三色の記録
次の日の朝、ソムナリアの乗る馬車が首都ノルダンセルの門をくぐった。
ソムナリアとベルンハルトがノルダンセルの市場に降ろされた。そこに二人の若い男が近づいてきた。
「ベルンハルトさん、こんにちは」
「こんにちは」
ベルンハルトが挨拶をした。そして二人の男は、ベルンハルトの隣に視線を移した。
「では、こちらの方がソムナリアさんですね?魔術顧問事務所の者です」
ソムナリアが会釈した。
「本所の人ね。こんにちは」
「今日は本当にご足労いただいてありがとうございます」
「そんなに大層でもないから」
本所職員の一人が口を開いた。
「事務所に寄られますか?」
「ここで十分だと思うよ」
ソムナリアが答えた。
「今日は資材の買付けですよね?」
ベルンハルトも言う。
本所職員は二人見合わせてうなずきあった。
「そうですね。ここで進めましょう」
本所職員の一人が書籍をソムナリアに示した。
「この本……知らないね」
「これは三十年ほど前に行われた国王陛下南方行幸の記録です。次の時に役立つように作成されたとのことです。だいたい必要なものは揃えられたんですが、一つ残ってるんです」
本所職員が書籍の一節を指差しつつソムナリアに見せた。
「ん?……三色の光の矢?」
「ええ、三色の光の矢を空に向けて放ったとの記録があるんです。これが分からなくて、その場にいたベルンハルトさんに聞いたら、ソムナリアさんをご紹介いただいたんです」
「なるほど……。ちょっとこの資料見せて」
資料を手に取って、しばらく読んだ。
「なんとなく見えてるんだけど、確証がつかみきれないのよね。書き方が少し変でね……」
ソムナリアは本所職員に資料を見せながら、指で指し示した。
「黄、赤、緑ってあるよね。これの赤なんだけどね」
近くの箇所を指で指し示す。
「こっちでは橙色になってる。さらにこっちは、何か知らない色から赤に訂正されてる」
ソムナリアは資料を本所職員に返した。
「たぶん、後輩に伝えたかったのは赤。でも橙色も使おうとしたか実際に使った」
「私たちもそこは気になりました」
本所職員が言った。
「それと、手袋を必ず着用することという記述もあったよね?」
「ありましたよね。特に夏は汗に気を付けるようにと」
ソムナリアは口に手を当てた。
「三十年前と同じ夜空を作るなら、色をごまかすわけにはいかないよね」
遠くの雲に視線を移した。
「黄色……赤色……橙色……汗……塩み……」
少し経って、手を下ろした。
「いくつか確定できました。買出しに行きましょう」
ソムナリアがそう言うと街の中に歩を進めた。
* * *
「まずはここだよ」
ソムナリアは市場の中にある屋台の前に立った。
「ここは塩を売ってますね」
「そう。塩を買うの」
本所職員は何度かうなずいて、主人に話しかけて塩購入の交渉を始めた。
「本当なの?」
ベルンハルトは本所職員の様子を見ながら、ソムナリアに尋ねる。
「うん」
ソムナリアはうなずいた。
「塩を買ってきました」
「次は……顔料商はどこ?」
本所職員の一人が手を上げた。
「知ってますよ」
「連れていって」
市場から抜けてしばらくあるいたところで一行が止まった。
「何を買ってくるんですか?」
「緑青。お願いします」
本所職員は建物の中に入っていった。
「もしかして、緑色?」
ベルンハルトが尋ねる。
「そうだよ」
ソムナリアは、顔料商の店内に顔を向けたまま言った。
「ここまでで二つ買ったので、あと一つですか?」
本所職員の質問に、ソムナリアは微笑みながらうなずく。
「話が早いね。そう。あと一つ。でも自信がないんだよね」
そう言いながらソムナリアは反転した。
「今度はこっち」
ソムナリアが再び市場に入り、しばらく歩いて、建築資材の屋台の前に立った。
「ここで石灰を買って」
本所職員が店主に声をかけた。ベルンハルトは首をかしげている。
「緑青は分かるんだけど、塩と石灰というのがよく分からないよ」
「これで合ってる……」
ソムナリアがベルンハルトに向かって言った。
「……たぶん」
本所職員が石灰の袋を持って戻ってきた。
「ありがとう。試験場まで持って行ける?」
「大丈夫ですよ」
* * *
一行はノルダンセルの魔術試験場にある小屋に到着した。
「ほんとこれ、何するのか分からない……」
塩と石灰と緑青を前にベルンハルトが言った。本所職員もソムナリアもうなずいた。
「本当にそうよね。でもこれで二色まではうまく行くし、たぶんもう一つもどうにかなる」
「ソムナリアがそう言うならそうなんだろうけど……」
ソムナリアは、ベルンハルトの方を向いた。
「夜になったら分かるから」




