急な任務
ノアルコの街に寒風が吹いている。気温が下がり、太陽の出ている時間も短くなっている。
ソムナリアは街の魔術教室で、目の前の少年を宥めていた。
「ウェラが出ないと魔術ができないけど、焦ると余計に出なくなるからね」
しかし、少年の顔から焦りの色は消えない。それどころか泣きそうな顔を見せている。
ソムナリアは少年の手を取った。
「落ち着いて。今日は出なくていい。そのうち出ればいい。私知ってるから、あなたはウェラを出せるんだって。ね?」
そう言いながら、少年の手を軽く揺らした。
少年の肩から少し力が抜けたように見えた。ソムナリアは微笑みながら少年の顔を覗き込んだ。
「落ち着いてきた?」
少年はうなずいた。
「じゃあ……」
ソムナリアが何か言おうとしたところ……
バタン!
魔術教室のドアが勢いよく開いた。そして、甲冑で身を固めた男が入ってきた。兜もかぶっていて顔が分からない。
「ソムナリア!」
男が叫んだ。入口辺りで、教室内を見回している。
ソムナリアだけは、この男がベルンハルトだと分かった。いつも彼の甲冑を見ているし、背の高さも知っている。彼の声もよく聞いている。
「ちょっとごめんね……」
ソムナリアは少年の手を離し、ベルンハルトに身体を向けて手を上げた。
「ソムナリア!」
ベルンハルトが駆け寄った。
「急な任務だ!」
「え!?急な任務!?」
ソムナリアは思わず聞き返した。
「そう。すぐに来てくれ」
「今から?すぐ?」
「頼む!」
ソムナリアは一度大きく息を吐いてから、ベルンハルトに尋ねた。
「話はよく分からないけど、とにかく急ぎなのね?」
「そう」
「たぶん話は道中聞く方がいいみたいね?」
ソムナリアが尋ねた。
「うん。馬車を待たせてる」
ソムナリアは外に目を遣ると、確かに馬車が停まっていた。
「分かった……でもちょっと待って」
ソムナリアは視線を動かした。ローザが机に座って二人を見ている。
「むしろ早く行きな。ここで鎧兜は物騒だよ」
二人は頭を下げた。
* * *
ソムナリアが荷台に乗り、続いてベルンハルトが乗ると、馬車はすぐに走り出した。
「ヨーゼフさん、こんにちは」
ソムナリアは荷台から前方に顔を出して、御者に挨拶した。
「お久しぶりです」
御者は笑顔であいさつした。
荷台には、二人の他に、一人の青年が座っていた。彼はソムナリアの方を向いた。
「ソムナリアさん、ご無沙汰です。ゲオルクです。二期下の」
「あら、お久しぶり」
すぐにベルンハルトが話し始めた。
「ソムナリアに今の状況だけ言っておく」
「うん」
ソムナリアの顔が真剣になった。
ベルンハルトは状況をかいつまんで説明した。
「首都を出て、ノアルコでソムナリアにも乗ってもらったところだ。南方基地ネバーベントに向かっている。目的は手紙の輸送」
「前も手紙を運んだよね?」
ソムナリアが口を挟んだ。
「あったね。でも今回は状況が全く違う。魔術士を二人同行させるように指示が出たんだ」
「前は一人だったよね。二人になった理由は?」
「魔術戦もありえると。輜重隊としてはそう判断したんだ」
ソムナリアは首を傾げた。
「なら民間魔術士の私より一級を二人にした方が良かったんじゃないかな?」
「そういうわけにもいかなくなったんだ」
ベルンハルトは馬車の幌の隙間に顔を向けた。ソムナリア一行を追う馬車が見えた。
「アイツらと戦闘になりそうなんだ」
「あいつら?」
ソムナリアが聞いた。
「そう」
ベルンハルトが答えた。
「魔術士は五人いる。何級かは分からないけど、二級以上だと思う」
「不利だよね……」
ソムナリアが呟いた。
「うん。不利だね」
ベルンハルトが答えた。
「それでも私を連れてきたよね?」
「うん」
「なんで?」
ベルンハルトは少し間をおいて、ゆっくりと話した。
「……強いから」
ソムナリアは表情を変えずに尋ねた。
「民間魔術士はかなり厳しい制限が掛かってるのは知ってるよね?」
「知ってる。二級とはかなりの差があるのは知ってる」
「それでも、私?」
「そうだ」
ベルンハルトは頷いた。
「……いいよ」
ソムナリアは、幌の隙間から見える馬車を見つめながら言った。
「ここまで来たら、逃げられないものね」
ソムナリアの声が少し低くなり、眼光が鋭くなった。
しかしすぐに表情を戻した。
「あのさ……」
ソムナリアがベルンハルトに向かって言った。
「なに?」
「なんでピッタリ一定間隔なのあいつら?」
ソムナリアは追手の馬車を指差した。
「そうだよな……」
ベルンハルトが同調した。
「そうですねえ……」
ゲオルクも呟いた。
ソムナリアは二人を交互に見た。
「分かんないよね。私も真意は掴みかねてる」
ソムナリアは一度追手の馬車を見た。
「あいつら、私たちを狙ってるよね、確実に?」
馬車は南方に向かって駈けていった。




