73、屋敷の主は、研究者
二人で後ろを振り向くと、そこにいたのは男性だった。
身長はユウくんよりも高い。髪は小さな三つ編みでひとつにまとめられていて、腰の長さまである。身体は白衣に隠れてはいるが、がっしりとした体つきの男性だ。
それよりも、私は言葉遣いが気になった。
「んー、ここまで入ってこれちゃうなんてぇ。私より魔力が多い人、初めてみたかもぉ?」
相手の男性は、右手に持っていた水晶を見ている。何を見ているのか、私たちからは見ることはできない。しかし、彼の呟く言葉から想像はできた。
「あら、玄関の扉が開いちゃってるぅ。しかも三階までまっすぐ来てるじゃない? 魔法が効いていないってことよねぇ……」
どうやらあの水晶には監視カメラのような機能があるようだ。唖然としている私たちに、目の前の男性は人差し指を顎に当てながら唸った。
「んー? 周囲の魔法が壊されたと思って確認しに行ったら、屋敷に侵入者ねぇ……」
「あ、あの!」
私は男性の言葉を聞いて現実に引き戻され、無意識に声をあげていた。
「んー?」
「すみませんでしたぁっ!」
思い切り頭を下げる私。その後しばらくして恐る恐る顔を上げると、目の前の男性は口を半開きにしながら呆然としている。まさか謝罪されるとは思っていなかったのだろう。
「私が、お屋敷周囲に掛けていた魔法を壊してしまいました! 隣のユウくんと一緒に、そのことで謝罪に来ました!」
「勝手に入ってすまない……扉が開いていたので、そのまま入ってきてしまった」
ユウくんも謝罪の言葉を述べる。そうか……屋敷の持ち主から見れば、私たちは不法侵入者ってことになるのね! 私たち……いや、正確にいえば私はどれだけこの人に迷惑掛けてしまったのかしら……。
「魔法に関しては私が元通りに直します!」
「あら、ならいいわよ? 見ている限り、あなたたちの話は嘘ではなさそうだし?」
相手は私に近づいて、顔をじーっと見つめる。いきなりの行動に私の身体は固まり、目だけを瞬かせた。
「やっぱりぃ、あなたは私よりも魔力がありそうねぇ……じゃあ、修理をお願いできるかしら?」
「もちろん!」
ユウくんと私は顔を見合わせる。
良かった、なんとか許してもらえそうだ……! 本当にごめんなさい……!
「私はねぇ、ここで研究をしているシェラよ」
目の前には先ほど私が外で壊した幕を張る魔道具が置かれている。どうやら魔道具自体が壊れているわけではなさそうだ。そのことに安堵しながら、私は魔力を込めた。
どうやらシェラさん曰く、この魔道具に使われている材料は最高級品らしく、柔な攻撃で壊れることはないという。
「ただ、クリスちゃんの魔力量はちょっとヤバそうねぇ……あ、ちょっとちょっと、止まってぇ〜! 壊れちゃうわ!」
慌てるシェラさんに気づいた私は魔力を止める。彼は水晶玉全体を確認すると、大きなため息をついた。
「目を離すとこれなのねぇ……気をつけなくちゃぁ」
「クリスの魔力は規格外だからな……」
「え?」
ユウくんの言葉に目を丸くした私に、ユウくんとシェラさんは頭を抱える。
「ヘンリク……あなた、大変なのね」
「……わかるか?」
良くわからないけれど……何か通じ合っているような二人に、私は頭をひねる。
「ええー、ユウくん何が大変なの? あ、そうだよね! 私、幕を壊しちゃったから……」
「……まあ、まあな……」
いや、そこじゃないと言いたげな……狐につままれたような表情を浮かべるシェラさん。
……え、そこじゃないの? どこ?!
目を丸くして二人をじっと見つめるけれど、二人と視線が合うことはない。そうこうしているうちに、私は水晶玉に魔力を全て込め終えたのである。
「うーん、よく頑張った!」
両手を上げて一人伸びをしていると、水晶玉の魔力量を確認していたシェラさんが大きなため息をついた。
「いやぁ、わかってはいたけれどぉ……こんなあっさり入れられたら、私の立つ背がないわねぇ」
頬に手を触れて、また息を吐くシェラさん。私はこの機構を作ってしまう彼女の方がすごいと思うけど……と言おうとしたが、その前に彼女が水晶玉を規定の位置に置いた。
すると、全ての水晶玉が光り始め……中心に魔法陣が浮かび上がってくる。
「うんうん、これで問題ないわねぇ……心なしか、以前より強力になっている気がするけれど……気のせいよね」
口角が引きつっているシェラさん。うん、気のせいだと思うね! 彼女は私たちの方へ振り向くと、頭を下げた。
「これでまた静かに研究ができるわ。ありがとう」
「いや、元々壊したのは私ですから!」
私たちの言い合いが終わると、三人同時に吹き出した。シェラさんは目に溜まった涙を手で拭う。
「そういえば、あなたたち。これからどこに行くの? この先はガルディエーヌだけど?」
目を丸くして訊ねてくるシェラさん。
「商人……にしては、身軽だし? ヘンリクは商人って言われたら納得するけど、クリスは絶対違うでしょう?」
「何で?!」
思わず叫んでしまう私。
ユウくんが隣で頷いているのが解せない。
「だって……クリスは抜けてそうじゃない?」
「よくわかったな、その通りだ」
いや、そんなことないと思うけどなぁ……とユウくんを睨みつけていると、シェラさんが続きを話した。
「聞いて良ければだけどぉ、ヘンリクたちは何しにガルディエーヌへ?」
「パンドラだっけ? の封印だったわよね?」
「……パンドゥーラーな?」
その言葉に一瞬固まったような表情を浮かべたシェラさん。けれども、すぐに笑顔に戻ったので気のせいだと思うわ。
「パンドゥーラー……もしかして、あなたたち勇者一行?」
二人で頷くと、シェラさんは閉口した。
張り詰めた空気が部屋中を支配する中、シェラさんは先ほど展開させていた機構に手を加えている。
「シェラ……さん……?」
私の声にシェラさんがこちらを向く。けれども、先ほどの人の良い笑みが消え——
「勇者と賢者なら、話は変わってくるな。あーあ、聞くんじゃなかったな」
地を這うような声が部屋へと響き渡った。




