第24話 カナタ来訪
レンとサヨがエルク拠点から戻って、数日が過ぎた。
領都から一台の馬車がリード村へ入った。
荷台には、新しい帳簿、保存食の作り方を記した紙束、街道調査に使う縄と杭が積まれている。
馬車から下りた男は、灰色の外套を整え、出迎えた村のまとめ役へ頭を下げた。
「久しぶりです。道路と倉庫の確認に来ました」
「カナタ殿。領都から、わざわざ?」
「山賊が消えたと報告を受けました。街道を使えるなら、物流を戻す準備を始めるべきです」
カナタは領都に仕える書記だった。
帳簿を整えるだけではない。
井戸の周囲へ排水溝を作らせる。
薬草を用途ごとに分けて保管させる。
傷んだ街道を確認し、どこから直すべきかを決める。
そうした仕事を任され、領都と周辺の村を行き来していた。
「まず、倉庫を見せてください」
カナタは村のまとめ役と歩き始める。
「穀物の傷みと、山賊が消えてからの入荷量を確認します」
薬師の仕事場の前では、レンがこちらを見ていた。
少し離れた布の作業場から、サヨも出てくる。
二人は視線を交わした。
何か話したいことがあるらしい。
カナタは二人へ軽く頭を下げ、そのまま倉庫へ向かった。
◇ ◇ ◇
日が傾く頃。
倉庫と街道の確認を終えたカナタは、村の集会所へ呼ばれた。
部屋には、レン、サヨ、商人のバルトが待っている。
カナタは机へ帳面を置いた。
「エルク村の件ですね」
レンが目を見開く。
「もう知っているんですか?」
「噂だけです」
カナタは答えた。
「山賊を倒した黒い鎧の男。ギルド《レイヴン》。それから、エルク村が拠点と呼ばれていること」
視線をバルトへ向ける。
「商人が一度、そこで品物を交換したことも聞いています」
「領都まで伝わっているのか」
「街道を行き来する者の話です。領主様へ正式な報告は上げていません」
確認していない噂だけで動けば、余計な混乱を生む。
先に事実を集める必要があった。
「僕たちは、エルク拠点へ行きました」
レンが言う。
「あなたとサヨが?」
「はい」
カナタは帳面を開いた。
「最初から聞かせてください。実際に見たことと、推測は分けて」
レンとサヨは、エルク拠点で見たものを順に話した。
強化された門と柵。
同じ装備を身につけ、指示された場所を守る兵士。
決められた作業を続け、レンが呼びかけても反応しなかった者。
黒い鎧の男が、自分たちには見えないアイコンで人を見分けているらしいこと。
ミオが、人の役割を固定できると話していたこと。
そして、黒い鎧の男が村人をNPCと呼び、自分たちをプレイヤーと呼んだこと。
カナタの筆が止まった。
「プレイヤーとNPC」
カナタが顔を上げる。
「本当に、その言葉を使ったんですね?」
「はい」
レンが答えた。
「僕たちを見た瞬間、プレイヤーが二人いると言いました」
「カナタさん」
サヨがカナタを見る。
「その言葉を知っているんですか?」
「知っています」
カナタは少し間を置いた。
「僕にも、日本の記憶があります」
レンとサヨが同時に動きを止めた。
「あなたも……?」
「はい」
カナタは頷く。
「ゲームも知っています。プレイヤーも、NPCも、UIという言葉も」
レンが椅子から少し身を乗り出した。
「なら、クロウが言っていることも分かるんですか?」
「言葉の意味は分かります」
カナタは答えた。
「ただ、僕にはクロウが見ているというアイコンもUIも見えません」
倉庫の在庫は、自分で数える。
人の配置は本人たちと話し、紙へ書く。
クロウやミオには、それとは別の何かが見えているらしい。
「クロウは、僕たちにアイコンが見えないのは、UIが未解放か表示設定の問題だと言っていました」
レンが言う。
「自分に見えているものが、僕たちにも見えるはずだと思っているようでした」
「なるほど」
カナタは帳面へ記す。
「ミオさんは?」
「私たちと同じ、日本の記憶があります」
サヨが答えた。
「でも、クロウさんと同じように、エルク拠点で人へ指示を出しています」
「ミオさんにも何か見えているんですか?」
「分かりません」
レンが首を振る。
「ただ、役割を固定すると、反抗しなくなると言っていました」
