75、賢者の称号をかけて! いや、どんなノリ?
「まあいいわ。クリス、アタシと勝負よ! 賢者の称号をかけて!」
私は目を輝かせる。だって、すっごいかっこいいじゃない?! 賢者の称号をかけて、なんて!
一瞬そう考えたけれど、私は思い直した。私はハルちゃんに『賢者として』世界を救ってくれって頼まれている。そうおめおめと……簡単に称号を渡すわけには、いかないのだ。
私だって、意地がある。それにクリスちゃんの身体を借り受けているのだから、無様な負け方はできないわ。
左側に先代賢者の本が現れる。まるで私の想いに呼応しているかのよう。私の姿を見たシェラさんは、息を呑んだようだったけれど……ニヤリ、と口角を上げた。
「ふふ、いいじゃない。私はどんな手を使ってでも、賢者の称号を手に入れるわ!」
「賢者の称号は渡さない!」
私たちの間に火花が散っていく。それを遠くから見ていたコニーくんは、ユウくんに訊ねていた。
「……賢者の称号って、そんな簡単に受け渡しできるものですか?」
「……」
勝負が始まった。
「小手調べね。氷の矢」
「ハンディクラフト・スクリュー!」
シェラさんの攻撃を、私は白の毛糸玉で防ぎながら黒いかぎ針で攻撃する。白の毛糸玉といくつかの黒いかぎ針は氷の矢と相殺され、残ったかぎ針がシェラさんへと向かう。
もちろん、シェラさんからすれば予想内の魔法だったらしく、彼女の周囲にある防御魔法に阻まれた。
「防御と攻撃を同時に行うなんて……最初から見せつけてくれるじゃない」
「いや、クリスの覚えている魔法がそれだっただけじゃないか……?」
後ろから聞こえる声に反論したい! さすがにそれ以外の魔法だって覚えてるよ?!
当たり前だけれどシェラさんは待ってくれない。私の魔法の力を調べようとしているのか、氷の矢の数がどんどん増えていく。それに合わせて私も魔法を増やしていき、シェラさんのように防御魔法を張り巡らせておく。
ついでにユウくんたちの周りにも、防御魔法を作っておく。万が一、魔法の軌道がそれた可能性も考えてね。
先ほども魔力は使ったが、まだまだ問題なく魔法は使えそうだ。そう思っていた私の目に入ってきたのは、こちらを睨みつけながら魔法を展開するシェラさんだった。
「クリス! アンタどんだけ魔力あるのよ! さっきも私の魔道具に魔力を入れていたじゃない!」
「え……? まだまだ問題ないわねぇ」
思わずそう答えると、シェラさんは驚愕の表情を浮かべてから、地面を何度か踏み締めた。
「マジかよ?! あんだけ入れたのに、まだまだ問題ない?!」
「だから言ったじゃありませんか……お嬢様ですから」
マチルダちゃんが憐れみの目でシェラさんを見つめている。彼は私をキッと睨みつけた……ん、私、何もしてないと思うんだけど? 時々そんな会話を挟みながらも、攻撃は激しくなっていく。
氷の矢が三桁に届き始めた頃。
終わりそうもない魔法合戦に、終止符を打ちたいと思った私は、シェラさんに声をかけた。
「これを何度も繰り返すのは、野暮じゃない? お互い全力を出してみましょうよ」
「……それもそうね。じゃあいくわよ?」
シェラさんは氷の矢以外にも、土の塊や火など多くの魔法を繰り出している。鼻高々に魔法の数を増やしていくシェラさん。一方で私は考え込んでいた。
——火が草に当たってしまったら、大火事になるわよね。どうにかして鎮火させる方法はないかしら?
毛糸玉をぶつけたところで、火で燃えてしまう可能性が高いと判断した。もしかしたら毛糸玉と相殺することができないかもしれない。そのために、私も毛糸とかぎ針以外増やした方がいい。
何がいいだろうか、と悩んでいると、ひとつ思い浮かんだことがあった。すると目の前にある本が自然にパラパラと捲られていく。
本があるところで止まると、そこに私の思い描いていたものが書かれていた。
**
シェラとクリスが魔法勝負をしている頃。勇者一行は飛び交う魔法を呆れながら見ていた。
「クリスは元々すごいが……シェラもすごくないか?」
「あのお嬢様に付いていけるとは……驚きですね。魔族は比較的魔力が多いと聞きますが、シェラという男は魔族の中でも別格でしょう」
珍しくマチルダもヘンリクの言葉に同意している。コニーも二人に注目している中、不意にワトがクリスを指差した。
「ワト、お嬢様がどうしました?」
彼は何かを伝えようとしているようだ。ヘンリクとマチルダはワトの様子を静かに見守る。そして……。
「うーん、わからん……」
「完璧侍女の私も、わかりませんわ……ごめんなさい」
マチルダがは困惑してコニーを見る。けれど、彼も頭を左右に振っていた。そんな中、ヘンリクが彼女の言葉に突っ込んでくる。
「料理以外は、の間違いじゃね?」
「おほほほほ」
マチルダの目が座りだし……どうやら墓穴を掘ったらしい、と判断したヘンリク。その後は何も言うことなく、クリスたちへと視線を送ると、シェラが大量の魔法を浮かべていた。
そして対抗しているクリスは——
「……なんだあれ?」
以前使った毛糸とかぎ針。それはわかるのだが、何故かそこにはもうひとつ……四角くひらひらしたものが何十個も浮かんでいた。
コニーと、落ち着いたマチルダも首を横に傾げている。
「しかしあれだけ大量に出すとなると、そろそろ決着がつくのか……あっ?!」
クリスとシェラが手を前に出す。すると、浮かんでいた魔法たちが相手に向けて飛んでいく。三人と一匹は息を呑んだ。
そして魔法同士が衝突し始め、新しく現れたひらひらしたものも動き出す。
ひらひらしたものはシェラの火魔法に向かっていく。そして火魔法とぶつかると、それは大きくなり……火を包み込んでしまう。
再度開いた時には、火が消えていた。
「はぁ?!」
シェラの驚いた叫びが、ヘンリクたちのところまで聞こえる。ヘンリクもマチルダもコニーも、瞬きすることなく……穴が空きそうなほど、その様子を一心に見つめた。
そして何度かそれを見ていたヘンリクが、「あ」と声を上げる。
「勇者様。そんな間抜けな声を出されてどうしたのですか?」
「間抜けとは失礼な。アレの正体が分かっただけだ。あれは『消火布』というやつだ」
マチルダはヘンリクの言葉に目を瞬かせる。話が聞こえていたのか、ワトとラーネも彼に顔を向けていた。
「火は、大気中にある酸素というものと結びつくことで燃え続けるんだ。あの消火布は火を包むことで酸素を遮断し、火を消している」
「……なるほど。なんとなく理解しました」
コニーの言葉に、ヘンリクは静かに頷いた。
「しかもアレの恐ろしいところは、一個消火してもまた使えるところだ……」
ヘンリクの視線の先には、丸い形の消火布が。それは消火を終えたのか、またひらひらと次の火の元へと向かっていく。
その消火布を見ていたマチルダは、ポツリと呟いた。
「水の魔法を当てたらダメなのでしょうか……?」
「まあ、この世界はわからないが、同程度の魔法だと爆発する可能性もあるからじゃないか……?」
そうクリスをフォローするようにヘンリクも答えていたが、彼は思っていた。
——多分考えすぎて、水魔法で相殺すればいいことを忘れているだけだろうな。




