第13話 ギルド《レイヴン》
翌朝、指揮所の中央に淡い光が浮かんでいた。
昨日まで机の中央に置かれていた配置図は、端へ寄せられている。
その場所に、見覚えのない黒い板が置かれていた。
表面に模様はない。
ただ、板の中央から薄い光が漏れている。
ミオが部屋へ入ると、机の前に立っていたクロウが兜を向けた。
「来たか」
「それが、ギルドを作るためのものですか」
「ああ」
クロウが黒い板へ手を置いた。
淡い光が広がり、机の上に半透明の画面が現れる。
画面は透けていたが、文字と項目の輪郭ははっきりしていた。
《ギルド設立》
その下には、いくつかの空欄が並んでいる。
「今日は、はっきり見えます」
「ギルド用の画面だからだろうな」
クロウは空欄の一つを選んだ。
「設立条件は満たしてる」
クロウの指先が、半透明の画面の上を動く。
選ばれた空欄へ、一文字ずつ名前が入っていった。
《名称 レイヴン》
文字が確定した瞬間、黒い板の表面に光が走った。
何もなかった中央へ、翼を広げた黒い鳥の紋様が浮かび上がる。
「それが名前ですか」
「ああ」
クロウは短く答えた。
画面の下に、新しい項目が現れる。
《ギルドマスター 未設定》
「クロウさんが、ギルドマスターになるんですか」
「俺が設立者だからな」
声に喜びも誇らしさもなかった。
必要な項目を埋めているだけだった。
《ギルドマスター クロウ》
表示が確定する。
続いて、別の項目が開いた。
《設立メンバーを招待》
クロウがミオへ向けて手を動かした。
ミオの視界の中央に、小さな黒い羽根が現れる。
驚いて一歩下がったが、羽根は視界の中央に浮かんだままだった。
その下に文字が浮かぶ。
《ギルド加入招待》
《名称 レイヴン》
《加入しますか》
二つの選択肢が並んでいる。
《加入する》
《拒否する》
「見えるか?」
「はい」
ミオは表示を見つめた。
《加入する》へ触れれば、クロウと同じギルドへ入る。
昨日任された仕事も、正式な役割になる。
自分の名前が、クロウと同じ画面に並ぶ。
そのことに、迷う理由はなかった。
「加入したら、昨日話した仕事を正式に任されるんですか」
「ああ」
クロウは画面を見たまま答えた。
「権限は昨日話した範囲にする。配置と補給はミオに任せる」
「昇級と大きな施設の設置は俺がやる」
ミオが担当する範囲と、クロウが受け持つ範囲が分けられている。
何も分からないまま、拠点の全てを任されるわけではなかった。
加入には、招待された本人の確定操作が必要らしい。
クロウは操作を止め、ミオが選ぶのを待っていた。
ミオは《加入する》へ指を伸ばした。
指先が文字へ触れる。
硬い板ではない。
水面へ触れたような、柔らかな抵抗が返ってきた。
文字が光る。
《加入を承認しました》
小さな黒い羽根が、ほどけるように広がった。
細い光がミオの周囲を一周する。
痛みも熱もない。
光が消えると、新しい表示だけが残った。
《所属ギルド レイヴン》
ミオは何度か瞬きをした。
表示は消えない。
視線を外しても、意識を向ければ再び見えた。
「加入できました」
「ああ。こっちにも出てる」
クロウは自分の画面を確認している。
《名称 レイヴン》
《ギルドマスター クロウ》
《メンバー ミオ》
三つの項目が並んでいた。
ギルド《レイヴン》に所属するプレイヤーは、クロウとミオだけだった。
住民は入っていない。
農民兵も、軽装槍兵も違う。
採取ユニットや労働ユニットも、メンバーではない。
ミオの胸の奥が、静かに温かくなった。
自分の名前が、クロウと同じ画面に並んでいる。
ここには食事も、部屋も、装備も、任された仕事もある。
ようやく得たこの暮らしを、手放したくなかった。
《所属ギルド レイヴン》という表示が、自分の居場所を形にしているように思えた。
「次にギルドホームを登録する」
クロウが黒い板へ手を置いた。
新しい項目が開く。
《ギルドホームを登録》
その下に、エルク拠点を示す印が浮かんでいた。
「エルク拠点を登録する」
「今までは違ったんですか」
「俺個人の拠点扱いだった」
クロウが印を選ぶ。
「ギルドホームにすれば、メンバーへ管理権限を渡せる」
光の線が、黒い板から指揮所の床へ流れた。
床を走った光は壁を抜け、拠点全体へ広がっていく。
窓の外で、門の上に掲げられていた板が光った。
《エルク拠点》
文字の横へ、翼を広げた黒い鳥の紋様が加わる。
兵舎。
倉庫。
厨房。
宿舎。
拠点内の施設にも、小さな紋様が浮かび上がった。
広場にいた住民たちが足を止める。
門を見上げる者。
建物に現れた印から離れる者。
不安そうな声が、広場から聞こえてきた。
「また何をした!」
村長だった男の声だった。
「ここは我々の村だ!」
クロウは窓の外を見なかった。
画面の確認を続けている。
男が指揮所へ近づこうとした。
広場を巡回していた農民兵が進路へ入る。
槍を向けられる前に、男は足を止めた。
クロウは反応しなかった。
ミオの視界には、別の表示が浮かんでいる。
