第21話 もう一人のつむ丸
講義が終わる。
同時に。
スマホを開いた。
『今どこ』
つむ丸。
既読。
すぐ。
『りりの家!』
『一人?』
『りりいる!』
『外出るな』
『なんでだ!』
『昨日の黒いやつ』
少し。
間が空く。
『分かった!』
珍しい。
素直。
『りりにも言って』
『言った!』
『くまどんにも連絡する』
『クマは仕事だろ!』
『終わったら』
『分かった!』
俺は。
スマホを閉じる。
昨日。
黒い影。
五秒。
左手。
今日。
後ろから。
つむ丸と同じ声。
偶然。
とは。
思えなかった。
*
夕方。
りりの家。
玄関を開けた瞬間。
「遅い!」
「大学あったから」
「走れ!」
「嫌だよ」
「緊急事態だぞ!」
「じゃあお前が来いよ」
「外出るなって言ったの誰だ!」
「俺」
「じゃあ無理だろ!」
「知ってる」
「腹立つ!」
いつもの。
つむ丸。
少し。
安心する。
「たかし」
りりが奥から出てくる。
「何?」
「これ」
スマホ。
画面。
「…………」
SNS。
投稿。
『駅前につむ丸いた?』
「何これ」
「今日」
「どこの駅?」
「ここから近いところ」
「つむ丸行った?」
「行ってない!」
「ずっと家にいた」
りりが言う。
「じゃあ別人じゃない?」
「俺は一人だ!」
「知らないよ」
「唯一無二だ!」
「急に格好つけるな」
「格好いいだろ!」
「今そこじゃない」
りりが画面をスクロールする。
別の投稿。
『さっきつむ丸っぽいの見た』
『一人で歩いてた』
『声かけたら逃げた』
「…………」
写真は。
ない。
「見間違いじゃない?」
俺が言う。
「ぼくもそう思った」
「じゃあ」
「でも」
りりが。
次を見せる。
短い動画。
画質が悪い。
遠い。
人の足元。
その間。
小さい。
何か。
「…………」
ウサギ。
多分。
耳。
片方。
少し長い。
「つむ丸」
俺が言う。
「俺じゃない!」
「分かってる」
「俺、こんな歩き方しない!」
「そこ?」
「もっと堂々としてる!」
「そこなんだ」
動画。
数秒。
小さなウサギみたいなものが。
人の間を歩いて。
画面の外へ。
消える。
「これ」
りりが言う。
「今日の昼」
「つむ丸が声聞いたのは?」
「その少し前」
つむ丸が答える。
「どこ?」
「窓の近く!」
「家の?」
「おう!」
「何て聞こえた?」
「…………」
「つむ丸?」
「最初は」
少し。
声が小さくなる。
「りりって」
「…………」
「呼んだ」
りりが。
止まる。
「ぼくを?」
「おう」
「つむ丸の声で?」
「俺と同じ声だった」
「それで?」
「窓見た」
「いた?」
「いなかった」
「そのあと?」
「…………」
「何て?」
つむ丸が。
自分の耳を触る。
「りりならいけるって」
「…………」
部屋が。
静かになった。
「それ」
俺が言う。
「何?」
「他の人知ってる?」
「何を?」
「その言葉」
「動画で言ってたっけ?」
りりが聞く。
「言ってないと思う」
つむ丸が言う。
「俺が普段言ってるだけだ!」
「じゃあ」
俺は。
続けようとして。
やめた。
言葉。
声。
見た目。
少しずつ。
つむ丸に。
近づいてる。
*
「これ」
くまどんが言った。
夜。
りりの家。
仕事終わり。
テーブルの上。
スマホ。
動画。
投稿。
つむ丸。
「俺じゃない!」
「分かってる」
「何回言わせる!」
「誰も疑ってない」
「じゃあいい!」
くまどんが。
動画をもう一度見る。
「耳」
「何?」
「似てる」
「俺の方が格好いい!」
「はいはい」
「適当!」
「でも」
くまどんが止める。
「まだ違う」
「何が?」
俺が聞く。
「形」
「形?」
「よく見ろ」
画面。
拡大。
ぼやける。
「耳の長さ」
「つむ丸と同じじゃない?」
りりが言う。
「片方長いのは同じ」
「うん」
「でも」
くまどんが。
画面の中のウサギを見る。
それから。
本物のつむ丸を見る。
「左右が逆」
「…………」
「ほんとだ」
俺が言う。
「俺の偽物!」
つむ丸が叫ぶ。
「まだ偽物って決まってない」
「じゃあ何だ!」
くまどんが。
少し黙る。
「…………」
「くまどん?」
りりが言う。
「何?」
「知ってる?」
「…………」
「さっきから」
くまどんを見る。
「いつもより静か」
「俺だって静かな時ある」
「ない」
「あるよ」
「今みたいな時だけ」
「…………」
くまどんが。
ため息をついた。
「確定じゃない」
「うん」
「俺も直接見たことない」
「じゃあ何?」
「聞いたことはある」
「何を?」
少し。
間。
「マネー」
「マネー?」
俺が聞く。
「金?」
「違う」
「じゃあ何?」
「オリジナルを」
くまどんが言う。
「真似するやつ」
「…………」
つむ丸が。
動かなくなった。
「真似?」
りりが聞く。
「見た目とか」
「うん」
「声とか」
「…………」
「喋り方とか」
「それも?」
「よく使う言葉とか、癖みたいなもんまで真似るって聞いた」
