第22話 西の廃坑
翌朝。
補給用の木箱は、二つに分けてあった。
一つは、レイヴン前哨拠点へ送る鉄材、繊維、糧食、薬草。
もう一つは、西の廃坑へ持っていく遠征用の物資だ。
遠征用には、一日分の糧食と薬草、縄、坑道内で使う灯りを入れている。
今回の目的は、西の廃坑に残る敵を処理し、採取地点として使えるか確認することだった。
「この量で足りますか?」
ミオが尋ねる。
「ああ。日が落ちる前には戻る」
クロウは遠征用の木箱を確認し、短く答えた。
「坑道を一度で全部調べる必要はない。敵を処理して、使える場所か確認する」
「分かりました」
ミオは兵士の配置を確認する。
エルク拠点には、軽装槍兵一体と農民兵三体を残す。
遠征には農民兵二体を同行させる。
レイヴン前哨拠点へ着いた後、二体いる軽装槍兵をクロウとともに西の廃坑へ向かわせる。
その間は、同行させた農民兵一体を前哨拠点の守備へ回す。
もう一体は、ミオの護衛として廃坑まで連れていく。
坑道へ入るのは、クロウと軽装槍兵二体。
ミオは入口の外で待機する。
「問題ありません」
ミオは配置を確定した。
出す兵士。
残す兵士。
運ぶ物資。
今回は、最初からミオが決めた。
労働ユニットが木箱を荷車へ積み、縄で固定する。
門が開いた。
クロウが先頭に立つ。
その後を荷車と農民兵二体が進む。
ミオも荷車の横について、エルク拠点を出た。
◇ ◇ ◇
レイヴン前哨拠点へ着くと、ミオは補給物資を地下倉へ運ばせた。
《北側石壁 補修中》
《見張り台 一基使用不可》
運び込んだ鉄材と繊維の一部を、壊れた見張り台の補修へ回す。
労働ユニットが必要な資材を運び始めた。
ミオは残りの鉄材、糧食、薬草を地下倉へ収める。
前哨拠点にいた軽装槍兵二体も、すでに出発の準備を終えていた。
クロウが二体の装備を確認する。
「行くぞ」
軽装槍兵二体がクロウの後ろへ並んだ。
同行してきた農民兵のうち、一体は前哨拠点の守備へ残す。
もう一体はミオのそばにつけた。
ミオたちは遠征用の物資を積んだ荷車を連れ、西の岩場へ向かった。
◇ ◇ ◇
西の廃坑は、岩山の斜面に口を開けていた。
朽ちた支柱の奥へ、暗い坑道が続いている。
入口の脇には、壊れた荷車や古い工具が放置されていた。
《西の廃坑》
《詳細不明》
クロウが片手を上げる。
全員が足を止めた。
入口近くの岩陰から、一人の男が姿を現した。
短い弓を持っている。
男の頭上には、赤い表示が出ていた。
こちらへ気づいた男が、迷わず矢をつがえる。
「敵です」
ミオが言った。
矢が放たれた。
クロウが半歩だけ身体をずらす。
矢は黒い胸当てへ当たり、横へ弾かれた。
クロウはそのまま走る。
男が二本目の矢へ手を伸ばした。
間に合わない。
ハルバードの柄が弓を払い飛ばす。
返した斧刃が男を倒した。
坑道の奥から怒号が響いた。
剣。
斧。
採掘用のつるはし。
武器を持った男たちが、暗がりから次々と現れる。
見える者には、どれも赤い表示が出ていた。
「槍兵は左右を押さえろ」
軽装槍兵二体が動く。
「ミオは外にいろ」
「はい」
ミオは農民兵とともに、入口から距離を取った。
クロウが坑道へ入る。
軽装槍兵二体も後に続いた。
暗闇の奥から、すぐに金属音が響き始める。
狭い坑道では、複数の男が一度にクロウへ近づけない。
剣を持った男が正面から踏み込む。
クロウはハルバードの鉤を剣へ引っかけ、そのまま外側へ崩した。
空いた胴へ斧刃が走る。
別の男がつるはしを振り上げる。
クロウの穂先が先に伸びた。
男の踏み込みが止まる。
軽装槍兵はクロウの左右を固め、脇から近づこうとする者を槍で牽制する。
「待て!」
坑道の奥から声が響く。
「俺たちは山賊じゃない!」
クロウからの返事はなかった。
「もう戦わない!」
武器が地面へ落ちる音がする。
だが、男の頭上にある赤い表示は消えていない。
次の瞬間、再び重い音が坑道へ響いた。
