書物の匂い
「次はこっちに行くよ」
ソムナリアが一人で歩き出した。
しばらく歩いて、ソムナリアが止まった。ベルンハルトが追いついた後もしばらく立っていた。
「その紙、持とうか?」
「あ、ありがとう」
ソムナリアは紙をベルンハルトに手渡す。そして、書籍が並び店に入った。
店内は、極小さな窓が少しあるだけで、光がほとんど入らない。
入口が閉まったら、目が慣れるまでしばらく待たざるを得なかった。
すぐに、店内の大きな棚と、その上に書籍が積み上げられているのが見えてきた。
ソムナリアは、棚の近くに寄った。思ったより積まれた冊数が多い。最上部にあるものを手に取った。
「これは、自然哲学のテキストね……うん、今回はやめとこう……」
書籍を戻した。
「次は、ヴォールトの組み方……あるの?本当?いくら?……悔しい……お金ない……」
次を手にした。
「星表は今は要らない……」
書籍を戻した後、店内を見回しながらつぶやいた。
「分野ごとに並べないのはなんで?」
ベルンハルトが背後から声をかけた。
「何か欲しい本があるの?」
「うん。本当は欲しいものが結構ありそうだけど、そこまでお金が無いからね。一冊だけ考えてる」
そう言いながらソムナリアは書籍を読んでは次の書籍に手を伸ばしている。
ベルンハルトはソムナリアの脇に立っている。時々、あくびをしたり、肩を回したりしている。
ベルンハルトが一冊書籍を手に取った。題名に「形而上学」と書いている。そっと置いた。首をかしげて「どこだったっけか」と言いながら、書籍をすぐ隣に移動させた。
ソムナリアは、何冊目になるか分からないが一冊を手に取った。
題名を見る。目次を見通す。気になった節を斜め読みする。図を見る。
「あ、これだ」
ソムナリアが呟いた。ベルンハルトがソムナリアに向いた。
「見つかった?」
「うん。見つかった」
「それ、何の本?」
「帳簿をつける方法」
ベルンハルトは首を傾げた。
「帳簿の本が欲しいの?俺も付けてるよ」
「でもこれ、複式簿記と言ってね、ほら、これ」
ソムナリアがあるページを見せた。
「左側に商品の名前を書いて、右側に売主の名前と掛売の金額を書いてるの。それからお金を払ったら、左側に売主の名前を書いて、右側に現金を払ったことを書くの」
「へえ」
ベルンハルトは目を逸らせた。
「お金の増減とその理由とを併せて書いてるから左右の金額が必ず釣り合うの」
「ごめん、よく分からないんだ」
「あ、ごめんなさい。つい」
ソムナリアは書籍を持ち直しながら言った。
* * *
ソムナリアは複式簿記の書籍を手に書店を出た。後ろにソムナリアの背を見つめるベルンハルトが続いた。
市場の喧噪が収まってきた。歩く人人も減った。残っている人たちもまっすぐ帰ろうとしている。
「ずいぶん日が傾いたね」
ソムナリアが雲のかかる夕日を眺めながら言った。
「そうだね。そろそろ馬車に行こう」
ベルンハルトが言う。
「そうだね」
二人並んで馬車に向かう。
屋台の天幕が降ろされ始めている。昼に買った串焼きの店も火を落とした。
宿舎の前まで来ると、馬車が待っていた。ベルンハルトが先に荷台に乗り、ソムナリアに手を差し出した。
「その本を持ってたら登れないでしょ?」
ソムナリアは複式簿記の書籍を渡してから荷台に上った。
二人が荷台の両側に座り、揃って前方を見て馬車が動くのを静かに待った。
すぐに馬車が動き出した。
茜色の光が目に入ってきた。
まだ活気が薄く残る市場を通り抜け、ノルダンセルの門をくぐった。
ソムナリアは、膝の上に置いていた書籍を手に持って、そのまましばらく表紙を見つめた。
再び書籍を膝に置いて、その上に指を置いた。
遠ざかるノルダンセルの城壁に目を向け、小さくなるまで見続けていた。
第四話はここまでです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
正直、売れる売れない、刺さる刺さらないでなく、こういう日を書きたいと思いました。
お目汚し申し訳ありません。
次回は「ドラゴン」のお話です。




