第21話 内政を選ぶ
指揮所へ入ると、ミオは管理画面を開いた。
先ほどまでの感情を、そのまま持ち込むわけにはいかない。
クロウが戻った。
ならば、留守中のエルク拠点の状態を確認し、必要なことを伝える。
それが、今のミオの役割だった。
「エルク拠点に異常はありません」
クロウはハルバードを壁へ立て、机の向こう側に立った。
「採取も予定どおりです。厨房と倉庫にも遅れはありません」
「農地は?」
「予定どおりです。未ユニット化住民も作業を続けています。巡回の農民兵も配置したままです」
「今日の交換は?」
「終わっています。薬草と繊維が増えました」
ミオは倉庫の備蓄を確認する。
レンとサヨから受け取った薬草と布が加わっていた。
量は多くない。
それでも、どちらも使い道はある。
「分かった」
クロウの返事は短かった。
レンとサヨについて、それ以上聞くことはなかった。
二人が何を言ったのか。
ミオが何を考えたのか。
詳しく説明しろとも言わない。
ミオがここに残ると答えた。
クロウにとっては、それで終わったらしい。
「前哨の報告をする」
クロウが周辺マップを開いた。
ミオも表示を重ねる。
レイヴン前哨拠点。
その西側。
以前は曖昧だった岩場の周辺が、少しだけ詳しく表示されていた。
「門の応急修復は済んでる」
クロウが言った。
「北側の石壁も、今ある資材で塞げるところまでは進められる」
「壊れていた見張り台は?」
「土台は残ってる。鉄材と繊維が届けば使える」
ミオは前哨拠点の備蓄を確認した。
「明日の補給に入れます」
「鉄材は?」
「前に交換した分から、修復に必要な量だけ送ります。残りはエルク拠点に置いておきます」
兵士の装備や、別の施設で必要になる可能性もある。
全てを一度に送る必要はない。
「繊維は、見張り台の補修に必要な分と、補給袋の補修に使う分を送ります」
クロウが頷いた。
「任せる」
その一言で、胸に残っていたざわつきが少しずつ薄れていく。
ここでは、何をするべきかが分かる。
足りない資源。
修復が必要な場所。
配置している兵士。
倉庫に残す量。
前哨拠点へ送る量。
一つずつ確認し、決めればいい。
クロウが周辺マップの西側を示した。
岩場のさらに奥。
山の斜面へ続く細い道の先に、新しい表示がある。
《西の廃坑》
《詳細不明》
「岩場の奥に、廃坑の入口がある」
「中へ入ったんですか?」
「今日は入口だけだ」
クロウは表示へ意識を向けた。
「入口の奥に人影がいた。赤い表示が出てた」
ミオが顔を上げる。
「山賊の残りですか?」
「分からない」
クロウは即答した。
「中までは見てない」
山賊の残党なのか。
別の武装した者なのか。
今の情報だけでは判断できない。
「すぐには行かないんですか?」
「ああ」
クロウが前哨拠点を示す。
「こっちの補給を先に安定させる」
ミオは少し意外に思った。
敵性表示を見つければ、クロウはすぐに戦いへ向かう。
そう思っていた。
けれど、今回は前哨拠点の修復と補給を優先している。
廃坑へ向かうために、その方が都合がいいからだろう。
「糧食と薬草も増やしておきます」
ミオが言った。
「廃坑へ行く日が決まっていなくても、前哨拠点の備蓄として使えます」
「そうしてくれ」
「分かりました」
ミオは必要な補給量を記録する。
前哨拠点の報告は、それで終わった。
クロウが周辺マップを閉じる。
指揮所に静けさが戻った。
「ミオ」
「はい」
「内政は楽しいか?」
ミオの指先が止まった。
予想していなかった質問だった。
「楽しい、ですか?」
「ああ」
「どうして急に?」
「さっきの二人を見て思った」
クロウは机へ片手を置いた。
「初心者に、自分たちのプレイスタイルを押しつけるのはよくない」
やはり、倫理の話ではなかった。
