朝霧のあと
現場の霧は晴れた。少し前までは日の光は遮られていたが、今は朝の光が差し込んでいる。
近くの小川はゆっくりと清らかな水を流している。
ソムナリアたちが戦った場所は、南方街道をよく通る人々からは「隠れた難所」と言われている。
川に向かってなだらかに降りて、橋を渡り、なだらかに登っていくだけであるが、霧が溜まりやすい地形で、霧の中を無理に通行して川に転落するという事故が時々発生する。
その底の部分に馬車が停まっていた。幌などに穴が開き、荷台や車輪には焼け焦げた痕が見える。
ベルンハルトとゲオルクがその馬車に近づいた。
馬車に繋がれたままの馬が、人の気配を感じたのか、前肢で道の土を掻いている。
馬車の脇には一人の女性が、仰向けになっていた。
衣類から魔術士だと分かる。女魔術士は、全く動かない。
ベルンハルトは彼女を凝視した。
手足は動いていないものの、胸が動いているので呼吸しているのは分かる。
女魔術士の衣類に血がにじんでいる。出血は間違いない。ただ、大出血ではなさそうだ。
ベルンハルトは女魔術士に寄って、彼女の脇に跪いた。手にしたロープで、手首と足首を縛った。
その後で、小瓶の蓋を開けて鼻の近くに持っていった。
「ゲホッ!ゲホッ!」
小瓶の刺激にむせて、彼女は目を開けた。
「あっ……」
彼女は小声を出して、ベルンハルトとゲオルクを交互に見た。そして自らの手足が拘束されているのを感じた。
「反抗の意思はなさそうだな」
ベルンハルトが言った。
ゲオルクが女魔術士の傍らに立ち、彼女を見下ろして尋ねた。
「他の仲間は?」
「……分からない」
女捕虜が答えた。
「あなたには、このまま私たちの馬車に乗ってもらう」
ベルンハルトが告げると、女捕虜は力無く頷いた。ただ、その顔には安堵の色が見えた。
ベルンハルトは女捕虜を追手の馬車の荷台に載せた。
「ゲオルク君、この女の人を見ててくれ」
ベルンハルトはゲオルクに指示した。
「はい」
ゲオルクが返事をした。ベルンハルトはそれを見てから、前方の御者の座る板に座った。
「馬車、動いてくれるか?」
ベルンハルトが手綱を操ると、馬は前進を始めた。
――ガラガラガラ。
馬車も滑らかに動いた。
「いける」
ベルンハルトは追手の馬車を、ソムナリアの眠る馬車に寄せた。ベルンハルトは追手の馬車を止めるとすぐに降りて、隣の馬車の荷台に上がった。
「ソムナリア、寝てる?」
幌のほころびから光が差し、ソムナリアの顔と身体の一部を照らしていた。
ソムナリアは、荷台の上で足を投げ出して座っている。手は足の付け根付近で組まれていた。
ソムナリアの目蓋は閉じられ、眉間にはややシワが寄っていた。
口は半ば開き、息を吸うたびに少し広がり、息を吐くと元に戻った。
ベルンハルトはソムナリアの寝顔を見詰めて、しばらくの間、動けなかった。
ベルンハルトは首を数度横に振った。
「……ソムナリア、ごめんね」
ベルンハルトは呟いて、ソムナリアの肩を揺すった。
「ソムナリア、起きて」
「あ、うん……」
ソムナリアは目を開けた。
「わたし、ねてたね……」
ソムナリアは呟きながら口元をぬぐった。
「女一人を確保した。彼らの馬車も確保したよ」
ベルンハルトがソムナリアに報告した。
「あいつらの馬車はいいとして、マナチェックは?」
「え?」
「マナが残ってたり仕込まれてたりしたら大変だよ?ウェラを出せば爆発するかもよ?しかも一人捕縛してるんでしょ?魔術士でしょ?」
「あ!ゲオルク君に言ってない!」
ベルンハルトが血相を変えて隣の馬車に走った。
「マナチェックですか?やっておきましたよ?」
ゲオルクは涼しい表情で言った。
「すまなかった……」
ベルンハルトは安堵の表情とともに謝った。
「いえ、魔術士なら必ず覚えてますから」
「そうそう。ゲオルク君がいるなら問題ないよ。一級取れてる子はちゃんとしてるよ」
ベルンハルトの背後でソムナリアが言った。
「ソムナリア、起きたの?」
ベルンハルトが驚いて振り返り、ソムナリアに向いて聞いた。
「起こされたからね……」
ソムナリアがそう言ってあくびをした。
「なんかごめん……」
「いいよ。それより、これからどうするか決めないと」
「じゃあ馬車2台で行くとして、南と北、どちらに行こうか?」
ベルンハルトが言った。そこにソムナリアが即答した。
「南しかないよ。ずっと近いし、手紙配達の目的地だし」
「そうだよね……じゃあ俺が追手の馬車に乗る。ゲオルク君は捕虜の監視のため、追手の馬車に乗る。ソムナリアはこれまで乗ってきた馬車へ。これでいいかな?」
「うん、いいよ」
ソムナリアが言った。
すぐに一行は南に向かって進み始めた。




