72、鈍感すぎじゃね?
「手ヲ繋イデ、賢者様ノ魔力ヲ勇者ニマトワセレバ、完璧デアーリマス!」
IPの言うがままに、私は一旦防御魔法の外に出てからユウくんに手を差し出した。最初は狼狽えていたユウくんだったが、遠慮がちに自分の手を乗せる。私が手を握りしめると、ユウくんは何故か俯いてしまった。
……あれ、もしかして……手汗が酷いとか?! クリスちゃんは可愛い女の子だから大丈夫だと思っていたけど……こういう女の子だからこそ、身だしなみには気をつけないといけないわよね?!
一刻も早くユウくんの手を離さないと! そう思った私は、IPの言葉通りに魔力を纏わせる。そしてユウくんの身体を私の魔力で包み込んでから、すぐに防御魔法へと対峙する。
慎重に足を踏み出すと、隣のユウくんも一歩前に進む。目を伏していたユウくんが勢いよく顔を上げたことで、どうやら防御魔法を通り抜けることができたようだ。
中に入った私は、ユウくんもいるのを確認すると大急ぎで手を離す。そして鞄の中に入っていたハンカチで手を拭いた。彼はそんな私を困惑した表情で見つめている。
「ユウくん、ごめんね! 私の手汗が酷かったよね?!」
ユウくんの手に触れると、汗がじんわりと滲んでいたので、すぐにハンカチで彼の手をぬぐった。ユウくんの手汗を拭き終えると、私はにっこりと微笑んだ。
「これで大丈夫ね! 汗は拭き取ったから!」
「あ……ああ」
呆然とこちらを見ているユウくんは、不意に視線を落とす。私も釣られて彼と同じ方を見ると、なんとユウくんの手を私がまだ握っているではないか。折角拭いたのに! またユウくんの手が汗まみれになってしまう!
「あ、ごめんね!」
勢いよく手を離すと、ユウくんの手が宙を掻いたような気がした。自分の手を見つめている彼の耳はほんのり赤く染まっているように見えるけれど……きっと階段を登るのが大変だったのよね。私も息が上がっていたもの。
「ユウくん、行きましょう?」
「あ……ああ、すまない。行くか」
私が呼びかけると、ユウくんは我に返ったのか、両手で自分の頬を叩いていた。きっと疲れた身体に気合を入れているのよね! 私も頑張らないと!
だから先に歩き出した私は気づかなかったの。
「本当に昔から鈍感だよな……」
三階の廊下は下の階と比べてほんのりと明るい。といっても、廊下の両側には甲冑が所狭しと並んでいるし、絨毯や壁飾りは全てが赤……まるで血の色を表しているように見えるので、おどろおどろしいことには変わりない。
魔力の強い方へと音を立てずに忍び足で歩いていくと、突き当たりに銀色の重厚な扉が立ちはだかっていた。
扉に近づくたびに、胸騒ぎが激しくなっていく。
そしてこの奥にあるものを確認すべきだ、という思いが頭を過ぎる。ユウくんの方へ振り返ると、偶然視線が交差した。彼の目も、扉を見据えている。
私はドアノブに手を触れようとしたが、ユウくんがそれを手で制した。そして身振り手振りで、自分がやると伝えてくる。慌てて私は自分を指差したが、その前にユウくんがドアノブに手をかける。
……幸い、扉に仕掛けはないらしく、ユウくんに何かが起こることもなかった。私は安堵のため息を漏らした。
そんな時、ユウくんがこちらを見て視線を合わせてくる。私がゆっくりと首を縦に振ると、彼は静かに開けた……あれ、今更だけど……謝罪に来たのに、泥棒みたいになっている気がする。大丈夫かしら?
ユウくんはゆっくりと扉を開ける。すると、その中からまるで太陽のように明るい光が漏れてきた。私たちは目を細めながら、ゆっくりと扉の中へと入る。眩しさに目を瞑りそうになるのを耐え、私たちは部屋の真ん中まで歩いていく。
しばらくすると大分目は慣れてきた。私たちは部屋の中を確認する。
「……理科室か?」
ユウくんがそう言うのも無理はない。壁際には大量の本が棚に収められており、あちらこちらにある机の上には、何かの実験道具と思われるものがたくさん置かれている。
どうやら研究室らしい、と考えたところで入り口から声がした。
「あらまー? お客様かしらん?」