レンとサヨの考えが正しいかどうかでもない。
クロウにとって問題だったのは、初心者であるミオへ、自分たちのやり方を選ばせようとしたことらしい。
「俺も同じことをしてるなら、担当を変える」
「変える?」
「内政を押しつけてるなら調整する」
クロウの声に迷いはなかった。
「実は戦闘がしたいとか、別の担当がいいとかないか?」
ミオはすぐに答えられなかった。
自分が内政をすることは、もう決まっていると思っていた。
クロウが外へ出る。
ミオが拠点を見る。
管理画面を扱えるプレイヤーが二人しかいない以上、それが一番効率的だからだ。
「私が内政をやめても、いいんですか?」
「ああ」
クロウは即答した。
「ギルドメンバーの担当は固定じゃない」
固定ではない。
その言葉が、胸に残った。
農民兵は農民兵として動く。
労働ユニットは与えられた仕事を続ける。
採取を任された者は、決められた場所で資源を集める。
役割を固定された者たちは、自分から別の仕事を望まない。
クロウは、それを問題だとは思っていない。
けれど、ミオには選び直せると言った。
「戦闘がしたいなら、装備を用意する」
「私は……」
「別の担当がいいなら変える。今のままがいいなら、それでもいい」
どれを選ぶべきかは言わない。
内政を続けろとも言わない。
「合わない担当を続けても効率が落ちる」
理由は、やはりクロウらしかった。
ミオの気持ちを慰めるためではない。
ギルドメンバーの担当が合っているか確認しているだけだ。
それでも、ミオは少し考えた。
レンとサヨも、別の選択肢があると言った。
リード村へ来てもいい。
別の仕事を覚えてもいい。
そう言った。
けれど、ミオが欲しかったのは、別の役割を与えてもらうことではなかった。
「戦闘は、怖いです」
ミオは言った。
「そうか」
「クロウさんのようには戦えません」
「最初から同じ動きは無理だな」
笑われなかった。
弱いとも言われない。
できないなら、それを前提に考えているだけだった。
「農民兵や軽装槍兵を動かすことはできます」
ミオは続ける。
「でも、自分で武器を持って敵の前へ出たいとは思いません」
「分かった」
クロウは、それ以上戦闘を勧めなかった。
「採取はどうだ?」
「必要な場所を決めることはできます。でも、自分で森や川へ通うより、管理画面で全体を見ていたいです」
「なら、内政寄りだな」
内政。
食料。
倉庫。
兵士の配置。
二つの拠点へ送る物資。
ミオは管理画面へ意識を向けた。
エルク拠点には、今日も糧食がある。
厨房は動いている。
倉庫には資源が残っている。
レイヴン前哨拠点では、修復が続いている。
以前なら、どれも自分には関係のないものだった。
今は違う。
自分が判断すれば、状態が変わる。
「楽しいと思います」
ミオはゆっくりと言った。
「そうか」
「最初は、怖いだけでした」
人が役割として表示されること。
指示を出せば、そのとおりに動くこと。
今も、何も感じなくなったわけではない。
「でも、糧食の残量に余裕ができると安心します」
ミオは続ける。
「必要な場所に人を配置して、作業の遅れがなくなると、よかったと思います」
倉庫。
厨房。
門。
前哨拠点。
「壊れていた場所が直って、必要な物が揃っていくのを見ると……嬉しいです」
楽しいという言葉だけでは、少し違うのかもしれない。
安心する。
自分の判断で、クロウが戻ってくる場所を管理できる。
次に外へ出るための準備ができる。
それが嬉しかった。
「私は、内政を続けたいです」
ミオは、はっきりと言った。
誰かに命じられたからではない。
クロウが望んでいるからだけでもない。
「食料も見ます。倉庫も、兵士の配置も、補給も」
クロウは黙って聞いている。
「エルク拠点も、レイヴン前哨拠点も、私が管理します」