「変わる瞬間を見ましたか?」
「いいえ」
「では、あなたたちが確認したのは、呼びかけても作業を続けた人がいたこと。それから、ミオさんが役割を固定できると話したことですね」
レンは少し不満そうな顔をしたが、頷いた。
「はい」
カナタは記録する。
「村人をユニットと呼んで、本人の意思とは関係なく役割を与えているなら、山賊を倒したこととは別に考える必要があります」
レンの表情がわずかに緩んだ。
「画面にどう見えていても、人を道具として扱ってよい理由にはなりません」
「そうです」
レンがすぐに答える。
「ただし」
カナタは続けた。
「ミオさんまで、クロウに操られているだけだと決めつけるのも違います」
レンが黙る。
「ミオさんは拘束されていましたか?」
「いいえ」
サヨが答えた。
「兵士は近くにいました。でも、縛られてはいませんでした」
「自由に門を出られるかどうかは?」
「分かりません」
「クロウを恐れている様子は?」
サヨは少し考えた。
「ありませんでした」
レンが苦い表情で続ける。
「クロウが戻ってきた後の方が、落ち着いていました」
自分たちと話していた時よりも。
クロウの姿を見た後の方が、ミオは落ち着いていた。
「本人は、リード村へ来ることを拒みました」
サヨが言う。
「自分の戻る場所は、ここだと」
「クロウに命じられているように見えましたか?」
「そう思いたかったです」
レンは握っていた手を開いた。
「でも、ミオさんは自分で残ると言いました」
少し間を置く。
「クロウも、行くなとは言いませんでした。ミオさんが残ると答えたら、それをそのまま受け入れていました」
「クロウは、ミオさんをプレイヤーとして扱っています」
サヨが続ける。
「村の人たちとは、はっきり区別していました」
カナタは帳面へ視線を落とす。
クロウにとって、村人はNPC。
ミオやレンたちはプレイヤー。
同じ人間として見ていない。
しかし、その区別の中では、プレイヤー本人の選択を尊重しているらしい。
歪んでいる。
だが、単純にすべてを支配したい人間とも違う。
「ミオさんは、村から山賊へ差し出されかけたんですね?」
カナタが尋ねる。
「本人から聞きました」
サヨが答えた。
「満足に水や食事ももらえず、納屋へ入れられていたと」
「山賊へ渡されそうになったところを、クロウが助けた」
「はい」
「食事も、服も、寝る場所もクロウが用意した」
「そうです」
カナタは少し考える。
「僕たちは、ここ以外にも居場所があると伝えました」
レンが言った。
「リード村へ来てもいい。ここを離れて考えてもいいと」
「それで?」
「ミオさんは、今さらだと言いました」
レンの声が小さくなる。
「自分が納屋へ閉じ込められていた時も、山賊へ差し出されそうになった時も、僕たちは来なかったと」
カナタはレンを見る。
「その通りですね」
レンが顔を伏せた。
「僕たちは知りませんでした」
「ええ。だから助けられなかった」
カナタは責めるようには言わなかった。
「でも、ミオさんにとっては、助けが来なかったという事実は変わりません」
サヨが静かに頷く。
「クロウが先に来た」
「はい」
「なら、正しいことを説明すれば、すぐこちらを選ぶとは限りません」
レンは何も言わない。
「ミオさんには、今の居場所まで否定されたように聞こえたのかもしれません」
カナタは続ける。
「次に話す機会があるなら、クロウのやり方を否定することと、ミオさん自身の選択を否定することは分けた方がいい」
「クロウと同じ側に残ると選んでも?」
レンが尋ねる。
「その選択を正しいと言う必要はありません」
カナタは答えた。
「でも、本人まで否定すれば、話を聞いてもらえなくなるだけです」
サヨが静かに頷いた。
「次があるでしょうか」
「そのためにも、状況を正確に把握します」
カナタはバルトへ向き直る。
「エルク拠点で品物を交換した時、何を求められましたか?」
「あの黒い鎧の男は、金具と工具を気にしてた」
バルトが答える。
「鉄材にできる物を優先してほしいってな」
「布も渡したんですね?」
