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第三話 機械に嫌われた女

翌日。

佐久間は背の高い女の子を見かける度に「あんな感じの子か?」を繰り返した。

僕は途中から、相手にせず「そうだよ」と受け流していた。

二件目の不動産屋で物件情報を見ているとき、また佐久間が横から小突いた。

「な、な、あーいう感じの子やったんか?ちょっと可愛い顔しとるで」

「そうだよ」

「真面目に聞かんか、真面目に」

「そうだよ。あの子だ」

「そうだよは、もうええ。って本人かいっ!」

佐久間の騒ぐ声に、こちらを見た彼女が少し驚いたような顔をした。

目が合うと照れくさそうに笑った。

「昨日はありがとうございました。木立さん」

「こちらこそ」

「ご縁がありましたね」

彼女はその不動産屋のOLだった。


佐久間の行動は早かった。あっというまに彼女の昼休みの時間を聞き出して、食事の約束を取り付けてしまった。

それが済むと僕を喫茶店に連れ込んだ。

「まだ物件見てたんだけどな」

「そんなもん後でええ。今は作戦会議や」

「何の?」

「ええから聞け。お前の任務を説明する」

「はいはい」

「ケータイの番号を聞き出すんや。それからお前のも教える。これは絶対にやれ」

「何で?」

「ええから聞け言うとろうが。彼女の休みの日も聞き出すんや。解ったか?」

「だから何で?」

「そんだけやれりゃあ今日んところは成功や。健闘を祈る!」

一方的に喋り終えると佐久間は勝手に席を立ってしまった。

佐久間の去ったあと、僕のコーヒーと佐久間のコーラがテーブルに並べられた。


待ち合わせの時間より、少し早く彼女は現れた。

佐久間が消えた理由を説明すると彼女は笑った。

彼女の職場の同僚達も同じように気を利かせて早めに昼休みをくれたらしい。

「あの人達、昨日、ずっと傍で見てたらしいです。良い雰囲気だって言われました」

「話の内容は殺伐としてたのにね」

少しだけ歩いてファミレスに入り、僕たちは「殺伐とした話」の続きをした。

僕は昨日怖がらせるような事ばかり言ってしまったことを詫び、骨髄移植のドナー側の安全性は年々向上しており移植に伴う麻酔事故発生率は交通事故にあう確率より、ずっと低い事を説明した。