《ギルドホーム エルク拠点》
《所属ギルド レイヴン》
確かに、以前は村だった。
住民たちは、自分たちの場所だと言う。
けれど、ミオはその村で人として扱われなかった。
水も、食事も、寝床も自由には使えなかった。
最後には、山賊へ差し出された。
今はエルク拠点だ。
ミオには部屋がある。
食事がある。
装備がある。
守る兵士がいる。
任された仕事もある。
村長だった男の言葉より、目の前の表示の方が現実に思えた。
「登録完了」
クロウが言った。
表示が一度消え、新しい形で浮かび直す。
《ギルド レイヴン》
《ギルドマスター クロウ》
《メンバー ミオ》
《ギルドホーム エルク拠点》
黒い板に刻まれた鳥の紋様が、淡く光った。
続いて、ミオの視界に倉庫に関する新しい項目が加わる。
《ギルド共有資源》
ミオが意識を向けると、保管されている資源の状態が以前より鮮明に見えた。
糧食と薬草には、今すぐ不足する様子はない。
木材と石材は、柵や施設の補修で減っている。
鉄材と繊維には余裕がなかった。
正確な数字までは読めない。
それでも、何が不足し、何を集める必要があるのかは分かる。
「倉庫の表示が変わりました」
「共有資源になったからな」
「私にも確認できるんですか」
「許可した範囲ならな」
クロウが画面へ指を動かす。
ミオの視界に、四つの項目が現れた。
《資源閲覧 許可》
《拠点内配置変更 許可》
《拠点内ユニット指示 許可》
《採取指示 許可》
今のミオに必要な権限だけが並んでいる。
「触ってみろ」
ミオは《資源閲覧》へ指を伸ばした。
表示へ触れる。
今度は、はっきりと反応が返ってきた。
視界の中央へ、倉庫に登録された資源の状態が広がる。
糧食。
木材。
石材。
鉄材。
薬草。
繊維。
不足している項目と、搬入を待っている物資の有無が表示されていた。
実際に倉庫へ行かなくても、資源の状態を確認できる。
「見えます」
「次は配置だ」
ミオが項目を切り替える。
エルク拠点内部の簡単な配置図が浮かんだ。
厨房。
倉庫。
宿舎。
兵舎。
門と柵。
施設ごとに、配置されているユニットの種類と数が表示されている。
個体ごとの名前や顔は出ない。
厨房ユニット。
採取ユニット。
労働ユニット。
農民兵。
軽装槍兵。
人ではなく、役割と配置として並んでいた。
以前なら、見ること自体を怖いと思った。
今も、戸惑いが完全に消えたわけではない。
けれど、住民一人ひとりの表情を見て、次に誰が反抗するのかを考え続けるよりは落ち着いた。
どの役割が、どこに配置されているのか。
どこへ兵士を置くのか。
どの施設に、何体のユニットが必要なのか。
表示なら、それが分かる。
配置図では、倉庫に一体の農民兵が置かれていた。
昨日、ミオが警備を続けるよう命じた個体だ。
「門の農民兵を動かしてもいいですか」
「一体だけ倉庫へ回してみろ」
ミオは門の表示へ触れた。
《農民兵》
並んだ印の中から一つを選ぶ。
名前は出ない。
ミオは農民兵の印を、門から倉庫へ移した。
《配置を変更しますか》
ミオは承認した。
窓の外で、門にいた農民兵が動き出す。
その場で声をかけられたわけではない。
槍を持ち、広場を横切り、倉庫へ向かっていく。
少し遅れて、配置図の印も移動した。
《倉庫警備 二体》
「できました」
「ああ」
クロウは結果を確認した。
「これで、俺がいなくても拠点内の配置を変えられる」
昨日までは、声が届く範囲で命じるしかなかった。
今は指揮所から、必要な場所へ兵士を動かせる。
「採取ユニットにも指示できますか」
「支配地の中ならな」
「戦闘に出た兵士も?」
「部隊の指示は俺がやる」
クロウは短く答えた。
「ミオは拠点内と補給を見ろ」
戦闘はクロウ。
拠点と補給はミオ。
昨日決めた役割が、正式な権限へ変わった。
「もう一つ設定する」
クロウが画面を操作する。
ミオの表示へ、新しい文字が加わった。
《役職 内政担当》
候補ではない。
正式な役職だった。
「これでいい」
クロウが言った。
「外へ出ている間、エルク拠点はミオに任せる」
「はい」
ミオは表示を見つめた。
内政担当。
村では、言われた場所で待つことしかできなかった。
今は、クロウと同じギルドに所属し、拠点の管理を任されている。
倉庫の資源を確認する。
厨房の稼働を見て、兵士を必要な場所へ動かす。
クロウが外で戦う間、糧食とユニットの配置を管理する。
それが、レイヴンでミオに任された役割だ。
ミオは窓の外へ目を向けた。
門の上では、先ほど加わった黒い鳥の紋様が淡く光っていた。
住民たちは、不安そうにそれを見上げている。
ミオの視界では、紋様の下へ別の文字が重なっていた。
《ギルドホーム エルク拠点》
もう、ただのエルク村ではない。
ここは、ギルド《レイヴン》の拠点だ。
ミオは視界に浮かぶ表示へ意識を向けた。
《所属ギルド レイヴン》
《役職 内政担当》
二つの表示は、ようやく手に入れた暮らしと、自分の居場所を形にしていた。
ミオは表示を消さなかった。




