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第17話 街道の噂

東の街道を進んでいた荷車は、エルク拠点の手前で速度を落とした。


ミオは指揮所の窓から、その様子を見ていた。


荷車のそばには、二人の男がいる。


このまま進めば、間もなく門へ着く。


「クロウさん」


部屋の壁際では、クロウがハルバードの斧刃を布で拭いていた。


「街道から荷車が来ています。二人です」


「赤い表示は?」


「出ていません」


「なら、ミオが対応してくれ」


クロウは手を止めなかった。


エルク拠点では、鉄材と繊維の残量が少ない。


レイヴン前哨拠点の見張り台を修復するにも、追加の鉄材が必要になる。


荷車に何が積まれているのかは、まだ分からない。


それでも、街道を使って外から来た相手なら、採取では手に入らない物を持っているかもしれない。


「門前で確認します」


「ああ。判断は任せる」


ミオは指揮所を出た。


門には農民兵が二体配置されている。


二体とも槍を持ち、東の街道へ身体を向けていた。


「門は全部開けないでください」


ミオは農民兵へ指示した。


「私が外で話します」


一体が横木のそばへ移動する。


もう一体は槍を持ったまま、門の正面に立った。


しばらくすると、荷車の姿がはっきり見えてきた。


一頭の馬が引く、小さな荷車だった。


荷台には、布をかけた木箱や樽が積まれている。


手綱を握っているのは、茶色い外套を着た男だった。


荷車の横には、短い剣を腰へ下げた男が歩いている。


二人の頭上に、赤い表示はない。


男たちは門前の農民兵へ気づくと、さらに速度を落とした。


やがて、門から少し離れた場所で荷車が止まる。


手綱を持った男が、補強された柵を見上げた。


次に、門の上に浮かぶ黒い鳥の紋様へ目を向ける。


「ここは、エルク村で合っているか?」


「今はエルク拠点です」


ミオが答えた。


男の視線がミオへ移る。


「拠点?」


「ギルド《レイヴン》の本拠点です」


「ギルド……?」


男は、門と黒い鳥の紋様を見比べた。


聞き慣れない言葉なのだろう。


「俺はバルトだ。リード村で商人をしている」


バルトは、荷車の横に立つ男へ手を向けた。


「こっちは護衛だ。以前にも、この道を通ってエルク村へ来たことがある」


リード村。


東の街道沿いにある未制圧集落だ。


ミオは門を片側だけ開けさせた。


農民兵一体を伴い、門の外へ出る。


もう一体の農民兵は、開いた門の内側に残った。


「荷台を見せてもらえますか」


「ああ」


バルトが荷車の後ろへ回り、かけられていた布を外した。


中には、布の巻物。


鉄製の金具。


古い工具。


塩漬けにした肉。


穀物を入れた袋。


ミオが品物へ意識を向ける。


《繊維》


《鉄材》


《糧食》


鉄製の金具や工具は、資源として扱えば鉄材になる。


布は繊維。


塩漬けの肉や穀物は糧食だ。


どれも、エルク拠点で使える物だった。


特に鉄材と繊維は残量が少ない。


「交換できますか」


ミオが尋ねた。


バルトの表情が少し緩んだ。


「もちろんだ。そのために来た」


「何が必要ですか」


「薬草が欲しい。あとは、穀物か日持ちする食べ物があれば欲しいな」


「薬草と糧食ですね」


ミオはエルク拠点の備蓄を確認した。


薬草には余裕がある。


糧食も、エルク拠点とレイヴン前哨拠点で消費する分を残せる。


全てを交換に回す必要はない。


ミオは、交換に出せる薬草の束数と保存食の袋数をバルトへ伝えた。


バルトは荷台の品物を見ながら考える。


「その量なら、この金具と工具を出せる。布は三巻だ」


「布をもう少し増やせませんか」


「薬草を増やせるならな」


「薬草は増やせません」


ミオはすぐに答えた。


「代わりに、保存食を一袋増やします」


バルトは少し考えた後、頷いた。


「それならいい」


交換する品物が決まり始めたところで、バルトが門の内側へ目を向けた。


倉庫。


厨房から上がる煙。


木材を運ぶ労働ユニット。


決められた位置を守る農民兵。


農地で作業を続ける住民。


「前に来た時は、こんな柵も兵士もいなかった」


バルトが言った。


「村長はどうした?」


「今は、クロウさんがこの拠点を治めています」