ミオは入口の外から、その音を聞いていた。
敵性表示が残っている。
なら、クロウは止まらない。
それが分かるようになっていた。
その時だった。
岩場の南側から、一人の男が飛び出した。
坑道のどこかに、別の出口があったらしい。
男はつるはしを握っていた。
周囲を見回す。
クロウも。
軽装槍兵も。
坑道の中にいる。
外にいるのは、ミオと農民兵一体だけだった。
男の視線がミオへ向いた。
頭上には赤い表示がある。
「退け!」
男がつるはしを振り上げ、こちらへ走ってくる。
ミオは後退しなかった。
「止めてください」
農民兵へ命じる。
農民兵がミオの前へ出た。
男がつるはしを振り下ろす。
農民兵が槍を突き出した。
槍を受けた男の身体が止まる。
そのまま地面へ倒れた。
ミオの胸は強く鳴っていた。
それでも、声が出なくなることはなかった。
「その位置を守ってください」
農民兵は槍を構えたまま、ミオと坑道の間に立った。
しばらくして、坑道の中から戦闘音が聞こえなくなった。
やがて、クロウが入口から姿を現す。
黒い鎧には新しい傷が増えていた。
ハルバードの斧刃にも汚れが残っている。
後ろから軽装槍兵二体が続いた。
一体は肩の防具を傷つけていたが、自分で歩いている。
「全処理した」
「軽装槍兵は?」
「軽傷だ」
ミオは持参した薬草を取り出した。
「先に傷を処置します」
負傷した軽装槍兵を座らせ、傷口へ薬草を使った。
処置が終わると、軽装槍兵は再び立ち上がった。
「中はどうでしたか?」
「奥に古い採掘場所が残ってる」
クロウが坑道へ兜を向ける。
「見に行くぞ」
「はい」
ミオは灯りを用意した。
クロウを先頭に、坑道へ入る。
軽装槍兵二体が続く。
ミオの後ろには農民兵をつけた。
灯りに火を入れる。
岩壁。
朽ちかけた支柱。
地面へ転がる古い工具。
先ほどまで戦っていた男たちの武器も残されていた。
さらに奥へ進む。
やがて、少し広い空間へ出た。
クロウが壁の一部で足を止める。
ミオも岩壁へ意識を向けた。
表示が浮かぶ。
《採取ポイント登録可能》
《鉄材》
《石材 少》
ミオは目を見開いた。
「鉄材があります」
「ああ」
現地では、採掘を終えた廃坑として放置されていた場所。
それでも、管理画面では資源を採取できる場所として表示されている。
「登録するぞ」
「お願いします」
クロウが採取ポイントを登録する。
表示が切り替わった。
《西の廃坑》
《採取ポイント 登録完了》
《主要資源 鉄材》
《石材 少》
周辺マップでも、《西の廃坑》の表示が採取地点として切り替わった。
拠点ではない。
兵士や住民を置いて生活させる場所でもない。
鉄材を得るための採取地点だった。
「採取ユニットは何体必要ですか?」
「最初は四体だな」
ミオは現在の採取配置を思い出す。
森の採取を減らせば、木材の量が落ちる。
ほかの場所から外しても、現在の作業に影響が出る。
「今いる採取ユニットは外せません」
「なら増やす」
クロウの答えは簡単だった。
ミオはすぐに否定しなかった。
以前なら、その言葉だけで戸惑っていた。
今は先に、必要な人数と現在の配置を考えていた。
「エルク拠点へ戻ってから選びます」
「ああ」
採取を始めるには、もう一つ問題がある。
前哨拠点から西の廃坑へ続く道だ。
人が歩くことはできる。
だが、荷車が通りにくい場所が何か所かある。
鉄材を継続して運ぶなら、道を整える必要がある。
「労働ユニットを二体、道の整備へ回します」
クロウがミオを見る。
「石壁と見張り台の補修は遅れるぞ」
「はい」
ミオは少し考えた。
「見張り台の補修に必要な資材は届いています。作業を完全に止める必要はありません」
六体いる労働ユニットのうち、二体を搬送路へ回す。
残る四体で前哨拠点の補修を続ける。
「先に荷車が通れるようにします」
ミオは言った。
