ドラゴンの谷
「ドラゴンがいるの?本当に?」
ベルンハルトが谷を見渡しながら言った。ソムナリアは谷の下流域を指差した。
「あそこに碑があるよね?」
「うん」
「そこから尾根が見えるかな?」
「こちらから見て奥に向かうのがあるね」
ベルンハルトが尾根の一つを見ながら言った。
「それと、手前にもあるよね?」
「え?ある?」
ベルンハルトは谷を見渡した。
「……もしかして、ここのこと言ってる?」
ソムナリアがうなずいた。
「そう。ここ、ちょうど尾根だよね。後ろを見て」
ベルンハルトが振り返ると、別の谷が見えた。ソムナリアは続けて言う。
「雨が降った時に、尾根のこちら側で降ったらこちら側の谷に流れるよね。それで、向こう側に降った雨は向こうに流れる」
「そうだね」
「だから尾根と尾根の間の雨水が谷に流れ込むの」
ソムナリアは指で尾根をなぞりながら言った。
「この尾根と尾根の間はね、他の谷に比べて広いんだ」
ベルンハルトはドラゴンの谷を見て、振り返って隣の谷を見たりした。そして言った。
「確かに」
「それと、碑のあるあたりの尾根に注目して」
ベルンハルトは目を凝らして、下流の方を見た。
「尾根が狭まってる?」
「そう。多く水が流れ込んで、出る口が狭いから……」
ベルンハルトが割って入った。
「水に勢いが出る?」
ソムナリアは頷いた。
「それで、たくさんの土砂を押し流していく。仮に碑の辺りに集落があったら?おそらく……」
ソムナリアは口を閉じて一拍おいてから続けた。
「……集落ごと押し潰される」
「そうかもね……」
少しの間、二人は黙ってドラゴンの谷を見詰めた。
「まあでも、仮定の話だし、実際のことは私も知らないよ」
ソムナリアはベルンハルトの横顔を見ながら言った。
「だけど、俺は、大きな災害があったように思う」
ベルンハルトが言った。ソムナリアは再び谷に顔を向けた。
「私もそう考えてる」
「それに、地形が変わらないんだから、また起こるってことだよね?」
ベルンハルトが尋ねた。
「そうだよ。だから二度とこの谷に入らないように決めたんだと思う」
「それがドラゴン伝説になった?」
「そうじゃないかな」
「なるほど……」
ベルンハルトは頷いた。少しおいてソムナリアの方を見た。
「そういえば、碑があるよね?あれも災害のためなのかな?」
「そう考えられるよね」
ソムナリアが答えて、続けて言った。
「だって、碑があって道が途切れて、そこから先は入ってはいけないと。あれも災害を後世に伝えるものだったのかなと……」
「でも碑には何も書いてなかったよね?」
「そう。碑の方は忘れられたんじゃないかなと言えるかも知れない。自信はないけど……」
ベルンハルトは腕を組みながら言った。
「何があったかは記憶がないけど、酷く恐ろしいことがあったのは村の記憶になってるってことかな?」
「私はそう思うよ……」
ベルンハルトは、谷を見詰めたまま口を開いた。
「それなら、ソムナリアの結論は、ドラゴンはいなかったということ?」
「ちがうよ」
ソムナリアは首を横に振った。そしてベルンハルトを向いた。ベルンハルトもソムナリアに顔を向けた。
「ドラゴンは、いるんだよ」




