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第26話 決裂

「リード村は、今のところ取引に使える」


クロウは、カナタが広げた地図へ視線を落とした。


エルク拠点から東へ伸びる街道。


その途中にリード村があり、さらに先には領都がある。


「今のところ、ですか?」


カナタが聞き返す。


「ああ」


「必要になれば、リード村を支配するつもりですか?」


「取る」


答えに迷いはなかった。


カナタの指が、地図の上で止まる。


「何をもって必要だと判断しますか?」


「街道を押さえる時だな」


クロウはリード村の印を指した。


「東へ進むなら途中にある。取引にも使える。今は残す方が得だ」


村ではなく、街道上の位置。


住民ではなく、利用できる機能。


クロウが見ているのは、それだけだった。


「領都へ進む可能性もあるんですね」


「今すぐではない」


「否定はしない?」


「ああ」


クロウは地図の西側へ指を動かした。


「西側は前哨と採取地点を確保した。次に広げるなら東か南だ」


ミオにも意味は分かった。


西側には、レイヴン前哨拠点と西の廃坑がある。


東には、荷車を通せる街道が続いている。


リード村を経由すれば、その先へ物資を運びやすい。


カナタの表情がわずかに硬くなった。


「集めている資源は、領都を攻めるためのものですか?」


「相手は決めてない」


クロウが答える。


「だが、戦う時には使う」


「領都が相手になる可能性もある」


「領主側が敵対すればな」


「人の意思を無視する行為を止めるよう求めることも、敵対と見なしますか?」


「レイヴンの運営へ干渉するなら敵対行為だ」


カナタの手が地図の上で強く握られる。


それでも、声は荒らげなかった。


「領都が防衛準備を始めても、敵対と判断しますか?」


「レイヴンへ向けた準備ならな」


領都が何もしなければ、今は攻めない。


だが、レイヴンに備えて兵を動かせば敵と判断する。


危険を知った領主が、何も準備せずに待つとは思えなかった。


「リード村には、多くの人が暮らしています」


カナタが言った。


「街道を押さえるためだけに、その生活を壊すつもりですか?」


「拠点化すれば維持できる」


「エルク拠点と同じように?」


「ああ」


カナタは指揮所の外へ目を向けた。


窓の先では、労働ユニットが木材を運んでいる。


農民兵は、命じられた位置を守っている。


「意思を無視して、役割へ固定する」


「役割変更だ」


「役割変更という言葉で済むことではありません」


「その話はもう聞いた」


カナタは口を閉じた。


何を言っても、前提が変わらないことはすでに分かっているのだろう。


しばらくの沈黙の後、再び口を開いた。


「リード村には、レンとサヨもいます」


クロウの兜が動いた。


「知り合いか?」


「はい」


カナタは答えた。


「リード村で、二人からエルク拠点について話を聞きました」


「二人から、エルク拠点の話を聞いたのか」


「実際に見たことを話してもらいました」


先ほどまでとは違う沈黙が落ちた。


クロウは、カナタを見たまま動かない。


「レンとサヨが拠点へ入り、内部を見た」


クロウが言う。


「その情報をカナタへ渡した」


「はい」


「その情報を持って、領主側から来たんだな」


「交渉と事実確認のためです」


「情報を持ち帰るのも目的だろ」


カナタは否定しなかった。


「領主様へ、僕が確認した事実を報告します」


「なら同じだ」


「何がですか?」


「三人で動いてる」


クロウの声は変わらない。


怒っているのではなかった。


レン、サヨ、カナタを、一つの集団として整理したらしい。


「レンとサヨはミオへ接触した。カナタは、その二人から情報を聞いて領主側へ持ち帰る」


「二人は、ミオさんを心配していました」


「ミオは助けを求めてない」


クロウがミオへ兜を向ける。


「そうだな?」


「はい」


ミオは答えた。


「私は、ここに残ると決めました」


カナタがミオを見る。


責めるような目ではない。


それでも、諦めきれないものが残っているように見えた。


「サヨから伝言を預かっています」


ミオの指先がわずかに動いた。


クロウの兜が、再びカナタへ向く。


「ここで言え」


カナタはミオへ向き直った。


「リード村へ来るよう、もう無理に勧めるつもりはないそうです」


ミオは黙って聞いた。


「あなたが今の場所を選んだことまで否定したくはない。ただ、また話をしたいと」


サヨの静かな声を思い出す。


日本という言葉を確かめた時の表情。


ミオの言葉を、途中で遮らずに聞いていた姿。


サヨもレンも、本気で自分を助けようとしていた。


それでも、二人が示した場所は、ミオが戻りたい場所ではなかった。


「伝言は分かりました」


ミオは答えた。


「でも、今は話すつもりはありません。内政担当として、やることがあります」


「伝えておきます」


カナタは、それ以上勧めなかった。


「カナタ」


クロウが名前を呼ぶ。


「はい」


「次から、レンとサヨは拠点へ入れない」


「なぜですか?」


「内部の情報を別勢力へ渡した」