「黒い鎧を着た男か?」


「知っているんですか」


「街道で噂を聞いた」


バルトの声が低くなる。


「山賊を倒す黒い鎧の男がいるとな。北西の砦からも、山賊が消えたらしい」


街道を行き来する者たちの間では、すでにクロウの噂が広がり始めているらしい。


「北西の砦は、今はレイヴン前哨拠点になっています」


ミオは答えた。


バルトの表情が変わる。


「あの砦を取ったのか?」


「はい」


バルトは、もう一度門の中を見た。


「エルク村の人たちは、どうしている?」


「必要な仕事をしています」


農民兵は門を守っている。


労働ユニットは資材を運んでいる。


農地では、未ユニット化住民が作業を続けていた。


「前とは、随分変わったな」


バルトはそれ以上尋ねなかった。


その時、門の内側から足音が聞こえた。


ハルバードを持ったクロウが近づいてくる。


黒い鎧を見た瞬間、バルトと護衛の身体が強張った。


クロウは二人を一度見た後、荷車へ兜を向けた。


「そいつら、交易NPCか?」


バルトの表情が止まった。


「NPC?」


クロウは答えない。


ミオだけを見ている。


「リード村の商人です。鉄製の金具や工具と、布、それに糧食を持っています」


「鉄材にできる物は?」


「金具と工具があります」


クロウは荷台へ目を向けた。


「優先して確保してくれ」


「分かりました」


「前哨の修復に使う。余れば残しておけばいい」


クロウはそれだけ言うと、門の内側へ戻っていった。


バルトは、黒い鎧の背中を黙って見送った。


「交換を続けましょう」


ミオが言った。


「ああ」


バルトは短く答えた。


ミオは、鉄製の金具と工具を優先して交換できるよう、薬草と保存食の量を調整した。


バルトも荷台から品物を下ろし、交換する量を決めていく。


その時だった。


「バルト!」


門の内側から声が響いた。


広場を清掃していた元村長が、門へ向かって走ってくる。


農民兵が元村長の進路へ入った。


元村長は門へ近づけないまま、外へ向かって声を張り上げた。


「ここで起きたことをリード村へ伝えろ!」


バルトが門の中へ顔を向ける。


「村長か?」


「この村は奪われた!」


元村長は農民兵の脇を抜けようとした。


農民兵は位置をずらし、槍で進路を塞ぐ。


「村の男たちが兵士にされた!」


元村長が叫んだ。


「あいつらは、もう何を言っても聞かない!」


周囲で作業していた未ユニット化住民が、手を止める。


だが、元村長へ加わる者はいない。


労働ユニットや採取ユニットは、声にも反応せず作業を続けていた。


バルトは門の中を見つめたまま動かなかった。


護衛も、先ほどまでとは違う表情で周囲を見ている。


ミオは農民兵へ指示を出した。


「元村長を、清掃へ戻してください」


農民兵が元村長の両腕をつかむ。


「離せ!」


元村長は身体を振って抵抗した。


農民兵は力を緩めず、そのまま広場へ連れていく。


ミオはバルトへ向き直った。


「取引を続けます」


バルトは少し遅れて頷いた。


「……ああ。そうしよう」


それからの交渉は早かった。


バルトは荷台にある鉄製の金具や古い工具を並べる。


ミオは、できるだけ多くの鉄製品を受け取れるよう、交換に出す薬草と保存食を調整した。


バルトは何度か門の内側へ目を向けたが、もう村のことを尋ねなかった。


交換する品物が決まる。


労働ユニットが、倉庫から薬草と保存食を門前まで運んできた。


バルトの荷車からは、鉄製の金具や古い工具、布の巻物が下ろされる。


品物の受け渡しが終わると、労働ユニットが受け取った物を倉庫へ運んだ。


最後の荷物が倉庫へ収められる。


《鉄材 増加》


《繊維 増加》


《薬草 減少》


《糧食 減少》


ミオは増減した備蓄量を確認した。


前哨拠点の修復に使える鉄材は、先ほどより増えている。


繊維も、装備や袋の補修へ回せる。


バルトは荷車へ戻った。


護衛もその横につく。


「今日は助かりました」


ミオが言った。


「……ああ」


バルトは短く答えた。


それ以上の話はせず、御者台へ座る。


手綱が動いた。


荷車が東の街道へ向かって進み始める。


護衛も、その横を歩いていった。


ミオは、荷車が見えなくなるまで門前に立っていた。


◇ ◇ ◇


