22:00
一くん主催の行事ごとのクラス会が終わり、みんなでクロークに向かい帰る準備をする。
悠「私、トイレ行きたい。」
永海「私も!一緒に行こ。」
愛海「じゃあ、俺たちが2人の荷物預かっておくよ。」
ありがとう、と2人は愛海にクロークの番号札を渡しトイレに向かった。
俺たちはエレベーターでフロントに行き係の人が荷物を出すのを待っていると、ふと視界に入った少し奥にある玄関からピチッとした青スーツを着た若めの男とその腕を組んでいる俺が働いてる店の社長が入ってきた。
俺はとっさに身をフロントの影に隠してその場をやり過ごす。
沙樹「…ん?夏、どうした?」
夏「ち、ちょっと腹痛いからトイレ。」
愛海「大丈夫か?」
夏「大丈夫。早めに戻るね。」
俺は体を屈めながら、近場のあった多目的トイレに入りそのまま便座に座った。
こんな所で社長に話しかけられたら今まで黙っていたのが無駄になってしまう。
この仕事には一定数、差別をする人が必ずいるのはしょうがない事だけど沙樹や愛海たちにそう思われてしまうのは嫌だ。
悠にはたまたま知られてしまったけど、理解がある子で今もずっと黙ってくれている。
でもいつ気持ちが変わるか分からないからある程度のわがままは聞いていくつもり。
…ただ、早くお金を稼ぎたいだけでなんでこんなに窮屈な思いをしないといけないのだろう。
俺が仕事の事で頭を悩まされていると電話がかかってきた。
夏「…もしもし。」
愛海『うんこ出たかー?』
と、愛海は呑気に聞いてきた。
その何も気にしていない感じが今の俺を救ってくれる。
夏「んー…、時間かかりそうだから先に行ってて。」
愛海『大丈夫か?俺の父さんが車で迎えに来てくれたから送るぞ?』
夏「え?愛海のお父さん来たの?」
家までタクシーに乗るとか言ってたけど、結局お父さんが来てくれたんだ。
愛海『俺の同級生の女、拝みたいからって。」
夏「あ…、そうなんだ。じゃあ先乗ってて。俺もすぐ行くよ。」
愛海『分かった。荷物はトランクに乗せとくぞ。』
夏「うん。ありがとう。すぐ行くね。」
と言って、俺は電話を切って扉に近づき耳をすます。
今のところ、フロントから聞こえるPCのタイプ音と静かに流れるクラシックしか聞こえない。
俺は静かに扉を開けて、ロビーを覗き込むと玄関付近のソファーに深く腰掛けてる社長と男性がいる。
このまま、ずっといるつもりなんだろうか。
俺は向こうから見られないように中央にあるフロントの影に立ってどう逃げるか考えていると、軽いヒールが大理石を鳴らす音が聞こえてそっと覗くとトイレに向かうのかこちら側に向かってくる社長。
俺は社長と入れ違いで円型のフロントを体を屈めながら慎重に通り過ぎる。
危ない。
社長がヒールでなければこっちに来ても気づけなかった。
俺はそのまま玄関に走って向かう。
「おい。」
と、ソファーに座っていた男性に声をかけられる。
俺はその声を聞いた拍子に足を止めてしまったが振り返ることが出来ない。
すると、男性の履きなれた革靴の音が俺の後ろに迫ってきて止まる。
「靴、ティッシュついてる。」
と言われ、足元に目を落とすとトイレットペーパーが金魚のふんのようについてきていた。
夏「…ありがとうございます。」
俺は半身で目線を合わさず靴についたティッシュを取り玄関前のゴミ箱に捨てて、玄関前の少し長い階段を急いで駆け下りると目の前に黒くて大きな車の扉が開く。
愛海「なーつー!こっち!」
助手席の窓から愛海が笑顔で俺に手招きをする。
俺はあと数段で飛び乗れるところまで勢いに任せて降りていると背後にある玄関の自動扉が開く音が聞こえると共にあの軽いヒールの音が数歩歩くのが聞こえた。
「優治。」
俺の源氏名を呼ぶその声で体が固まり、勢い余って数段踏み外し転げ落ちる。
永海「大丈夫!?」
永海が車出てきそうになったので俺は尻の痛みに耐えながら立ち上がり、乗る瞬間に横顔が見えないように荷物をわざと外し、顔を隠して乗り込み扉を閉める。
俺の怪我をみんなが心配するけど、そんなことより車を早く出してと頼んでなんとかその場から逃げた。
あの社長に俺の人間関係を知られたくなくて絶対見えないであろう数百m先を走り続けてる車の中でも、俺は顔から荷物を避けることが出来なかった。
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