ドラゴンの谷には近寄るな
次の日の昼、二人は馬車に乗り、ノアルコから南方に向かう街道を進んだ。
陽が傾き始めた頃、ベルンハルトは山脈の手前にある丘を指さした。
「あの丘の裏に倉庫建設予定地があるんだ」
ソムナリアは、丘を眺めながら呟いた。
「街道から見えなくするためのかな?それとも爆発したときのためかな?」
「どうなんだろうね?」
ベルンハルトが相槌を打った。二人はまた黙って馬車に揺られた。
馬車は丘を回り込んで、建設予定地近くに達した。
道は丘のふもとを通っている。川を挟んだ向こう側には山が並んでいる。山には谷が多く見える。
「あの辺のどこかの谷にドラゴンがいるんだって」
ベルンハルトが言う。ソムナリアは眉をしかめた。
「いっぱいあるけど、どれ……?」
「僕も分からない」
ベルンハルトも眉をしかめた。
間もなく道沿いに家々が並んでいる地域に入った。
「着いたよ」
二人は馬車から降りた。辺りは暗くなりだしている。ソムナリアは周囲の家を見た。生活している様子は見えるが、戸は閉ざされている。
「村の人の様子を見たかったけど……」
ソムナリアが呟いた。
「夜になったからね」
ベルンハルトが答えた。
二人の前に村長が現れた。
「魔術顧問事務所からの遠路のご訪問恐れ入ります」
ソムナリアは村長の丁寧な口調を聞いて、耳打ちした。
「私たち、そんなに偉くないのにね?」
「まあね」
ベルンハルトは軽くうなずいた。
「今日のご訪問は……倉庫建設予定地のお話ですね?」
ベルンハルトが渡した書類を見ながら、村長が尋ねた。
「そうです。ご協力をよろしくお願いします」
「できる限りご協力します」
ソムナリアとベルンハルトはお互い見合わせたが、すぐにソムナリアが村長に向いた。
「何度も聞かれてて申し訳ありません。倉庫建設に反対とのことですが……」
「はい、反対しています」
「ドラゴンが出るからということですよね?」
村長が少しだけ口を曲げた。
「そうです。ドラゴンの谷には近寄らないという掟を代々守ってきたのです。かつては犠牲者が出たと聞きます。今は犠牲者も出ていませんが、もしあの谷に立ち入るなら、今でも無事でいられるとは限りません」
「反対の理由は、ドラゴンだけですか?」
「そうです」
ソムナリアは笑顔を作って、頷いた。
「分かりました」
ベルンハルトが、ソムナリアの言葉を聞いて、何か言おうとした。ソムナリアはベルンハルトを視線で制した。
「ドラゴンがいると信じるのですか?」
村長が尋ねた。ソムナリアは少し止まってから、口を開いた。
「皆さんがそう言うのですから」
村長の目尻が、ほんの少し和らいだのを見ながら、ソムナリアは続けた。
「ただ、魔術顧問事務所に、報告書を出さないといけません」
「そうでしょうね」
村長が応えた。
「ですから、いるのか、いないのか、あるいは、いそうなのかを、示す必要があります」
「やはりいないと報告するのですね?」
村長の質問にソムナリアは首を強く横に振った。
「私たちは、予断を排して調査をして、見聞きした通りに報告します」
村長がソムナリアを見据えた。ソムナリアは笑顔を崩さずに視線を変えずにいた。
「間違いないですね?」
ソムナリアは頷いた。
「間違いないです」
村長は表情を和らげないまま、しばらく黙ってから、一言だけ言った。
「できる限りご協力します」
ベルンハルトはソムナリアの耳元でささやいた。
--最初と同じこと言ってるよ?
ソムナリアは小刻みにうなずきながら、ベルンハルトから顔を離した。
「どうされましたか?」
村長が尋ねた。ソムナリアは表情を崩さずに手を振った。
「いえ。……その、今日は泊まれるところがあればと思いまして」
「それでしたら、私の家に離れがありますので、そちらでお泊まり頂くことになっています。いらっしゃいますか?」
「はい。お願いします」
ソムナリアが言うと、村長は反転して歩き始めた。二人はその背中を追った。
「あの、村長さん」
ベルンハルトが声をかけた。
「なんでしょうか?」
村長は歩きながら答えた。
「ドラゴンの谷を調査したいので、案内を……」
「自分たちで行ってください!」
村長が大きな声で言った。ベルンハルトとソムナリアは立ち止まった。それに合わせて村長も止まった。
「地図はお渡しします」
村長がそう言ってから、振り返った。暗くて表情が読み取りにくい。
村長がまた家に向いて歩き始めた。二人もついていく。ベルンハルトもこれ以上は何も言わなかった。
しぼらく歩いて、大きな家の庭に入った。村長が止まって、二人に向いた。村長は笑顔で話し始めた。
「ここが私の家です。右手に離れがあるのでお使いください」
「分かりました。ありがとうございます」
ソムナリアとベルンハルトが揃って感謝を述べた。
村長は一人で母屋に入って行った。
ソムナリアは村長を見届けた後に、大きく息をついた。
「おつかれさま」
ベルンハルトが言った。ソムナリアは首を横に振った。
「本番は明日だよ」
ソムナリアは笑顔を消した。