荷車が見えなくなった後、ミオは門の内側へ戻った。


クロウは、倉庫へ運ばれた物資を確認していた。


「鉄材は増えました。前哨拠点の修復にも使えます」


「ああ」


ミオは、荷車が消えた街道へ目を向けた。


「でも、元村長の話を聞かれました」


クロウは何も言わない。


「警戒されたと思います。もう、ここへ来ないかもしれません」


「別にいい」


「でも、外から物を手に入れられるのは便利です」


「今日の分は確保できた」


「それは、そうですけど……」


クロウが周辺マップを開いた。


東へ伸びる街道。


その先には、リード村がある。


「準備が整えば、こっちから行く」


「リード村へですか?」


「ああ」


ミオはクロウを見た。


何をするために向かうのかまでは分からなかった。


クロウは、それ以上説明しない。


それでも、クロウが問題ないと言うなら、今すぐ気にする必要はないのだろう。


ミオは倉庫の表示へ意識を戻した。


今は、手に入れた鉄材を前哨拠点の修復へ回す方が先だった。


◇ ◇ ◇


リード村へ着いた時には、日が暮れかけていた。


バルトは荷車を広場の端へ止めた。


いつもなら、荷物を倉へ運んでから食事を取る。


だが、その日は荷台から離れる前に、何人もの村人が集まってきた。


「エルク村まで行ったのか?」


「山賊は本当にいなくなったのか?」


「街道は通れたのか?」


バルトは、すぐには答えなかった。


荷台へ積まれた薬草と保存食を見る。


取引は成立した。


エルク村までの道で、山賊に襲われることもなかった。


それでも、門の内側で見たものをどう話せばよいのか迷った。


「山賊はいなかった」


バルトは答えた。


「北西の砦にいた連中も、いなくなったらしい」


周囲から安堵の声が上がる。


「なら、エルク村までの街道はまた使えそうだな」


「誰が山賊を倒したんだ?」


「黒い鎧の男だ」


「黒い鎧?」


「クロウと呼ばれていた」


バルトは続ける。


「あの北西の砦も、今はそいつらが使っている」


「領主の兵か?」


「違う」


バルトは首を振った。


「ギルド《レイヴン》と名乗っていた」


聞き慣れない言葉に、村人たちが顔を見合わせる。


「向こうでは、もうエルク村とも呼んでいなかった」


「何?」


「エルク拠点だそうだ。ギルド《レイヴン》の本拠点だと言っていた」


「村の連中はどうなった?」


バルトは少し黙った。


「以前の村長は、村を奪われたと叫んでいた」


広場の空気が変わる。


「村の男たちが兵士にされたとも言っていた」


「どういうことだ?」


「分からん」


バルトは、門の内側で見た光景を思い出した。


「元村長があれだけ叫んでいたのに、働いていた連中は作業を続けていた」


集まった村人たちが騒ぎ始める。


その中で、人垣の後ろにいた男が顔を上げた。


隣にいた女も、バルトを見ている。


男はレン。


女はサヨと呼ばれていた。


レンが人の間を抜けてくる。


「今、ギルドと言いましたか?」


「ああ」


「その黒い鎧の男は、ほかに聞き慣れない言葉を使っていませんでしたか?」


バルトが眉を寄せた。


「聞き慣れない言葉?」


「意味の分からない言葉です」


バルトは少し考えた。


門前での会話を思い返す。


「ああ……そういえば」


レンとサヨが、同時にバルトを見る。


「黒い鎧の男が、俺たちのことを交易NPCとか呼んでいたな」


レンの表情が変わった。


サヨも息を止める。


「NPC……?」


「ああ。意味は分からんが」


レンとサヨの視線が重なった。


「黒い鎧の男と話していた人はいませんでしたか?」


サヨが尋ねた。


「ミオという若い女がいた」


バルトが答えた。


「レイヴンの内政担当だと言っていた」


「ミオ……」


サヨが小さく名前を繰り返した。


レンは、エルク村がある西の方角へ目を向ける。


広場では、エルク村で起きたことを聞いた者たちが騒ぎ続けている。


その中で、レンとサヨだけは別のことを考えていた。


「レン」


サヨが小さく呼ぶ。


「ああ」


レンは短く答え、バルトへ向き直った。


「エルク村で見たことを、最初から詳しく聞かせてください」

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