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第25話 交渉

西の廃坑から、鉄材の搬入が続いていた。


採取ユニット四体は、西の廃坑とレイヴン前哨拠点の間を往復している。


採取された鉄材が地下倉へ運び込まれるたび、前哨拠点の備蓄が増えていく。


搬送路にも問題はない。


先日の前線設備の実演で減った資源も、少しずつ補われ始めていた。


「鉄材が予定量に達するまでは、補修へ回しません」


ミオは鉄材の配分を見直す。


「兵装整備に必要な分を残してから、前線設備へ使える量を決めます」


「任せる」


クロウは周辺マップの西側を見ていた。


エルク拠点。


レイヴン前哨拠点。


西の廃坑。


さらに西側は、まだ灰色のままだ。


今は備蓄が足りない。


ならば、必要な資源を増やせばいい。


クロウにとっては、それだけなのだろう。


ミオが次の搬入量を確認していると、窓の外で門を守る農民兵が東へ身体を向けた。


ミオも窓の外を見る。


東の街道を、一台の馬車が近づいていた。


御者台には一人。


その後ろには、武装した二人の姿が見える。


「クロウさん」


「ああ」


クロウも窓の外を見た。


「東から馬車が来ています」


「用件を聞け」


「はい」


ミオは管理画面を閉じた。


◇ ◇ ◇


馬車はエルク拠点の門前で止まった。


灰色の外套を着た男が先に降りる。


腰に武器はない。


胸元には、小さな金具が留められていた。


後ろから降りた二人は、革鎧の上に外套を重ねている。


一人は剣。


もう一人は短い槍を持っていた。


「ここがエルク村か」


護衛の一人が門を見上げる。


灰色の外套の男が静かに訂正した。


「今は、エルク拠点と呼ばれているそうです」


補強された門と柵。


槍を持って立つ農民兵。


門の内側では、労働ユニットが資材を運んでいる。


男は騒がず、一つずつ確認していた。


ミオは門を半分だけ開けさせる。


「用件を聞きます」


男がミオへ向き直った。


「カナタと申します。領都で書記をしています」


胸元の金具を外し、両手で示す。


領主家の印が刻まれていた。


「ギルド《レイヴン》の状況を確認し、協力できる可能性について話すために来ました。代表者への面会を求めます」


「後ろの二人は?」


「護衛です」


カナタは答えた。


「面会の間は、門の外で待たせます」


ミオは馬車へ目を向ける。


「荷台を確認してもいいですか?」


「構いません」


農民兵が荷台を確認する。


積まれているのは、旅に必要な荷物と書類だった。


「カナタさんだけ、中へ入れます」


ミオが告げる。


「護衛の方は、馬車と一緒に門の外で待ってください」


「分かりました」


カナタは二人へ振り返る。


「ここで待っていてください。許可なく門へ近づかないように」


護衛たちは不安そうな顔をしたが、命令には従った。


武器を持ったまま馬車のそばへ下がる。


カナタが一人で門をくぐった。


ミオは門を守っていた農民兵一体を、その後ろにつける。


指揮所へ向かう途中、労働ユニットが補修用の木材を運んでいた。


カナタは道を空け、黙ってその姿を見る。


厨房では、厨房ユニットが食事の準備を進めている。


井戸では水が汲まれていた。


建物の煙突から煙が上がっている。


道の脇には、泥水を逃がすための浅い溝が掘られていた。


「排水まで整えているんですね」


カナタが言った。


「水が溜まると、通行と作業の邪魔になります」


ミオは答える。


「汚れた水が井戸の近くへ流れるのも困ります」


「その通りです」


カナタは短く頷いた。


「領都でも、同じ理由で井戸の周囲を整備しています」


領都から来た書記。


レンやサヨとは少し違う。


最初に見ているのは兵士ではなかった。


井戸。


道。


厨房。


働いている者たち。


カナタは、エルク拠点そのものを見ていた。


◇ ◇ ◇


指揮所では、クロウが待っていた。


ハルバードは壁へ立てかけてある。


カナタは入口で一度足を止め、黒いフルプレートを見上げた。


クロウの兜がカナタへ向く。


「プレイヤーだな」


カナタの表情がわずかに変わった。


「会ってすぐに分かるんですね」


「アイコンが違う」


「僕には見えません」


クロウはそれ以上追及しなかった。


ミオはカナタを見る。


また一人。


新しいプレイヤーが、この世界にいた。


「領都の書記だと聞いた」


「はい。カナタです」


カナタは領主家の印を机へ置いた。


「今日は事実確認と、領都との協力について提案するために来ました」


クロウは立ったまま、続きを待つ。


