穏やかな目的地
半日後、まだ夕方に差し掛かる前に、ソムナリア達は南方軍事都市ネバーベントの近くに達した。ソムナリア一行は二台の馬車に分乗している。
馬車の一つではヨーゼフが御者を務め、荷台にはソムナリアがうつらうつらしながら乗っていた。
もう一つは追手が使っていた馬車で、ベルンハルトが馬を操っていた。荷台には追手グループの一人である女魔術士が手足を拘束された状態で寝転がされていた。同じ荷台に座るゲオルクが彼女を監視していた。
「いったん止まれ!」
ネバーベントの近くでベルンハルトが叫んだ。前方にいるヨーゼフはすぐに応じて馬を止めた。
「ソムナリア、こっちに来れる?」
ベルンハルトは前の馬車に向いて怒鳴ったが、ソムナリアからの応答がない。
「寝てます!」
代わりにヨーゼフが大声で答えた。
ベルンハルトは軽く息を吐いてから、後方の馬車を降り、前方の馬車の荷台に向かった。
「ソムナリア、やっぱり寝てるよね?」
ベルンハルトが覗き込むと、ソムナリアと目が合った。
「……あ、ごめん起きてたね」
「珍しいものを見るように見ないでよ……」
ソムナリアが不満そうに言った。
「それはそうと……あの女魔術士、どうする?」
ベルンハルトが尋ねた。
「ベルンハルトはどうしたい?」
ソムナリアが逆に尋ねた。
「うーん……南方軍に突き出したら、取り調べも厳しくなるよね」
ベルンハルトの言葉に、ソムナリアは頷いた。
「軍に突き出したら、軍と魔術顧問事務所との関係になるから、内部で握りつぶせないはずよ」
ベルンハルトは続けた。
「取り調べを穏便にしてあげるなら魔術顧問事務所のネバーベント支所に突き出したらいいかな」
「それもありよね」
「……あとはここで解放するのも選択肢かな」
ソムナリアは首を横に振った。
「それはない。戦闘までしておいてお咎めなしにはできないよ」
「そうだね。余計なことを言ったね」
「まあ選択の余地はないけど、選択肢の一つなのは間違いないから、いいと思うよ」
ソムナリアはベルンハルトの右の二の腕を軽く叩いた。
「決めて」
「うん……」
ベルンハルトは、腕を組んで考え込むような姿勢を見せたが、すぐに腕を解いた。
「南方軍に突き出そう」
ソムナリアは少し驚いて見せた。
「ベルンハルトなら魔術顧問事務所に突き出すものと思ってた」
「うーん、そうしたいのはやまやまだけど、あまりに物騒だったからね」
ソムナリアはベルンハルトの肩を軽く叩いた。
「それで行こう」
しばらく後、一行の馬車二台は再び動き出し、ネバーベントの城門をくぐった。
ネバーベントは南方戦線司令部が置かれ、軍人も魔術士も多数住んでいる。在住者の生活を支える商店や飲食店なども多い。いきおい人口も増える。ネバーベントの人ごみの中を二台の馬車がゆっくりと進んだ。
南方軍司令部に到着すると、ベルンハルトは、捕虜の引渡し手続きのために司令部に入った。
「あ、ソムナリアさんじゃないですか!?」
声が聞こえてすぐに、ソムナリアの前に一人の若い男が立った。
「こんにちは、ジュリアン。トラップ付き手紙を外した時以来ね?」
ソムナリアがジュリアンに握手を求めた。
「覚えててくれたんですか?」
ジュリアンはそれに応えて、二人は握手した。
「もちろん覚えてるわよ」
「……ソムナリアさんは今日のご用事は?」
「輜重隊仕切りの輸送で来たのと、それを狙って襲ってきたメンバーの一人を引き渡すために来たの」
「ああ、分かりました。でしたらレルム司令官にお取次ぎしましょうか?」
「いいの。物さえ渡せたらいいから」
「ちょっと行ってきます」
「ちょっと……もう……」
ジュリアンは、ソムナリアが止めるのも聞かずに、扉の向こうに消えた。入れ替わりに今度は南方軍の屈強な兵士が現れた。
「こちらに魔術規則違反の魔術士がいるとききましたが?」
兵士が尋ねると、ソムナリアは馬車の荷台を指さした。
「あそこにいます」
兵士が一礼すると馬車に駆け寄った。
一人取り残されたソムナリアは、雲をなんとなく眺めた。視界を鳥が一羽横切った。
「平和だよね、ここは」
ソムナリアが呟いた。
――ザッザッザッ。
音がした方を見ると、さきほどの兵士が捕虜を担いで帰っている。
「へえ……担ぐんだ……荒いな……」
ソムナリアは聞こえない程度の声で驚いた。
兵士たちの後ろからゲオルクがソムナリアに向かって歩いてきた。
「いやあ、あいつら、思い切ったことしますね」
ゲオルクが苦笑しながら言った。
「おお、ここにいたんだね」
司令部から出てきたベルンハルトが、近寄りながら声をかけてきた。
「しかし、あの兵士たち、担いで行ったよね?」
兵士たちを指さしながら、ベルンハルトが言った。ソムナリアもゲオルクも、苦笑しながら頷いた。
「ソムナリアさん!」
今度は司令部の方から声が聞こえた。ジュリアンだ。三人の前に立った。
「レルム司令官が直接運搬物を持ってくるようにとのことでした」
ジュリアンが言った。
「分かった。じゃあその前にチェックしないとね」
ソムナリアが答えた。
「マナが無いかとか、刃物とか毒とかのチェックですよね?」
「そう。司令部の人たちでできるよね?」
「いえ、我々はできません」
ジュリアンの回答に、ソムナリアが驚いた。
「なんで?」
「ソムナリアさんとベルンハルトさんにお願いしたいとのことです」
「え?」
「検査室にご案内します」
「今から?」
「そうですけど……なにか?」
ソムナリアは二の句を告げなかった。
「え、ええ、まあ、分かった」
絞り出すように言った。ジュリアンは微笑んで会釈した。
「ではこちらに」
そう言うと、ジュリアンは司令部に向かって歩き始めた。三人はジュリアンの後を追った。