「ああ。金具と工具、それに布だ。向こうからは薬草と食い物を受け取った」
「黒い鎧の男は、使い道を話していましたか?」
「前哨の修復に使うと言ってた」
カナタの筆が止まる。
「前哨?」
「場所までは知らない」
バルトは首を振った。
「ただ、そう言ってたのは聞いた」
カナタは考える。
山賊が消えた。
その後、黒い鎧の男が前哨と呼ぶ場所を持った。
「旧山賊砦に兵が残っているという話があります」
カナタが言った。
「それが前哨拠点かもしれません」
「俺は見てないぞ」
「分かっています」
カナタは事実と推測を分けて帳面へ書く。
「ほかに、レイヴンの動きについて聞いたことは?」
バルトが腕を組む。
「西の方へ人を出してるって話は聞いたことがある」
「誰からですか?」
「街道を通る連中だ。俺が見たわけじゃない」
「何をしているかは?」
「そこまでは知らない。ただ、何度か人や荷を動かしてるらしい」
カナタは立ち上がった。
集会所の隅に置かれた地図を机へ広げる。
リード村。
エルク村。
その北西に、山賊が使っていた砦。
北側には森。
西には川と岩場。
さらに先には、使われなくなった廃坑が記されている。
カナタの指が、順番に地図の上を移動する。
「森、川、前哨拠点……」
さらに西へ指を動かす。
岩場。
その先にある廃坑で止まった。
「この廃坑は?」
「昔は鉄が出たらしい」
バルトが答える。
「領都の記録では、採掘を再開する価値はないと判断されています」
カナタが言う。
「ほとんど掘り尽くされているはずです」
「では、クロウが西へ進む理由とは関係ないんじゃないですか?」
レンが尋ねる。
「分かりません」
カナタは地図を見る。
「ただ、クロウには僕たちには見えないものが見えている」
アイコン。
UI。
プレイヤーとNPCの区別。
もし、場所についても自分たちとは違う情報を得られるなら。
「僕たちには価値がない場所でも、クロウには別の価値が見えている可能性があります」
カナタは地図へ指を置いたまま考える。
ゲームなら。
森には木材や薬草。
川沿いには食料や石材。
廃坑なら鉄。
そして、その途中に前哨拠点を置く。
「これ……」
カナタの声が少し低くなる。
「ゲームなら、最初にやることです」
レンが顔を上げる。
「最初に?」
「資源を確保するんです」
カナタは地図の上を指でなぞる。
「木材。食料。石材。鉄」
実際にクロウが何を採っているかは分からない。
それでも、配置があまりにも似ている。
「資源を取れる場所を押さえる。その途中に兵を置ける場所を作る。そこから、さらに外へ進む」
エルク村だけで暮らすなら、そこまで広げる必要はない。
「生活を立て直すためではないんですか?」
サヨが尋ねる。
「生活を安定させるだけなら、エルク拠点の周辺を整えればいい」
カナタは答えた。
「でも、クロウはその外へ進んでいる」
前哨拠点。
さらに西。
資源を確保するための動き。
「次へ進むための準備です」
「何のために?」
レンが尋ねる。
カナタは地図から目を離した。
「次の戦いのためです」
部屋の中が静まった。
「これは、生活改善だけでは説明できません」
カナタは言った。
「戦争準備です」
バルトが椅子へ座り直す。
「戦争って、誰とだ」
「相手はまだ決まっていないかもしれません」
「相手もいないのに準備するのか?」
「ゲームなら普通です」
カナタは答えた。
「先に資源を集める。兵を揃える。前へ進むための場所を作る。その後で攻める相手を選ぶ」
レンの顔が強張る。
「本当に、この世界をゲームとして進めている……」
「その可能性は高いです」
「止めないと」
レンが立ち上がろうとした。
カナタは片手を上げた。
「今、武器を持って向かっても解決しません」
「時間を与えれば、もっと兵が増えるかもしれない」
「だから、先に交渉します」
レンの動きが止まった。
「交渉?」
「クロウは、あなたたちをプレイヤーとして区別したのでしょう?」
「はい」
サヨが答える。
「私たちとは会話しました」
「なら、話が通じる余地はあります」
「考えを変えると思いますか?」
「簡単には変わらないでしょう」
