7:00
夜にしっかり寝れたのは2日ぶりだ。
2日も社長のせいで寝れなかったと思うと少し腹立たしいけど、瑠愛くんを信じて待つしかない。
昨日だって予約がいないから休む!と店長の反対を押し切ってさっさと帰って行ったし、きっと元から店を辞めることを考えてはいたから行動してくれたんだろう。
今日の夜に瑠愛くんが出勤するからどんなことしてるのか少し話を聞いてみよう。
俺はすっきりと起きれた頭でベッドのシーツを剥がして使ってる毛布と一緒に洗濯機で洗う。
晴れた日はなるべく干したいと思うけど、明日も晴れそうだからいいやと後回しにしてしまう癖があるから思いついたときにやっておかないと臭くなる。
俺は家事をある程度やり終え、昨日手付かずになってしまったJ ORICONN用のキャンバスを出して白紙にまた新しく構想を練った下書きを書いていくけれどあまりいい案が出なくて焦り始める。
その時、俺の携帯電話が鳴り出ると永海からだった。
永海『おはー。今暇?』
夏「コンクールの下書き考え中。」
永海『え!ごめん。』
夏「大丈夫。どうしたの?」
永海『暇電だから切っていいよ。』
夏「俺も今ちょっと休憩しようとしてたから喋ろう。」
俺は下書きを一旦やめてお湯を沸かしにいくついでに、イヤフォンマイクに付け替える。
時々、永海は俺に暇電してくることがある。
タイミング悪い時はしっかり話せないからすぐに終わらせてしまうけど、今日の俺は時間がたっぷりある。
永海『いつもこの時間は愛海と暇電してるんだけど、今日デート4件入ってるから無理だったんだ。』
夏「4件…?朝昼夕晩ってこと?」
永海『多分そうなんじゃない?』
すごいな…。
愛海はもうJ ORICONNに出す作品は完成してるのだろうか。
夏「愛海は彼女作らないのかな?」
永海『んー、いろんな女の子とたくさん話したりするのがいい刺激をもらえるらしいんだよね。なんだろ、男の子にはない感覚って言うの?』
夏「なるほどね。確かにいろんな人と話すのはいいことかも。」
永海『でも調子乗りすぎて刺されそうだよね。』
夏「…ケア不足だったらそうかも。」
嫌な想像をして俺は少し顔を歪ませた。
永海『ごめん。』
と、何故か永海は謝った。
夏「ん?大丈夫。」
永海『夏って暴力っぽい話になると少し嫌な顔したり、声のトーンが変わるんだよね。電話だから忘れてた。気をつけるね。』
俺、そうだったのか。
自分ではごまかしてたつもりだったけど、案外人にばれてるものなんだな。
それから何時間も繋げたまま、好きな時に会話をして向こうの生活音を聴きながら下書きを始めてみると、さっきより頭で生み出される構図のレパートリーが増えて筆が進む。
俺はこれで音楽も聞けたら最高だなと思っていると、永海の電話口からウクレレの音が聞こえ始めた。
夏「永海が弾いてるの?」
永海『うん。うるさい?』
夏「ううん。もっと聞きたい。何弾けるの?」
永海『猫のあれしか弾けない。』
と、少し恥ずかしそうに笑う永海の声が聞こえる。
夏「弾き語り?」
永海『えぇ!?…まあ、覚えてるけど。』
夏「つっかえてもいいから練習がてら歌っててほしい。」
永海『えー…、下手だよ?』
夏「永海さんの声は俺にとって最高のBGMだよ。」
永海『よくそんなこと恥ずかしげもなく言えるね。』
と、階段を降りていく音が聞こえると窓が開き無数のセミの鳴き声が聞こえてくる。
夏「外で歌うの?」
永海『田舎の特権。庭で歌うの気持ちいんだよね。』
夏「いいね。じゃあよろしく。」
永海『うん!』
永海は伴奏を始めながらすでにメロディを口ずさみ始める。
拒否しても何だかんだ楽しんでやってる様子。
何度かその曲を繰り返し聞いていると少し遠くの方からリコーダーと鍵盤ハーモニカのような音、お皿をちんどんする音も聞こえてくる。
永海『白浜シスターズ!私を盛りあげろ!』
その言葉に答える2つの可愛く幼い声。
『ブラザーもいるだろうが。』
永海『あ!勝も夏休み入ったの?』
永海が電話のことを忘れて家族と会話し始めた。
俺はしばらく黙ったまま、下書きを進め永海に名前を呼ばれてイヤフォンに意識を戻す。
永海『途中になってごめんね。』
夏「大丈夫。兄妹多いね。」
永海『あ、うん。勝は1個上の大学生で、ミクとメリは双子で6歳。』
夏「大家族だね。みんな仲よさそう。」
永海『まあ、一緒に暮らしてるからねー。』
と、電話の向こうで永海が笑う。
永海『夏は兄弟いる?』
永海は当然の質問をしてきた。
俺は学校の人には1人暮らしとしか情報を出していないから、家族の話や兄弟の話をしないように避けてきた。
けれど、この状況は無理だった。
夏「…1人だよ。」
永海『そっか!…ちょっと1人羨ましいなって思う。』
永海は少し小声で俺だけに聞こえるように言った。
夏「たくさん兄妹がいると楽しいよ、…きっと。」
永海『んー…、まあそうだね。』
永海らしくないうやむやな返事をされる。
意外と喧嘩が絶えなかったりするのだろうか。
夏「…月末さ。」
俺は永海の少し暗くなってしまった声を変えるためにとっさに予定を作る。
夏「月末に永海の好きなDELUDEBAから新作出るの知ってた?」
俺は化粧品の話に変えてみた。
永海『え?うん。』
夏「一緒に見に行かない?やっぱ、あのデパートに男1人で見るの結構恥ずかしいんだ。」
永海『…うん!行こう。バイトは大丈夫?』
夏「夕方より前だったらだいたいどこの日でも空いてる。」
永海『OK。じゃあスケジュール確認するね。』
と、いつも通りの永海の声に戻り俺は1人安心とする。
この間のシフトで昼と深夜をだいぶ削って自分の時間を作れるようになったから、少しくらい予定を入れても大丈夫。
永海『29日はどう?』
夏「29日は…」
ちょうど元から休みにしていた日だ。
時間を気にせずゆっくり買い物が出来る。
夏「元から休みだから何時でも大丈夫。」
永海『おー!夕方くらいに待ち合わせてご飯一緒に食べようよ。』
夏「う…」
俺は永海の言葉にYESと答えようとしたけど、頭の中で沙樹の顔がよぎった。
沙樹の好きな子って知ってるのにご飯なんか食べていいのか?
でも、来週の月曜から5泊6日で沙樹は水泳サークルに行ってしまう。
一緒に行こうとしても出来ない。
俺が言葉に詰まっていると永海が電話が途切れたのか心配している。
夏「あ…、もしもし。」
永海『あ、聞こえる。どう?』
夏「…お酒なしでなら。」
永海『OK!じゃあ焼肉食べ放題いこうよ。』
夏「うん。」
俺は月末永海と遊ぶ約束をしてしまい、1人反省会を始めた。
→ 風になる