「鉄材を運べるようになれば、その後の補修にも使えます」
クロウが一度頷いた。
「任せる」
戦闘は終わった。
ここから先は、ミオが決めることだった。
坑道の入口へ戻る。
残されていた武具や工具の中から、運べる物を選ぶ。
欠けた剣。
曲がった金具。
古いつるはし。
壊れた工具。
荷車へ積める分だけを回収する。
残りは、西の廃坑で採取を始める時に改めて運ぶことにした。
◇ ◇ ◇
帰路の途中、ミオたちはレイヴン前哨拠点へ立ち寄った。
坑道から回収した物を地下倉へ運び込む。
欠けた剣が棚へ置かれる。
ミオが意識を向けると、表示が重なった。
《鉄材》
前哨拠点の鉄材が増える。
曲がった金具。
古いつるはし。
壊れた工具。
鉄を含む物は、地下倉へ収めることで《鉄材》として扱われた。
元の形は残っている。
だが、ミオが前哨拠点の備蓄を確認すると、それらは鉄材の量としてまとめて表示されている。
「こういう物も、地下倉へ入れれば鉄材として数えられるんですね」
「ああ」
クロウが答える。
「使える物は資源として扱われる」
元が誰の剣だったのか。
誰が使っていた工具なのか。
資源量には表示されない。
ミオに見えているのは、《鉄材》という数字だった。
「数字で見た方が、必要な量を決めやすいです」
「管理画面はそのためにある」
クロウは資源管理の話として答えた。
ミオは棚へ置かれた剣を見る。
物と人は違う。
そのことは分かっている。
それでも今は、その違いを考え続けることより、必要な資材を揃え、修復や補給を進めることを優先していた。
坑道へ同行した軽装槍兵二体は、前哨拠点で元の配置へ戻す。
一時的に守備へ回していた農民兵も役目を終えた。
ミオとクロウは、農民兵二体を連れてエルク拠点へ戻った。
◇ ◇ ◇
日が落ちる前に、エルク拠点へ着いた。
ミオは指揮所で管理画面を開いた。
西の廃坑。
採取ユニット四体。
前哨拠点から廃坑までの搬送路。
必要なものは分かっている。
既存の採取ユニットを動かせば、ほかの資源採取へ影響が出る。
なら、新しく四体を用意する。
ミオは未ユニット化住民の状態を確認した。
厨房の作業へ影響を出さない。
農地の作業にも必要な人数を残す。
現在の生活に必要な作業を減らさない。
その条件で、ミオは未ユニット化住民の中から四人を選んだ。
四人を広場へ呼ばせる。
やがて、選ばれた四人が指揮所の前へ集まった。
ミオは窓から、その姿を見る。
四人にも、それぞれ名前がある。
家族がいる者もいるのかもしれない。
自分で望んでいることもあるのかもしれない。
以前なら、そこまで考えて立ち止まっていた。
今も、何も感じないわけではない。
それでも、西の廃坑には採取ユニットが四体必要だった。
鉄材が増えれば、前哨拠点の補修を進められる。
兵士の装備にも使える。
次の戦いに必要な物も揃えられる。
クロウが、さらに先へ進める。
「この四人にします」
ミオはクロウへ選んだ四人を示した。
「採取ユニットにしてください」
「分かった」
クロウが四人へ意識を向ける。
淡い表示が重なる。
四人の姿勢が揃った。
表情から迷いが消える。
表示が切り替わる。
《採取ユニット 四体》
ミオは、その表示を見た。
自分で選んだ。
誰かに命じられたわけではない。
クロウが勝手に決めたわけでもない。
西の廃坑に四体必要だと判断し、自分で候補を選んだ。
胸の奥には、わずかな重さが残っている。
それでも、取り消したいとは思わなかった。
ほかの作業への影響が最も少ない四人を選んだ。
必要な人数だけを増やした。
明日から、四体は西の廃坑へ向かう。
労働ユニットが道を整える。
採取ユニットが鉄材を持ち帰る。
前哨拠点の補修が進む。
兵士の装備も整えられる。
ミオは管理画面に表示された《採取ユニット 四体》を見る。
選んだ四人の顔ではなく。
その先で増えていく鉄材の数字を見ていた。