彼女は、ほっとしたようだった。

この人はもう決めていたのだと思った。

リスクを分析し、悩んだ上で決めたのなら彼女は勇敢だ。

食事向きの話題ではなかった。僕は部屋探しをしている事を彼女に話した。

午後に何件かお奨めを選んで現地を直接案内してくれる事になった。


彼女の運転は酷かった。僕は本気で怖いと感じた。

「オートマが残ってなかったんです。すみません」

彼女は何度も謝った。謝るたびに車はカタカタ震えた。


最初に案内された部屋を僕は一目で気に入ってしまった。

少し狭かったが、それ以外は申し分ない。すぐ佐久間に電話を掛けた。

「おお、うまくいったか?」

「うん。良い部屋が見つかった」

「お前いったい何しとんなら!?」

「部屋探し」

「そうか、そうやったな。すぐ行くわ」


帰りは僕に運転させてもらった。本来は許されないことだろうが命には替えられない。

「本当にすみません」

彼女は小さくなっていた。ちょっと可愛いなと思った。


佐久間が保証人になってくれたので契約はその場で終わった。

入居は来週だけど荷物はすぐ運び込んでも良いことになった。彼女の好意だった。

佐久間は僕が「任務」を一つも果たさなかったことを聞くと「もう知らん」と言った。


新しい部屋に移って一月が過ぎようとしていた。

調度は概ね整っていた。あとは気に入った観葉植物を探すだけだった。

会社の帰りに立ち寄った閉店間際の園芸店で理想的なステレオペルマムを見つけた。

佐久間もそろそろ帰る筈の時間なので電話を掛けると、すぐに来てくれる事になったが

一時間以上待っても現れなかった。

店はとっくに閉まっていた。僕は無人の駐車場に鉢植えを抱えて立ち続けた。

電話をかけ直すと「もうすぐ着くけん待っとれ」と言ってすぐに切れた。

何故か初美さんの声が一瞬聞こえたような気がした。


しばらくして小さな車が駐車場に入ってきた。佐久間の車ではなかった。

「大分待ちました?」

乗っていたのは恭子さんだった。僕は佐久間に謀られた事に気付いた。

「佐久間さん残業が長引いてるらしいです。木立さんが困ってるから代わりに迎えに行っ

て欲しいって。電話をもらってすぐ出たんですけど看板が消えてて解らなくって…」

「…すみません。僕たち、佐久間に引っかけられたみたいです」

彼女も事情を呑み込んだ。

二人とも苦笑するしかなかった。


「部屋、見て行きませんか。珈琲しかありませんけど」

「はい。あの、一時間くらいなら……」

彼女は快く僕の招待に応じてくれた。

もっとも、手は出さないでと釘を刺されたみたいだ。僕にもその気はなかった。

彼女は僕の部屋を気に入ってくれた。

容姿や能力を誉められるより、趣味を誉められる方がずっと嬉しい。

僕も彼女を誉めてあげたかったけど、人柄以外何も知らなかった。


珈琲を淹れた後、佐久間の家に電話を掛けた。

案の定、佐久間は帰って来ていた。

「僕が何を言いたいか解るな?」

「ああ。で、怒っとるか?」

「ちょっとね」

「感謝しとるか?」

「ちょっとね」

「ならええやんか。あやまらんからな」

「いいよ。三島さんと話すか?」

「そこにおるんか!やるやないか、見直したで…○×#Ξπ恭ちゃ×#π!×▼…」

続きを聞かずに彼女に電話を回した。

「佐久間が話したいって」

彼女は少し慌てていた。

「…はい。……、そうですね。……いえ。…とんでもないです。……はい」

「あの、佐久間さんがまた代わって下さいって言ってます」

僕が出ると「青信号や」の一言で切れた。

多分いつもの空回りだろう。真に受けると事故を起こす。


彼女はドナー登録が済んだことを教えてくれた。

僕らは「レシピエントが見つかると良いね」と祝福しあった。

彼女との会話は楽しかった。

もう少し居て欲しいと思ったけど、はっきりとは言わなかった。

ぴったり一時間で彼女は帰った。

別れ際に僕は先日の「任務」を果たした。

ついでに次の休みに一緒に出掛ける約束をした。


部屋に戻ると苦しさがこみ上げてきた。

もう十年以上続いている感覚だが慣れることは出来ない。

楽しい気分を味わったあと必ず訪れる罪悪感だった。

陽子さんに逢いたいと思った。


彼女との初めてのデートは、まあ成功だった。

納車したばかりの僕の車で、しまなみ海道をドライブした。

興味本位から塩味のソフトクリームに手をだして酷い目にあったりもした。

その店の塩ソフトは本気で辛いという評判は本当だった。

彼女はゆっくり話す。僕のテンポにはちょうどよかった。

不思議と会話が弾む。我ながら驚いていた。

次の休日に逢う約束をして僕らは別れた。


それから僕らは休日が重なる度に会うようになった。

もっとも僕は休みが潰れがちなので月に二回も会えれば良い方だ。

彼女の呼び方も三島さんから恭子さんに変わり、やがて恭子になった。

それは彼女が望んだことだった。


恭子は見ているだけでも楽しい女の子だった。

いわゆる「機械に嫌われた女」だ。

エスカレーターでは慎重にタイミングを計り、自動ドアには無視され、自販機で千円札を使うのに苦労し、銀行のATMでは恭子の後に行列が出来た。

「よくOLが勤まるね」冗談めかして言うと

「忍耐と慣れです。周りの」と、すまして答えた。

それが半分しか冗談ではないことを僕は知っている。

真梨子にその話をすると「なんか親近感持っちゃった」としきりに会いたがった。


恭子も僕を解りつつあった。

説明は巧みでも会話が苦手な事や、昼食も付き合いなら食べるけど本来は摂らない事。

人付き合いが苦手で友人らしい友人は佐久間以外におらず、酒もパチンコも嫌いな変わり者として周囲から距離をおかれている事など。

恭子は最初、僕を医者か教師だと思っていたらしいが、どちらも僕に勤まる 職業ではありえない。

恭子は僕に質問をすることで会話の糸口を掴んでくれるが、個人的な質問をしないことで僕が石化することを避けてくれた。

「地雷原を歩く天才」と佐久間は恭子を賞賛した。

例えは悪いがそのとおりかも知れない。

今まで僕の地雷原を突破した者は、一緒に地雷を埋めてくれた陽子さんと、踏んでも耐え抜いた真梨子と、踏み続けても意に介さない佐久間だけだった。

恭子はその危険なスイッチを一つも踏むことなく、軽やかにその間をすり抜けてくる。

次回、第四話「バランス」

本日20時30分頃更新です

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