22:00
電話で呼ばれたあと沙樹の家に行って、沙樹のお母さんと妹の樹璃ちゃんに初めて会った。
お母さんは俺が思ってるよりも元気で俺が来ることを知り、久しぶりに沙樹と樹璃ちゃん3人で買い物出来たのが嬉しかったらしい。
樹璃ちゃんは料理が苦手らしく嫌々沙樹の手伝いをしていたけど、沙樹が家にいることが珍しくて喜んでた。
お金に困っていると沙樹は言っていたけど、家族がこんなに優しくて温かい人たちだから幸せなんだろうな。
夏「お好み焼き久しぶり食べた。ご馳走様。」
俺は沙樹にお礼を言いながら駅に向かう。
沙樹「いえいえ!2人があんなに騒ぐと思わなかったよー。」
沙樹は2人の楽しげな表情を見て、それが嬉しかったのか笑顔が多くて昨日の沙樹はここにいなかった。
沙樹「今日は来てくれてありがとう。夏が休みで良かった。」
沙樹は笑って長袖を着た腕をさする。
今日はずっと暑かったのにめくることも、半袖に着替えることもなかった。
やっぱり跡は残ってしまったらしい。
それほどあの人に嫌悪感を抱いているんだろう。
夏「うん。俺も沙樹が元気そうなところ見れて安心した。」
沙樹「…ごめん。あんなとこ見せて。」
沙樹は一瞬で顔を曇らせてしまった。
どんな言葉をかけても今の沙樹にはこんな表情にさせてしまうんだろう。
夏「俺は気にしてないから沙樹も俺に気を使わないで。」
沙樹「…分かった。」
沙樹はそう言うと深呼吸を1度して俺と視線を合わせる。
沙樹「僕…、あの人に初めて全部盗られた。」
沙樹が苦しそうな顔をして眉をひそめる。
夏「…初めて?」
沙樹「その…、恋人とすること全部。」
沙樹は言いづらそうに話し出した。
沙樹「お母さんが倒れたのは高1の夏でちょうど僕がバイトを始めようとしてた時期なんだ。それで僕はとりあえず時給が高い居酒屋でバイトすることにしたらそこにナナさんがいたんだ。」
だから沙樹よりもだいぶ年上で大人っぽい女性だったのか。
沙樹「ナナさんは熱心にいろんな事を教えてくれるんだけど、どうしてもボディタッチが多くて言い方悪いけど気持ち悪いって思った。美人でも、可愛くても、どんなに性格が良く見えても、全く好意がない人にされるのって寒気がする。」
沙樹は思い出しながら話を進め、声を震わす。
沙樹にとって相当嫌だったらしい。
沙樹「それでもお金は必要だからそのまま続けてたら冬が来て、忘年会に出ることになったんだ。そこで…」
と、沙樹の声が途切れ隣を見ると沙樹がしゃがみこんでいるのに気づく。
夏「…無理して話さなくていいよ?」
俺は駆け寄り、震える背中を撫でる。
沙樹「全部…、吐き出したい…。」
夏「分かった。ちゃんと聞くよ。」
俺たちは場所を移動して近くの緑道にあったベンチに座り、沙樹は涙を我慢して声を絞り出しながら話してくれた。
沙樹「忘年会の時、周りの悪ノリでクソみたいなゲームが始まって数分で無法地帯になった。僕以外のみんなはお酒が呑めたからそのせいもあると思う。」
沙樹の呼吸が荒くなる。
そんなに無理してほしくないけど、きっと誰にもこのことをぶつけられてこなかったんだろう。
沙樹「僕は罰ゲームでその場でナナさんとキスしないといけなくなった。全く興味が無い上に嫌悪感さえ抱いてる人にキスしないといけないのが本当に嫌だったけど、やるしかなかった。その時にナナさんは口にお酒を含んで僕の口に押し込んできたんだ…。」
堪らずボロボロと大粒の涙を流し始める沙樹。
夏「好きじゃない人とするの嫌だよね。」
