている。


西門を直す。


街道を確保する。


倉庫を使える状態にする。


糧食と薬草を置く。


兵士を配置する。


働く者を決める。


ユニット化せずに残せば、また抵抗するかもしれない。


逃げる者もいる。


領都へ情報を運ぶ者もいる。


レンやサヨのようなプレイヤーへ助けを求める者もいるかもしれない。


二人はミオを助けようとした。


優しい言葉で話した。


ミオ自身の選択を否定しないとも言った。


それでも最後には、ギルド《レイヴン》の進軍を止める側へ立った。


そして、二人は光になった。


クロウの言うプレイヤーとして。


ミオは広場に並ぶ住民たちを見る。


一人ずつの名前を知る必要はない。


今のリード村に必要なのは、拠点を維持する役割だ。


「クロウさん」


「何だ?」


「リード村には、ユニット化していない住民を残さないでください」


黒い兜がミオへ向く。


広場が静まり返る。


「残った住民は、全員ユニット化しましょう」


意味を理解した者たちの顔に、恐怖が広がった。


何でもするから、そのままにしてほしいと叫ぶ者がいる。


家へ帰してほしいと訴える者もいる。


ミオは、一つずつの言葉を聞かなかった。


「兵士に回せる者は兵士へ」


ミオは続ける。


「ほかは、労働、採取、厨房に分けます」


必要な場所へ。


必要な役割を。


それだけを考える。


「東へ進むなら、ここを安定させる必要があります」


「全員でいいのか?」


クロウが尋ねる。


止めようとしているわけではない。


ミオ自身の判断なのか。


それだけを確かめている。


「はい」


ミオは迷わず答えた。


「ユニット化せずに残す方が、管理上の危険になります」


誰の家族なのかは見なかった。


誰が何を望んでいるのかも、今は必要なかった。


「配置は私が決めます」


ミオはクロウを見上げた。


「全員、使えるユニットにしてください」


クロウは一度だけ頷いた。


「いい判断だ」

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