「本人たちは、領主勢力のために調べたわけではありません」


「結果は同じだ」


クロウは続けた。


「カナタも、次は門前対応だ。条件が変わらないなら、話すこともない」


「今後の取引は?」


「バルトは交易NPCだ。敵対しなければ残す」


同じリード村から来ても、クロウの中では扱いが違う。


バルトは取引に使えるNPC。


レンとサヨは拠点へ干渉したプレイヤー。


カナタは、その二人から情報を得て領主側へ持ち帰るプレイヤー。


ミオにも、その分類が自然に理解できた。


「リード村が領都の指示で兵を受け入れた場合は?」


カナタが尋ねる。


「敵対拠点として扱う」


「取引を続けていても?」


「敵の補給地点になったら取る」


カナタはゆっくりと息を吐いた。


「分かりました」


声には疲れが混じっている。


カナタは、傘下入りも協力関係も、ユニット化の停止も拒否されたことを帳面へ記した。


領都がレイヴンに備えて兵を置けば、クロウは敵対準備と判断する。


筆を置く。


「交渉は成立しないということですね」


「ああ」


「では、この内容を領主様へ報告します」


「好きにしろ」


クロウは止めなかった。


少なくとも、今この場でカナタを敵として処理するつもりはないらしい。


カナタは領主家の印と帳面を取った。


「まだ、戦いを望んでいるわけではありません」


クロウは答えない。


「領主様も、レイヴンを攻めたいわけではない。民を守るために動くだけです」


「なら、攻めてこなければいい」


「あなたたちが進まなければ、戦う理由もありません」


二人とも、相手が先に動かなければ戦わないと言っている。


同時に、相手が動けば戦うとも言っていた。


それで争いを避けられるとは、ミオにも思えなかった。


カナタはそれ以上何も言わず、出口へ向かう。


ミオは農民兵を呼んだ。


「門まで案内してください」


農民兵がカナタの後ろにつく。


指揮所を出る前に、カナタが一度だけ振り返った。


「ミオさん」


「はい」


「あなたを敵だと思っているわけではありません」


ミオは答えなかった。


カナタの気持ちと、領都という勢力がどう動くかは別だった。


領都がレイヴンを止めようとすれば、クロウは戦う。


「失礼します」


カナタは頭を下げ、指揮所を出ていった。


◇ ◇ ◇


門が閉じる。


門の外で待っていた護衛二人が馬車へ乗り込む。


やがて、馬車は東の街道をリード村の方向へ遠ざかっていった。


「警戒対象にする」


クロウが言った。


「はい」


今後、レン、サヨ、カナタは拠点内へ入れない。


ミオは、その方針で対応することにした。


三人は別の場所で暮らし、役割も違う。


それでも、ギルド《レイヴン》のやり方を止めようとしている点ではつながっている。


「バルトさんとの取引は続けますか?」


「ああ。使える間は残す」


「バルトさんが来た場合も、用件は門前で確認します」


「それでいい」


拠点内へ誰を入れるか。


どこまで見せるか。


今までより慎重に決める必要がある。


「ミオ」


クロウが言った。


「領都までの道を確認する」


「はい」


ミオは周辺マップを開いた。


エルク拠点から東へ。


リード村。


その先には領都がある。


カナタが広げた地図で見た限り、南側から回り込む道もあった。


だが、かなり遠い。


荷車を使って東へ進むなら、リード村を通る街道が最も使いやすい。


「領都へ向かうなら、リード村を通る街道が一番早いです」


ミオが言った。


「この街道をそのまま東へ進むなら、途中で物資を確保できる場所は、今のところリード村しかありません」


以前は、人や商人が行き来するための道だった。


鉄材や繊維を運べる道。


今は、別の形にも見える。


兵士と物資を東へ運ぶための経路。


「領都と戦うなら、先にリードを取る必要があるな」


クロウが言った。


「はい」


答えは自然に出た。


「補給地点にできれば、領都方面へ物資を運びやすくなります」


村で暮らす人の顔ではなく、街道上の位置を見ていた。


それでも、すぐに攻めてほしいとは思わなかった。


レンとサヨがいる。


バルトもいる。


今はまだ、取引に使える可能性も残っている。


「カナタが戻った後の、領都の動きを見てからだ」


クロウが言う。


「兵を動かしたかどうかは、どうやって確認しますか?」


「直接確認するか、商人から情報を取る必要があるな」


「バルトさんがまた来たら、リード村の状況を聞きます」


「ああ」


クロウは周辺マップから意識を外した。


「領都が兵を動かした場合に備えて、戦いに回せる資源を増やしておけ」


「リード村まで部隊を動かせる量を確保します」


「任せる」


カナタが領都へ戻る。


領主へ報告する。


領都が兵を動かし、それをクロウがレイヴンへの敵対準備だと判断すれば、戦いになる。


ミオは、その時に備えて必要な物資を揃える。


交渉は終わった。


次に必要になるのは、糧食と薬草。


兵装を整える鉄材。


前線設備に使う木材や石材。


ミオは、それぞれの備蓄量を確認し始めた。


◇ ◇ ◇


カナタが領都へ戻ったのは、翌日の夕方だった。


領都の門を抜けると、街道の補修から戻った荷車とすれ違う。


