70、ユウくんは勇者でしょ?
マチルダちゃんたちと別れた私とユウくんは、屋敷の外を取り囲んでいる正門の前に立つ。鉄の門は私たちの二倍以上もある大きさがあった。
私は首を持ち上げて門を上から下まで眺める。
「ユウくん、大きい門ねぇ。お貴族様でも住んでいそうね」
「確かに言われたらそうだな。それよりも、どうやって屋敷に入れるかを考えないとな」
「そうね。呼び鈴があったら楽だけど……なさそうだものねぇ」
私は鉄門をじっと見つめた。
思案しているユウくんを他所に、ふと閃いた私はそっと門の鉄柵の部分を持って押してみた。するとギギギギ……と金属音を鳴らしながら、門は開いていく。
どうやら鍵は掛かっていなかったみたいだ。というより、そもそも錠自体が掛かっていない。だから押して開いたのだろう。
ユウくんは開いたという事実が呑み込めなかったのか、呆然と開いていく扉を見つめていた。
「これで入れるわね、ユウくん!」
そう私が声を掛けると、彼は我に返ったのかひとつため息をついた。
「まさか鍵自体が付いていないとは思わなかった……いや、よく見れば分かったことだ。クリスが気づいて俺が気づけなかったとは……一生の不覚……」
「ユウくん、聞こえてますけど?」
「ああ、冗談だ」
そう告げるユウくんに、私は頬を膨らませる。
洒落に聞こえないような言い方をしないで欲しいわ。本当に冗談でいいのよね? え……いいのよ……ね? 本当に軽口を叩いただけなら良いけど、判断が付かないじゃない。
そう文句を言おうとしたのだけれど、当の本人は、警戒した表情で門の中へと入っていく。
門の中に入るの、早くないかしら? そう私は思ったのだけれど、最終的には謝罪をしなければならないのだし、門前になかった呼び鈴が屋敷の玄関にはあるかもしれない。
そう思って慌てて彼の後を追って中に入る。すると、広い庭が目に入った。やはり西洋の貴族のお屋敷のような広さだ。それとの違いを挙げるとすれば……庭が荒れ放題というところだろうか。
私たちは屋敷へと真っ直ぐに伸びる道を歩いていく。庭には魔法が掛けられていそうな様子は感じられなかった。もしかしたら、私が破った魔法で事足りていたのかもしれないわ。
そう考えたら私たちがここから出るためとはいえ……申し訳ないことをしてしまったように思う。
そんなことを考えているうちに、ユウくんと私は玄関にたどり着く。すると玄関の右手に、古ぼけた鐘のようなものが掛けられていた。
ほら、日本でも恋人岬ってあったでしょう? 有名なのは静岡の伊豆にあるところかしら。あそこに鐘が置かれているのだけれど、それと似たような形の鐘ね。
「ねえ、ユウくん。これがきっと呼び鈴だよね」
「多分そうだろ」
「この鐘からは魔法の気配もないし、ちょっと鳴らしてみるよ?」
ユウくんも頷いたので、私は紐を手に取り左右へと振った。すると、思った以上に高音の……まるで鈴虫のような音が辺りに鳴り響く。
最初は鐘の音に聞き惚れていた私だったけれど……どれほど待っても玄関は開かない。私たちは思わず顔を見合わせる。
「ユウくん、もしかして屋敷主は留守なのかしら?」
「魔力で感じ取ることはできないのか?」
そう訊ねられるのは尤もな話なのだけれど……今回、実はそうもいかないのよねぇ。
「うーん、そうね。この屋敷自体に屋敷主の魔法が掛けられているようなの。それが魔法の侵入を防いでいるっぽいわ」
「そうなのか。クリスでもできないことがあるんだな」
「何言ってるの、ユウくん。私はできないことだらけよ〜。それより、どうしようかしら?」
頬に手を当てて悩んでいると、ユウくんは何を思ったか……ドアノブに手を掛けた。そして思い切り捻って押すと……古めかしい音を立てて、扉が開く。最初はポカンと口を開けていた二人だったが、我に返ったユウくんが一歩踏み出そうとした。慌てて私は声を上げる。
「ユウくん、勝手に入っちゃダメじゃないの?!」
「そうだけどさ……ここにいても埒が明かないだろう?」
「まあ、そうだけど……」
人の敷地内に入ることはあまり良くないのだけれど……今更だ、と考えを改めた。すでにこの家の主が張ったと思われる魔法障壁を壊してしまっているのだから。
ユウくんは前を歩きながら、ぼそっと告げた。
「まるで本当の勇者みたいだな」
「? ユウくんは勇者じゃない?」
「……そういう意味ではないんだが……まあ、いいか」
「え、どういう意味なの?」
しつこく聞いたら、ユウくんはゲームの中の勇者みたいだと思ったらしいわ。ゲームの中だと、人の家に勝手に入って家探しや壺を壊したりするんですって。ちょっと待って、それって本当に勇者?
なーんて、二人で会話をしていたから気がつかなかったの。
……後ろの扉がひとりでに音を立てずに閉まったことに。