沙樹「…うん。…それで初めて呑んだワインで頭がぐわんぐわんになって、まともに帰れない僕をナナさんが自分の家に押し込んで好き勝手遊び尽くした。僕は逃げようとしても体が上手く言うこと聞いてくれなくて逃げられなかった。」
俺は沙樹の背中を撫でながらハンカチを渡す。
沙樹はハンカチを取ると目頭に強く当てたまま俯く。
沙樹「怖くてどうしていいか分からなくて、学校の友達に相談したけど、『羨ましい』『紹介しろ』『俺もされたい』とか言ってまともに話を聞いてくれなかった。クラス替えや卒業した後はもう連絡取りたくなかったから全部連絡先ブロックして消した。」
沙樹の声に苛立ちが混じり出す。
相談したけどまともに取り合ってくれる人が側にいてくれなかったんだ。
…こんなこと、親にも妹にも相談なんか出来ないよな。
沙樹「それがあってからバイトのシフトを出来るだけ減らして次のバイトが見つかったら辞めようと思ってたけど、高校生ってこともあってなかなか見つけられなかった。
…続けた3ヶ月は帰ってたら毎日吐いてた。胃が痛くて、学校に行くまでも気持ち悪くて何回も休憩しないと行けないほどになっちゃったんだ。」
夏「それでも辞めれないのはお金のせい?」
沙樹「…うん。お母さんが1番調子悪くて色々お金が必要だった時期だったから。」
家族のためにそこまで頑張れるのはなんでなんだろう。
俺は金がなくて憂さ晴らしに使われたのに。
沙樹「お金は不健康な人に生きる権利をくれる手段だからたくさんあって損はしない。
けど、そのお金のために不健康になったら意味ないのにね。」
沙樹は自分に言い聞かせてるのか、俺には向いてない言葉を吐いた。
沙樹「僕は真っ白な画用紙にたくさん色を使って描くのが好きだったんだけど、その事があってから色が分からなくなって描けなくなった。
だから今はモノクロしか僕の使える色はない。」
いつも着てる服は素材やデザインが違ってもシンプルな白と黒のものしか身につけてなかった沙樹。
髪色は明るいアッシュベージュで染められているだけど、その色は沙樹にどう見えてるんだろう。
沙樹「モノクロしか分からなくなった僕が1つだけ色を見つけられたんだ。」
沙樹はハンカチを顔からはずし、俺を見て微笑む。
沙樹「入学式みんなが黒スーツで黒染めしてる中、綺麗に整った夜会巻きで色はホワイトゴールド。背筋が綺麗な女の子の髪色。」
夏「…永海?」
沙樹「うん。永海の髪色が僕に色を少し取り戻してくれた。それが永海を好きになった1番目の理由。」
恥ずかしそうに笑いながら話してくれる沙樹。
夏「永海の色が好きになって、知り合って中身も好きになったってことか。」
沙樹「うん。全部好き。」
沙樹の言葉に俺は思わず口角が上がってしまう。
それを見て沙樹は恥ずかしそうにしたけど、全て話せて嬉しそうにする。
沙樹「この恋が叶わなくても僕はずっと永海の事好きなのは変わらないと思う。初めて色を取り戻してくれた1人だから。」
夏「まだ分からないよ。頑張ろう。」
沙樹「…うん。」
夏「とりあえず、日曜の夏祭り。沙樹のこともっと好きになってもらおう。」
沙樹「ありがとう。」
沙樹はいつもの笑顔を取り戻して俺の言葉を嬉しそうに受け取ってくれた。
出来ることなら初恋は実らせたい。
誰だってそう思うはず。
けど、自分の思いを優先しすぎない沙樹の優しさに俺は心苦しくなる。
みんな自分のいいなと思うものは奪い合うのに沙樹はその存在に選んでもらえるように1歩後ろにいる。
それでは相手から見えないから俺が2歩分の背中を押して永海に見えるようにしないと。
俺は沙樹と永海が付き合えるようにできる限りのことをしていこうと思った。
→ 初恋