兵士たちは荷車を脇へ誘導し、通行人と言葉を交わしていた。


記録を間違え、書き直している衛兵もいる。


疲れた顔をしている者もいた。


誰も、同じ動きを繰り返してはいない。


失敗もする。


命令に疑問を持つこともある。


それでも、自分の意思を持ったまま仕事を続けている。


カナタは領主館へ急いだ。


執務室では、領主がまだ各地から届いた報告を読んでいた。


髪に白いものが混じった男だった。


「戻ったか」


領主は書類を置く。


「エルクの様子は?」


「厨房と井戸は機能しています。施設も以前より整っています」


カナタは最初に、自分で確認したことを報告した。


「兵士や労働者については、レンたちの証言では、呼びかけても作業を続ける者がいるそうです」


領主の表情が曇る。


「噂は事実だったか」


「少なくとも、クロウ本人は人をNPCと呼び、ユニット化を役割変更だと認識しています。止めるつもりもありません」


「ミオという娘は?」


「自分の意思で、ギルド《レイヴン》へ残っています」


「脅されているのか?」


「そうは見えませんでした」


カナタは正直に答えた。


「クロウに救われ、衣食住と役割を与えられた。その場所を自分で選んでいます」


領主はしばらく黙った。


「なら、娘までクロウと同じ敵として扱うな」


「分かっています」


「本人がしたことと、クロウがしたことも分けて報告しろ」


「はい」


「交渉は?」


「成立しませんでした」


カナタは帳面を机へ置いた。


クロウは領主の下へ入らない。


対等な協力も必要ないと答えた。


ユニット化も止めない。


領都がレイヴンへ向けて兵を動かせば、敵対準備と判断する。


リード村は今のところ取引に使えるため残しているが、街道を押さえる必要が生じれば制圧する。


報告を聞くうちに、領主の顔が厳しくなる。


「地図を」


周辺地図が机へ広げられた。


カナタは、自分が確認した情報と、聞いた話を分けて説明する。


「直接確認できたのはエルク拠点です」


カナタの指が北西へ動く。


「ただ、旧山賊砦を前哨として利用している可能性が高い。バルトは、クロウが前哨の修復に鉄を使うと話していたと証言しています」


さらに西へ指を動かす。


「西側へ人や物資を動かしているという話もあります」


地図上の廃坑で指が止まった。


「この廃坑まで利用しているかは確認できていません。ただ、クロウが資源を確保しながら西へ広がっている可能性があります」


領主は地図を見つめた。


「そして、東へ進むなら」


「この街道を使うはずです」


カナタの指が東へ動く。


途中で、リード村の印に止まる。


「最初に危険になるのは、ここです」


領主は地図から目を離さなかった。


「兵を送れば、クロウは敵対と判断する」


「レイヴンへ向けた兵力だと判断されれば、その可能性は高いです」


「送らなければ、村を無防備にすることになる」


「はい」


領主は少し考えてから、カナタを見る。


「エルクへ攻め込むべきだと思うか?」


「今は勧めません」


「理由は?」


「拠点内部の兵力が分かりません。クロウ本人の戦闘力も高い。こちらから攻めれば、領都側が敵対したという理由を与えます」


「では、何をする?」


「守る準備をします」


カナタは地図上のリード村を指した。


「見張りを増やし、避難用の荷車と経路を用意します。糧食と薬も分散させます」


「兵は?」


「村人を逃がす時間を作れる数だけです。エルク拠点へ近づけず、先に攻撃もさせません」


領主は壁際の書記へ向いた。


「リード村へ連絡を出せ。西から武装集団が動いた場合は、すぐ知らせるように」


「はい」


「避難用の荷車を用意させろ。兵も少数だけ送る。村を守り、住民を逃がすための兵だ」


書記が命令を書き留める。


「領都の門と備蓄も確認します」


カナタが続けた。


「騎士団は招集の準備だけに留めます。今すぐ街道へ並べれば、こちらから戦う意思を示すことになる」


「そうしろ」


領主は頷いた。


「ただし、武具の点検は始める。街道沿いの村には、不安を煽らない形で避難経路を決めさせろ」


守るための準備が、次々と命令へ変わっていく。


「領主様」


カナタが言った。


「クロウは、この準備も敵対行為だと判断するかもしれません」


「だからといって、何もしないわけにはいかない」


領主は静かに答えた。


「民を守るために預かっている兵だ。危険を知りながら動かさなければ、何のための領主だ」


カナタは頭を下げた。


「はい」


「ただし、先に攻撃はするな」


「分かっています」


「交渉の道も閉じるな」


領主はリード村の印から目を離さない。


「話が通じにくい相手でも、戦いを避けられるなら試す価値はある」


「次に人を送っても、門前で断られる可能性があります」


「それでもだ」


領主の指が、街道上のリード村へ置かれた。


「だが、交渉が間に合わない場合にも備える」


その夜。


領主家の印を持った連絡役が、領都の門から街道へ出た。


向かう先は、リード村。


ギルド《レイヴン》が東へ進むなら、最初に通る場所だった。

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