一度、息を吸う。
「クロウさんが外で戦っている間、二つの拠点は私が見ます」
黒い兜が、わずかに動いた。
「クロウさんが外へ出られるように、私が内政をします」
言い終えると、胸の中にあった迷いが少しだけ軽くなった。
レンとサヨに反発したから、意地になって選んだわけではない。
クロウに捨てられたくないから、仕方なく選んだわけでもない。
クロウが新しい拠点を取れば、必要な糧食を送る。
資材を集める。
兵士を配置する。
壊れた場所を直す。
それを、自分がやりたい。
「分かった」
クロウが答えた。
「なら、内政担当を続けてくれ」
「はい」
「変えたくなったら言え。担当は後からでも調整できる」
クロウは当然のように言った。
今の答えを、永遠に固定するつもりはないらしい。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「内政担当は、必要ですか?」
クロウが少しだけ兜を傾けた。
「必要だ」
短い答えだった。
「ミオが拠点を見てれば、俺は外へ出られる」
胸の奥が熱くなる。
「今日、西の廃坑まで行けたのも、私がエルク拠点を見ていたからですか?」
「ああ」
クロウは迷わず答えた。
「エルクまで俺が戻って確認する必要があれば、前哨から先には行けなかった」
ミオがエルク拠点を見ていた。
だから、クロウは前哨拠点からさらに西へ進めた。
自分がしていたことが、クロウの行動できる範囲を広げている。
「これからも任せる」
「はい」
ミオは、はっきり答えた。
「任せてください」
クロウが一度頷く。
慰めの言葉はない。
ミオの選択を大げさに褒めることもない。
内政を選んだ。
だから、内政を任せる。
それだけだった。
ミオには、それで十分だった。
「では、明日の補給を決めます」
ミオは管理画面へ意識を戻した。
エルク拠点に残っている鉄材。
今日増えた薬草と繊維。
前哨拠点へ送る糧食。
見張り台の補修に必要な量。
今後の装備へ残しておく分。
「鉄材は、見張り台の補修に必要な量だけ送ります」
ミオが言った。
「ああ」
「繊維も補修に必要な分を送ります。残りはエルク拠点へ置いておきます」
「分かった」
「糧食と薬草は、通常より少し多めに前哨拠点へ送ります」
クロウがミオを見る。
「まだ廃坑へ行く人数は決めてないぞ」
「決まるまでは、前哨拠点の備蓄として使えます」
「それでいい」
ミオは明日の補給内容を確定した。
必要な物資を木箱へまとめるよう、労働ユニットへ指示を出す。
倉庫では、前哨拠点へ送る物資の準備が始まった。
クロウは周辺マップに表示された《西の廃坑》を見ている。
ミオは、その手前にあるエルク拠点とレイヴン前哨拠点を見た。
クロウが敵を倒す。
新しい場所へ進む。
必要な糧食と資材を前哨拠点へ送り、次の戦いに備える。
誰かに与えられただけの役割ではない。
今度は、自分で選んだ。
「クロウさん」
「何だ?」
「西の廃坑へ行く日が決まったら、先に教えてください」
「補給量を決めるためか?」
「はい」
ミオは《西の廃坑》の表示を見る。
入口の奥には、敵性表示の出る何者かがいる。
クロウはいずれ、そこへ向かう。
「必要な糧食と薬草を揃えます」
黒い兜が、ミオへ向いた。
「ああ。頼む」
ミオは頷いた。
内政担当という役割は、以前と同じだった。
けれど、今は少し違って感じられる。
クロウに決められたから続けるのではない。
リード村へ行く道を選ばず、自分で残ると決めた場所で。
自分が選んだ役割だった。
ミオは管理画面へ意識を戻す。
西の廃坑へ向かう時、必要になるものは何か。
糧食。
薬草。
前哨拠点に残す備蓄。
クロウが次の戦いへ向かうために必要な量を、ミオは自分で計算し始めた。




