伝説だけが残った
二人が山から降りて碑にたどり着いた時には、辺りは暗くなり始めていた。
「村に着くころには暗くなりそうだ」
ベルンハルトが呟いた。
「急ごう」
ソムナリアが歩き出した。
「道は分かってるから、焦らなくて大丈夫だよ」
ベルンハルトが追いかけた。
二人が並んで山道を歩いている。ベルンハルトは周りを見回し続けている。
「かなり警戒してるよね?何かある?」
ソムナリアが尋ねた。
「特にないけど……」
ベルンハルトが警戒を続けながら答えた。
「そんなに警戒する必要がある?」
「そんなものだよ、警護活動は」
周りを見続けながらベルンハルトが言った。
ソムナリアが立ち止まった。ベルンハルトが数歩前に出て止まった。
「どうしたの?」
ベルンハルトが振り返った。ソムナリアはうつ向いていた。
「ベルンハルトから『警護活動』って言葉を聞くのが始めてだから……」
「へえ。そうなんだ……。よく使う言葉だと思ったけど違うの?」
ベルンハルトの質問に、ソムナリアは立ち止ったままだが顔を上げて答えた。
「前はよく警護してもらってたんだ……。でもね……」
ソムナリアは急に速足で歩き出した。
「ちょっと待って」
ベルンハルトはソムナリアを追いかけて、すぐに隣に付いて歩いた。
しばらく歩くと、二人の前方に、小さい炎が揺らめいているのが見えた。
「あれ、何だろ?」
ソムナリアが立ち止まった。ベルンハルトがソムナリアの前に立った。
炎とその周りを見て、耳をそばだてた。五感で相手を見極めようとしていた。
「……あれ、村人だね」
ベルンハルトが言った。
「迎えに来てくれたのかな?」
ソムナリアが尋ねると、ベルンハルトがうなずいた。
「うん。僕たちの名前を呼び掛けてくれてる」
「じゃあ行こう」
ソムナリアは歩速を速めた。ベルンハルトはその前を歩いた。
すぐに二人はたいまつを持つ村人と合流した。
「ドラゴンの谷に行ったのを見たと聞いて、びっくりしましたよ」
ペーターが言った。
「申し訳ありません。勝手に行ってしまって」
ベルンハルトが謝った。ソムナリアは肘でベルンハルトをつついた。
「それは私が言うべき……」
ソムナリアが小声で言った。ベルンハルトもそれに小声で答えた。
「俺たち揃って同罪だよ」
ソムナリアは頷いた。
「申し訳ありません」
ソムナリアも謝罪の言葉を口にした。
その後、二人は村長宅の応接間で話合いを行った。
「……このような趣旨で報告書を出します」
ソムナリアはゆっくりとした口調で言った。
「はい。ありがとうございます」
村長がにこやかな表情を湛えつつ言った。
「いえ。見たまま聞いたままを書くだけですから、感謝は不要です」
ソムナリアが真っすぐな眼で言った。
「ではせめて夕食を味わってください」
ソムナリアとベルンハルトは顔を見合わせた。二人で軽くうなずいた。
「それはできません」
「調査員の饗応は罪です」
二人が口々に言った。
話合いの後、二人は昨夜と同じ村長宅の離れに入った。
「あの人たち、本気でドラゴンがいると思ってるよね?」
ベルンハルトが尋ねた。ソムナリアは対人防御魔術装置を設営しながら頷いた。
「あの人たちは、そうやって生きてきたんだよね」
「でも変じゃない?本当のことを知らないんだよ?」
ソムナリアは手を止めた。
「本当のことを知らないと不幸なのかな?」
ベルンハルトは黙り込んでしまった。
* * *
数日後の夜、魔術顧問事務所にベルンハルトが現れた。受付を通され、ある部屋に真っすぐ入った。その部屋には男が一人、デスクの奥に座っていた。
「倉庫建設に関する報告書です」
デスク越しに書類を渡された男は、素早く読み進めた。
――地形上集水域が広く……水害が多発していたものと思われ……ドラゴン伝説が残存したものと思われる。
――ドラゴンの出現はないが、当該地における倉庫建設は非常に危険であると結論付けたい。
――なお、村人はドラゴン伝説を信じているが、防災の観点から見ると、決して軽視すべきものでないことを付言する。
「これはソムナリア単独ですか?」
「ええ」
男はページをめくっていった。
「この最後の文、いらないんじゃないかな?『決して軽視すべきでない』云々は」
「そこはソムナリアが絶対入れたいと言ってました。『本所』の連中に見てもらいたいと言ってました」
ベルンハルトの説明に合わせて、男は口角を上げた。
「ふふ。俺たちに見てほしいか……」
そう言いながら男は報告書を閉じた。
「うん。あいつはそういうヤツだった」
男は報告書をデスクに置いた。そして、ベルンハルトの顔に視線を移した。
「それから、ソムナリアの様子はどうですか?」
「良くなってるように思いますが、私の判断ではなんとも言えません」
「まあ良くなってるとは思いますよね。少なくともこれを見る限りは」
男は報告書を見詰めた。ベルンハルトも報告書に視線を移した。
「……もう少しですかね」
男が言った。
* * *
魔術教室の二階でソムナリアは月を眺めていた。
――それが真実かどうかは知らない。しかし、俺はお前の眼を信じる。
ソムナリアの中で声が響く。
「同じような眼を見ていたのかな……」
誰にも聞こえないような声で呟いた。
最後までお読み頂きありがとうございました。
このお話は「自然災害伝承碑」から着想を得たものです。
西日本豪雨をきっかけにしたもので、自然災害の発災状況などを書き遺した碑を国土地理院の地図に載せる取組です。
自然災害伝承碑というものがあるというのとを覚えていただけると、このお話を書いた甲斐があったといえます。
でもやっぱり点数が欲しいのも偽らざる気持ちです……。
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次からは全く別作品を載せますので、ソムナリアのシリーズは8月下旬か9月上旬に次を掲載したいと思っています。
よろしくお願いします。




