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ありあけの月 ──暁──  作者: 香居
二章 保元元年(一一五六)六〜七月

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術符に込めた祈り(五)




 私は形代紙に息をふっと吹きかけ、


「……《光を影に映し空蝉(うつせみ)と化せ》」


 語りかけるように言霊を唱えた。形代紙は形をぐにゃりと変え、今の私と寸分違わぬ姿となった。

 熱田のお祖父様が教えてくださった〝空蝉〟は、抜け殻または虚像を意味する。〝写し身〟が語源らしく、己の意思を持たぬ分身、という説明を受けた。


「私が戻るまで、その文机についていてくれ。私以外の者に話しかけられても、応じなくてよい」

「かしこまりました」


 己と寸分違わぬ人形に(へりくだ)られるのは妙な心地がするな。……まぁ、よい。無為な刻を過ごしている暇はない。

 私は文箱から新たな術符を二枚取り出し、素早く術式を書き込んだ。誤りがないかを確認すると、一枚は折りたたみ小狩衣の胸元へ差し込んだ。

 手に持ったもう一枚で……これからのことを思うと、唇が無意識にわななく。叱咤するように一度強く噛み締め、静かに開いた。

 

「……《この身を()の地へ移し給え》」


 〝転移〟の言霊を唱えてまもなく、私の姿は室から消えた。


 わずかの間、妙な浮遊感の後に、目の前の景色が一変した。


「……鬼武者……!?」


 源のお祖父様が驚愕の表情をしていらした。私は術が成功したことに内心安堵した。


「お祖父様。突然のご無礼、お許しくださいませ」


 私はすぐさま平伏し、何か言われる前に先手を取った。


「邸で耳にしました。お祖父様が崇徳方のお味方をなさると。ゆえに居ても立ってもいられず……父上はこちらに伺うのを反対なさいました。これは私の独断にございます」

「わかったわかった。そう捲し立てるでない。この件について、義朝を咎めることはせぬ」


 お祖父様は苦笑なさった。


「ご寛容いただき、ありがとうございます」

「うむ。……して」


 お祖父様は声音を改められた。


「そなたも、止めに参ったのか?」


 お祖父様の問いかけに、私は頭を上げた。


お読みいただきありがとうございます。

またブックマークや評価などにも感謝いたします。

次回更新は、7月11日23:00頃を予定しております。


誤字脱字がございましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

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