第83話 ガブリエル来訪(3) 寝室
ライラが寝室のドアとガブリエルを見比べているうちに、ドアの向こうから戦闘音が聞こえ始めた。エスペルが剣を振るう音、死霊傀儡が暴れる音。
部屋ごと崩壊しそうなとてつもない轟音が響いている。
だがガブリエルはそんなものを完全に無視して会話を続けた。
『さあ、お返事を聞かせて?セラフィムの元にお戻りにはなりませんの?』
居間の方からエスペルの、「よっしゃ二体消滅う!」という景気の良い声が聞こえて来た。ライラの加勢の必要はなさそうである。
気おされながらライラは、否応なくガブリエルとの会話に引き戻された。
「わ、私がセラフィムたちの元に戻る……。またセラフィムたちの中で暮らす……」
そんなこと、考えたこともなかった。だからライラは今初めて、「セラフィム社会に戻った自分」を想像してみた。
……ぞっとした。
絶対にあの頃の自分に戻りたくなんてなかった。
ガブリエルは、目をそらし強張ったライラの様子に首を傾げた。
『まあ、ずいぶんお顔が曇っていますわね?そんなにセラフィムがお嫌いですの?』
「……」
『もしかしてあなたは、人間と一緒に居たいのかしら?なぜかしら?』
「それは……!や、優しいんです……。エスペルもシールラも、私を醜い出来損ないなんて言いません。私に普通に接してくれる。汚いものみたいに見下したりしない!」
『あら、セラフィムはそんなにあなたを見下していたかしら?』
分かってるくせに、とライラはガブリエルを睨みつけた。なんて白々しいんだろう。
「ええ、そうです!私、こんな風に優しくされたこと初めてで……。すごく、幸せで……!」
『だからセラフィムの元には戻りたくないの?』
「また嫌われ者の私に戻るのなんていや!ここに、エスペルのそばに居れば、幸せでいられるもの!」
『そう、でも、人間と一緒にいても未来はありませんわよ。彼らはもうすぐ滅びるのですから』
「さ、先のことまで考えていません。私はただ、今日生きるために目の前の敵と戦ってるだけでっ!」
『先?人間の滅びの時はもう目前ですわ』
「じゃあ戻ったらセラフィムは私を許すんですか?そんなわけないって知ってます私!」
『うふふ。そうね、許さないかもしれないわね』
「殺されに戻るなんてまっぴらです。セラフィムなんて……嫌い!」
『あらあら。まあ、あなたがセラフィムたちを恨む気持ちは分かりましたわ。
でも……あなたは神様まで、裏切れますの?』
ライラは心臓を鷲掴みにされたような心地がした。ライラの明らかな狼狽に、ガブリエルは非情な笑みを浮かべた。
『あの男はおそらく、人間を救うために動いているのでしょう』
「に、人間が人間を救いたいって思うのは当然です……」
『じゃあ、人間を救うためには、どうすればいいかしら?』
「それは……」
喉がカラカラに乾いてきた。体が震え出す。
『よく考えれば分かることですわ。気づかないふりをしていたんですの?』
「や、やめて下さいガブリエル様……」
ライラは泣きそうな顔で懇願する。
『人間を救うためには……』
「言わないで下さい!」
『あなたに神を、殺せるかしら?』
「お願いやめて!!!」
ライラは耳を抑えて絶叫した。
ガブリエルは悪魔のように微笑んだ。
『うふふ、いい声。よくよく、お考えになってね、ライラさん』
ガブリエルの写し姿は、霧のように消えてなくなった。
ライラは一人、己の身を抱えた。青ざめ、両腕で自分を抱き、震える。
「ああ、神様……!エスペル……。私はどうすればいいの……?私は、どうしたいの……?」