ミオはクロウの横に立った。


交渉はクロウが行う。


資源や拠点運営の話になれば、自分が補足する。


「まず、エルク村を脅かしていた山賊を排除したことへ感謝します」


カナタが切り出した。


クロウは答えない。


礼を受けるために山賊を倒したわけではない。


カナタも返事を求めず、話を続けた。


「領都も、街道の整備や周辺の村の復旧を進めています。ただ、人手にも兵力にも限りがあります」


カナタはクロウを正面から見る。


「ギルド《レイヴン》の力を、地域の復旧へ使えないかと考えています」


「具体的には?」


「山賊や武装集団の排除。街道の警備。井戸や倉庫など、壊れた施設の修復です」


カナタの視線がミオへ移る。


「エルク拠点の物資や施設を、短期間でここまで整えた方法をほかの村でも使えるなら、復旧を早められるかもしれません」


ミオは黙って聞いた。


労働ユニットを配置すれば、施設の修復は早い。


必要な資源を集める場所を決めれば、資材も確保できる。


山賊が現れれば、クロウが倒せる。


提案そのものに、利点がないわけではなかった。


「領都は何を出す?」


クロウが尋ねる。


「備蓄、職人、交易路、市場、それから周辺地域の情報です」


カナタは一度言葉を区切った。


「レイヴンとの協力が可能なら、それらを利用できる形にできないか、僕から領主様へ提案します」


「土地は?」


「活動拠点が必要なら、場所と条件を領主様と協議できます」


「許可が必要なのか」


「この地域は、領主様の統治下です」


カナタの声に威圧はない。


当然の制度として説明しているだけだった。


「領主様は、税や備蓄、街道の整備を見直してきました。全てを一度に変える力はありませんが、周辺の村を良くしようとしています」


「領主の下で動けってことか?」


「一方的に命令する関係ではありません」


「拠点を置くのに許可がいる。活動にも条件がつく」


クロウは淡々と確認する。


「それを傘下と言うんじゃないのか?」


カナタはすぐには答えなかった。


「協力には、互いに守る条件が必要です」


「なら、いらない」


返答は短かった。


カナタの表情がわずかに硬くなる。


「話を最後まで聞いてください」


「聞いてる」


「レイヴンの自治を認めてもらえるよう、僕から領主様へ進言します」


「領民に関わる部分には口を出すんだろ」


「人の安全や意思に関わる部分を、全て自由にはできません」


「なら同じだ」


クロウの声に怒りはない。


条件に利点がないと判断しているだけだった。


「レイヴンは別勢力の傘下には入らない」


「では、対等な協力関係ならどうですか?」


カナタは提案を変えた。


「互いの支配地域を認め、街道の情報を共有する。山賊や盗賊へ共同で対処する」


「必要ない」


クロウは即答した。


「必要な物は取引で手に入れる」


「領都には、今のレイヴンだけでは得られない情報や技術があります」


「必要になった時に交渉する」


カナタは一度息を整えた。


「では、別の点を確認します」


視線が、指揮所の外を通る労働ユニットへ向く。


「エルク拠点を見ました。厨房と井戸は機能し、施設も以前より整っています」


ミオはカナタを見る。


悪い部分だけを見ているわけではない。


「ですが、レンさんたちから聞いた話では、役割を与えられた人の中には、呼びかけても反応せず、命令されたことだけを続ける者がいる」


「役割を固定してるだけだ」


クロウが答える。


「その役割を外すことはできますか?」


「やる意味がない」


カナタの手に力が入る。


それでも、声は荒らげなかった。


「領都と協力するなら、本人の意思を無視して役割を固定する方法を続けることは認められません」


「なら協力しない」


また、すぐに結論が出た。


「本人が同意した仕事を任せればいい」


「拒否するNPCもいる」


「対価や条件を示して、別の人へ頼めばいい」


「効率が落ちる」


「効率のために、人の意思を奪うんですか?」


「NPCの役割変更だ」


「人間です」


カナタの声が初めて強くなった。


クロウは反応しない。


「その話なら前にも聞いた」


「ここはゲームではありません」


「それも聞いた」


同じ言葉を使っているのに、前提が違う。


カナタにとって、ここにいる者は人間だ。


クロウにとっては、役割を変更できるNPCだった。


「ミオさん」


カナタがこちらを見る。


「あなたは、領都との協力をどう考えますか?」


急に問われ、ミオは一度だけクロウを見た。


クロウは答えを指示しない。


「取引と情報共有は役に立つと思います」


ミオは答えた。


「鉄材や繊維は、外から入る方が早いこともあります。街道や周辺地域の情報も必要です」


