朝の市場
すぐ先に小型の魚を売る店が見えた。
ソムナリアはその店の前で立ち止まった。
店主が威勢よく客を呼び込んでいる。まな板と包丁の音が間を置かずに聞こえる。
時々店員がまな板に水を掛ける。水とともに、うろこがまな板の上を流れて行った。
ソムナリアは、腹が開かれた魚が板の上に並んでいるのを見た。
「これ、ミッキスだね。」
ベルンハルトがソムナリアの後ろから言う。ソムナリアがうなずく。
ソムナリアが身体をかがめて魚体を覗き込む。
眼は濁っていないし、腹も黒ずんでいなかった。
指先が板に触れた。水が冷たかった。
「買ってくかい?今朝ノルダンセル湖で捕れたばかりだよ」
店主が声をかけた。
ソムナリアは魚を見つめたままつぶやいた。
「ミッキスもいいけど、ムラエネはここまでは来ないのよね」
「しょうがないよ。南の海で取れる魚だもんね」
ベルンハルトが答える。
「ネバーベントが北限なのよね」
ベルンハルトが尋ねた。
「なんでネバーベントが北限なんだろうね?」
「あれはね、南の海から生きたまま運ぶ限界があそこなのよ」
ソムナリアはミッキスを覗き込みながら言った。
板の上の水がわずかに動いていた。
「ミッキスもおいしいんだけどね」
そう言うとソムナリアは魚から視線を外した。
「焼けるなら買うんだけどね」
一歩下がり、魚屋から立ち去った。
* * *
二人は香辛料店の前に立った。
棚の上に小さな陶製の壺がならんでいる。その中には色の違う粉や粒が分けて入れられている。スティック状のものもある。
店主が丁寧に重さを量っていた。分銅同士が触れると軽い金属音が鳴った。
量った香辛料を袋に詰めると、粉末が流れる音とともに、かすかに独特の香りが辺りに漂った。
袋に詰めるたびに、甘い匂いや、鼻腔を刺激する匂いなどを様々に感じた。
ソムナリアは売られている香辛料を順に見た。
「香辛料、一杯あるね。シナモン、クローブもある。胡椒がだけじゃない」
ソムナリアが呟いた。
「ノアルコは違うの?」
ベルンハルトが尋ねた。
ソムナリアは黒い粒の入った壺に目を向けたまま答えた。
「胡椒だけなのよね。ノルダンセルよりも種類が少ないし値段も高いの」
店主が小袋の端を折り、紐で結んだ。
「ノアルコの香辛料屋は、ここに買付けに来てるとか?」
ベルンハルトの質問に、ソムナリアはうなずいた。
「そう。ここで売ってるのが高いから商売にならないと思うかもしれないけど、もっと値段を高くしても売れるのよね」
「確かに儲かるなら、そういう商売もできるね」
「そう。これは遠い地で採れるらしいんだけど、街から街に渡りたびに値段が上がるの。採れる地域では本当に安い値段で売ってるとか」
ソムナリアは天秤皿に乗せられた胡椒を眺めながら言った。
「なるほどねえ」
ベルンハルトが言った。
「それで思ったの。安い値段で売ってると言うことは、作るのにお金はそんなにかかってないはず」
「そうだろうね」
「自分で作れたら大儲けできると思うのよね」
「作れるの?」
「私でできるのなら、もうすでに誰かがやってるわよ」
ソムナリアは薄く笑いながら言った。
ソムナリアは香辛料の香が残る空気を吸い込んだ。
少し間を置いた。
そして向きを変えた。
「次に行くよ?」
ソムナリアが先に香辛料屋から離れた。ベルンハルトは後を追った。