カナタは否定しなかった。
「ですが、何を望んでいるのか。どこまで話が通じるのか。それを確認しなければ、領都も判断できません」
今の時点で、レイヴンは領都を攻撃していない。
こちらから敵と決める理由も、まだない。
協力できる余地があるなら、それを探るべきだった。
「クロウの持っている仕組みを、街道の安全や周辺地域の復旧に使えないか提案します」
「村人を元へ戻すことも言ってください」
レンが言う。
「そこも確認します」
「確認ではなく、止めさせるべきです」
「最初から要求だけを並べれば、交渉にはなりません」
カナタの声は強くない。
それでも、レンは口を閉じた。
「何ができるのか。何を求めているのか。先に本人から聞きます」
「危険です」
サヨが言う。
「クロウさんは、次にレイヴンの運営を邪魔するなら敵対扱いにすると言いました」
「分かりました」
カナタは少し考える。
「今回は、あなたたちとは一緒に行きません」
レンが顔を上げた。
「どうしてですか?」
「前回のことがあります」
カナタは答える。
「同じ二人がもう一度行けば、話を始める前から警戒される可能性がある」
「でも、ミオさんのことを説明できます」
「今回は、領都の書記として事実確認のために面会を求めます」
カナタは胸元の金具へ触れた。
領主家の印が刻まれている。
正式な外交使節ではない。
だが、身分も目的も隠すつもりはなかった。
「一人で行くんですか?」
「護衛はつけます」
カナタは答える。
「ただし、エルク拠点の門へ着いたら外で待たせます」
武装した者を大勢連れていけば、事実確認ではなく威圧になる。
「僕も行きます」
レンが言った。
「駄目です」
「どうしても?」
「あなたには、ここでできることがあります」
カナタは地図上のリード村を指した。
エルク村。
その東にリード村。
さらに先には領都がある。
「今は西へ進んでいます」
カナタが言う。
「でも、レイヴンが次に東へ向かえば、最初に影響を受けるのはこの村です」
部屋の空気が重くなる。
「攻めてくると?」
バルトが尋ねる。
「分かりません」
カナタは地図を畳んだ。
「だから、直接確かめます」
「交渉が失敗したら?」
「領主様へ、僕が確認した事実を報告します」
噂ではない。
自分の目で見た内容を。
敵なのか。
協力できるのか。
何を目指しているのか。
それを知らなければ、次の判断はできない。
「サヨ」
「はい」
「ミオさんへ伝えたいことはありますか?」
サヨは少し考えた。
「私たちは、もうリード村へ来るよう無理には言わないと」
一度、言葉を止める。
「でも、また話したいです」
サヨは続けた。
「ミオさん自身を否定するつもりはないと伝えてください」
「分かりました」
カナタは帳面へ記す。
「レンは?」
レンはしばらく黙っていた。
「今は、ありません」
何か言いたいことはあるのだろう。
だが、カナタはそれ以上聞かなかった。
集会所の外では、夜の準備が始まっている。
倉庫の扉が閉じる音。
井戸から水を運ぶ足音。
家々から上がる煙。
一つの村を変えるにも、時間がかかる。
人へ説明する。
話を聞く。
納得しない者がいれば、また話す。
効率は悪い。
それでも、人の意思を残したまま暮らしを変えていく。
それが、カナタの選んできた方法だった。
「明日の朝、エルク拠点へ向かいます」
カナタは領主家の印を確かめた。
「領都の書記として、ギルド《レイヴン》のギルドマスターへ面会を求めます」
レンが机へ手を置く。
「気をつけてください」
「はい」
「クロウは、話が通じない人ではありません」
サヨが言った。
「でも、私たちとは見えているものが違います」
「それを確かめてきます」
カナタは立ち上がった。
窓の外には、エルク村へ続く暗い街道がある。
その先では、ギルド《レイヴン》が二つの拠点を押さえている。
さらに、西へ進む準備も続けている。
次に何を求めるつもりなのか。
どこまで支配を広げるつもりなのか。
カナタには、まだ分からない。
だからこそ、自分の目で確かめる必要がある。
明日の朝。
カナタは、その街道をエルク拠点へ向かう。