「では、協力そのものには賛成ですか?」


「条件によります」


「何が問題ですか?」


ミオは、自分が管理しているものを思い浮かべた。


エルク拠点。


レイヴン前哨拠点。


西の廃坑。


採取地点。


物資の輸送。


兵士と労働ユニットの配置。


「人の配置や資源の使い道を、領都から決められるのは困ります」


「全てを取り上げるつもりはありません」


「でも、ユニット化は止めるんですよね」


「はい」


カナタは誤魔化さなかった。


「本人の意思を無視する方法は認められません」


「役割を固定しなければ、指示を拒む人もいます」


「説明し、対価を示して協力を求めます」


「断られたら?」


「別の人へ頼むか、条件を見直します」


「時間がかかります」


「かかります」


カナタは認めた。


「それでも、意思を奪ってよい理由にはなりません」


正しい考え方なのだろう。


レンとサヨも、同じようなことを言った。


だが、その方法ではすぐに人を動かせない。


説明を聞かない者もいる。


指示を拒む者もいる。


ミオへ武器を向けた者もいた。


「反抗して、襲ってくる人もいます」


「その場合は拘束し、法に従って裁きます」


「兵士が戦う時に逃げることもありますか?」


「人間ですから、あります」


「クロウさんの兵は逃げません」


ミオは兵士の配置を思い浮かべた。


門。


農地。


前哨拠点。


命じられた位置を離れない。


敵を前にしても、恐怖で動けなくならない。


「命令どおりに動きます。だから、守れます」


「その確実さのために、意思を消してよいとは思いません」


カナタは一度も視線を逸らさなかった。


ミオを怒鳴っているわけではない。


制度と法で人を動かす方法を説明している。


それでも、クロウの兵ほど確実ではない。


「ミオ」


クロウが呼ぶ。


「はい」


「その条件を受ける必要はない」


ミオは黒い鎧を見た。


「俺は俺のギルドでやる」


短い言葉だった。


領都のやり方へ合わせる必要はない。


クロウは今までどおり攻略する。


ミオは今までどおり内政をする。


「はい」


ミオは答えた。


カナタが二人を見比べる。


「レイヴンだけで、この地域全体を支えるつもりですか?」


「全体を支えるつもりはない」


クロウが答える。


「では、何をするつもりですか?」


「必要な場所を取る。資源を集める。敵がいれば倒す」


「それは統治ではありません」


「ゲーム攻略だ」


「その結果、ここで暮らす人々がどうなるかは考えないんですか?」


「必要な役割にユニット化すれば、拠点は維持できる」


迷いはなかった。


カナタはしばらくクロウを見つめた後、帳面へ視線を落とした。


傘下入り。


対等な協力。


ユニット化の停止。


クロウが全て拒否したことを、短く記録していく。


「今後、領都やリード村と取引をするつもりはありますか?」


「条件が合えばな」


「街道の通行は?」


「止める理由がなければ止めない」


「どんな場合に止めるんですか?」


「敵対勢力の補給路に使われる時だ」


カナタの筆が止まった。


ミオも東へ続く街道を思い浮かべる。


エルク拠点。


リード村。


その先の領都。


今までは、人や荷物が通る道として見ていた。


だが、敵が使えば兵と物資を運ぶ道になる。


「領都を敵として想定していますか?」


「今はしてない」


「今は?」


「そっちがどう動くか次第だ」


脅しているわけではない。


条件を述べているだけだった。


領都がレイヴンへ干渉しなければ、今は戦わない。


敵対すれば戦う。


領主が善良かどうかは、クロウの判断には関係ない。


「僕は、戦いを避けるために来ました」


カナタが言った。


「なら、レイヴンの運営に干渉しなければいい」


「人の意思を無視することを、見過ごせというんですか?」


「それはそっちのプレイスタイルだ」


カナタは短く息を吐いた。


それから、持参した地図を机へ広げる。


領都周辺の街道が描かれていた。


エルク拠点。


リード村。


領都。


周辺の集落と分かれ道。


カナタの指が、エルク拠点から東へ続く街道をなぞる。


途中で、リード村の印に止まった。


「では、確認します」


カナタがクロウを見る。


「この街道と、リード村をどう扱うつもりですか?」


ミオも周辺マップへ意識を向けた。


《リード村》


《未制圧集落》


《拠点候補》


以前から表示されていた三つの文字が、今は別の意味を持って見えた。

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