69、人間はブレスを打てないよ?
「ちょっと待て! あのブレスはなんだ?!」
正気を取り戻したらしいユウくんが、私に慌てて声を掛けてくる。私は首を傾げながらも、ユウくんに答えた。
「え、ほら。前の骨ドラゴン、ブレスを吐いていたでしょう? それを真似してみたの! 感覚的に、ブレスは魔力を溜めて放出したものだって分かったから。初めて口からブレスなんて吐いたわ〜! 楽しかった!」
興奮していた私は、ここまで一息で告げる。しばらくして何も反応がないことに気がついた私は、周囲を見まわした。すると、頭を抑えるユウくんに、ブレスが人間でも発射できるかを試そうとしているマチルダちゃん。それを必死に止めようとするコニーくんと、呆然と空を見ていたワトくん。
……うん、なんだか混沌としている。
皆の反応に困惑した私は、一人ずつ声をかけていくことにした。
「マチルダちゃん、ビーム……いや、ブレスは結構膨大な魔力量が必要だから、多分人には無理だと思うわ。今の私は無理だもの」
「そうですか、では止めておきます」
私の言葉にマチルダちゃんは手を止める。それを見たコニーくんが、ほっと胸を撫で下ろしていた。マチルダちゃんは知識欲が旺盛だけど……ちょっと暴走しがちなところがあるから怖いわねぇ。
その後ワトくんに声を掛けたけれど……彼の様子を見るに、先ほどのキメラがとても気に入ったらしい。だから、また空を飛ばないかなと見ていたのかもしれない。
ごめんね、ワトくん。私の変身した姿なの。
そして、ラーネ。怖がらせちゃってごめんね。さっきから寄りつかないのは、きっとそのせいよね?
そして最後にユウくんへと話しかける。
「ユウくん、大丈夫? 頭が痛いのなら、今日はゆっくり休む?」
「いや、そういうわけじゃな……なんでもない」
疲れたような表情でふう、と息をつくユウくん。どうやら彼は相当疲れているらしい。
「どこかに屋内で休めるところはないかしら? でも無理よね、森の中だもの」
「お嬢様、それはフラグ……と言うらしいですよ」
「フラグ……?」
マチルダちゃんの言葉に首を傾げたけれど、後でその意味が理解する。そこから三十分ほど歩いたところに、まさか屋敷があるなんて……この時の私は知らなかった。
しばらく歩くと、現れたのはとても大きなお屋敷だ。
ほら、よく海外であるじゃない? 建物は昔の貴族の邸宅……そうそう、ヴェルサイユ宮殿みたいな雰囲気ね。貴族の邸宅には大抵庭も整備されているものなのだけれど……ここは庭らしき庭がない。ぽっかりと空いた更地に建物だけ建設した、って感じに見えるわ。
確かあちらは、王家の住まいとしても使用されていたし、一時期フランスの政治の中心地として使われていたのよね。ここはどう見ても政治の中心地には思えないから、ひっそりと暮らしている人がいるのかしら。
そう考えていると、コニーくんが何かを思いついたのか声を上げた。
「もしかして、こちらはローズルさんの仰っていた魔族さんのお屋敷ですか?」
「そういえばあの変人商人が話しておりましたね。森の中に住んでいる魔族がいる、と」
「……マチルダに変人と言われたくないだろうな」
ぼそりと呟くユウくん。その声に反応するマチルダちゃん。
いやいやマチルダちゃん……あなたユウくんから一番遠い場所にいるのに、言葉が聞こえたの?! 私なんてかろうじて聞き取れるくらいだったのに。私が驚いている間も、彼女はユウくんに顔を近づけて……綺麗な表情でニッコリと笑う。
顔は笑っているのに、感情が感じられない笑みを。
「勇者様? 何か仰いました?」
「何も?」
肩をすくめるユウくん。マチルダちゃんもそこまで問い詰めるつもりがないのか、息をひとつ吐いて終わらせた。まあ、無事に落ち着いて良かった、良かったと思っていた私だったが、頭に引っかかるものがある。何だろう、と思考を巡らせていると――
「ちょっと待って? もしかして先ほど周囲に掛かっていた魔法は、この家の人が掛けていた……とか?」
私の言葉に全員が黙り込む。ワトくんは、皆が真剣な表情で思案しているのを見て、どうしたら良いのだろうかと狼狽えているみたいだ。沈黙が私たちの周囲を包み込んでいく。しかし、こうしてもいられないので、私は握り拳を作って宣言した。
「やってしまったことはしょうがないわ! 私、謝ってくる!」
謝罪に行って何故こうなったのかを、きちんと告げる必要がある。最悪、私が元通りに戻せるのなら戻したいし。そう話すと、マチルダちゃんが「お嬢様は切り替えが早いですねぇ」と感心した表情で私を見ていた。
それに同調するよう、コニーくんの声が聞こえる。
「まあ、それしかないですよね……」
コニーくんも申し訳なさそうに首を垂れる。
「俺も行く。クリスにお願いしたのは俺だからな」
ユウくんのせいではないと思うのだけれど、一緒に行ってくれるのは心強く感じる。
そんな中、少し納得いってなさそうなマチルダちゃん。
「謝罪へと行くことには賛成ですが……あちらがここから出られないように魔法を掛けていたのですから、そんなに下手に出る必要はないと思います」
「もしかしたら他に出る方法があったのかもしれないからね!」
「まあ……そうですね」
私は強引に……力技で攻めすぎた。
日本でいえば、庭の周りに建ててあるフェンスを薙ぎ倒して敷地内へ入って行く感じかしら? 流石にちょっとそれはダメよね。
「でも、全員で押しかけるのも申し訳ないから……私とユウくんの二人で屋敷に行きましょう。マチルダちゃん、コニーくん、ワトくんとラーネはここに残っていた方が良い気がするわ」
「流石にラーネは屋敷に連れて行くわけにもいかないからな。ワトを守るために三人固めておいた方がいいだろう」
「お嬢様に同行できないのは残念ですが、勇者様の仰る通りですね」
「お気をつけて……!」
私は皆に手を振りながら屋敷の入り口へと歩いていく。
マチルダちゃんは頭を下げ、コニーくんとラーネは手(足?)を振替してくれていた。ワトくんも私とユウくんが別行動をすることに気がついたのか、二人の真似をして手をひらひらとさせている。
だから私たちは気がつかなかったの。
実はワトくんの視線が私の顔より下にあって……ある物を凝視していたことに。