「…………」
「でも」
くまどんが続ける。
「だからって、そいつが同じ記憶を持ってるとは限らない」
「記憶?」
俺が聞く。
「俺もそこまでは知らない」
「じゃあ」
りりが言う。
「『りりならいける』も」
「言葉だけなら」
くまどんが答える。
「真似できるのかもしれない」
「…………」
「意味まで分かってるかは、別だろ」
つむ丸が。
何も言わない。
「なんで?」
りりが聞く。
「何が?」
「なんで真似するの?」
「知らない」
「また?」
「知らないもんは知らない」
「何のために?」
「そこまでは知らない」
「でも」
俺は言う。
「名前知ってるじゃん」
「噂だよ」
「噂?」
「オリジナルの間で」
くまどんが。
ポテトに手を伸ばす。
止めた。
「自分と同じやつを見た、とか」
「…………」
「知らない場所で自分がいたって言われた、とか」
「…………」
「そういう話」
りりが。
つむ丸を見る。
「その人たち」
「何?」
「どうなったの?」
「…………」
くまどんが。
答えない。
「くまどん」
「分かんない」
「ほんと?」
「最後まで聞いたことない」
「…………」
「ただ」
「何?」
「いい話ではなかった」
誰も。
何も言わなかった。
*
「じゃあ」
つむ丸が言う。
「昨日の黒いやつが」
「多分」
くまどんが答える。
「そのマネー?」
「可能性はある」
「俺に触ったから?」
「それも多分」
「…………」
「触った相手を真似る」
「なんで分かる?」
「そういう噂がある」
「どれくらい?」
「何が?」
「触ったら全部俺になるのか!」
「知らない」
「役立たない!」
「悪かったな」
「でも」
俺が言う。
「まだ完全じゃないんだろ」
「多分な」
「耳、逆だし」
「そう」
「声は?」
「かなり似てた!」
つむ丸が言う。
「言葉まで?」
りりが聞く。
「『りりならいける』」
「…………」
くまどんが。
少し考える。
「普段よく使う言葉なら」
「何?」
「接触した時に、口調とか癖と一緒に拾ったのかもな」
「じゃあ」
俺は聞く。
「記憶も?」
「それは」
くまどんが。
つむ丸を見る。
「分かんない」
「…………」
「でも」
「何?」
「見た目と声が似てるからって」
一度。
止まる。
「そいつがつむ丸になるわけじゃないだろ」
「当たり前だ!」
つむ丸が即答する。
「俺は俺だ!」
「うん」
「耳の向きも間違ってる!」
「そこ重要?」
「重要だ!」
「じゃあ」
りりが言った。
「見つけたら分かるね」
「何が?」
「どっちがつむ丸か」
「当たり前だろ!」
「うん」
「俺を間違えるなよ!」
「間違えない」
りりの返事。
早かった。
「…………」
つむ丸が。
少しだけ。
黙った。
「何だ!」
「何も言ってない」
「何か言え!」
「面倒」
「クマみたいなこと言うな!」
「俺いるけど」
くまどんが言う。
「じゃあ本人に言う!」
「やめて」
*
それから。
しばらく。
投稿を探した。
「これ違う?」
「ぬいぐるみ」
「これは?」
「普通のウサギ」
「これ」
「くまどん」
「俺じゃん」
「これも似てる」
「猫だろ」
「耳ある」
「全部同じに見えてる?」
「眠い」
「寝ろよ」
「まだ」
俺は。
検索欄。
つむ丸。
名前。
画像。
動画。
見ていく。
昨日までなら。
再生数。
コメント。
フォロワー。
増えているのを見れば。
少し嬉しかった。
今は。
同じ名前が出るたび。
少しだけ。
嫌だった。
「たかし」
つむ丸が言う。
「何?」
「これ!」
スマホ。
「何?」
「俺じゃない!」
「分かってる」
「違う!」
「何が?」
「これ!」
投稿。
『つむ丸いた!』
写真。
遠い。
でも。
今までより。
はっきりしている。
「…………」
ウサギ。
片方だけ長い耳。
目。
少し。
高さが違う。
腕。
短い。
かなり。
似ている。
「これ」
りりが。
画面へ近づく。
「今日?」
「一時間前」
「場所」
俺が読む。
「駅前」
「近い」
くまどんが言った。
「…………」
写真の中。
もう一人の。
つむ丸。
こっちを。
見ているように見えた。
「つむ丸」
「何だ!」
「今ここにいるよな」
「いるだろ!」
「うん」
「触れるだろ!」
「触らないけど」
「触れ!」
「嫌」
「確認しろ!」
「うるさい」
「俺だ!」
「知ってる」
「ほんとに?」
その一言だけ。
少し。
声が小さかった。
俺は。
つむ丸を見る。
片方だけ長い耳。
高さの違う目。
短い腕。
うるさい。
面倒。
りりのことになると。
もっと面倒。
「つむ丸」
「何だ!」
「お前だよ」
「…………」
「何が?」
「別に」
「何だそれ!」
「うるさい」
「適当!」
いつもの。
つむ丸。
俺は。
もう一度。
スマホを見る。
写真の中。
よく似た。
別の何か。
その投稿には。
もう一つ。
コメントが付いていた。
『さっき喋ってたよ』
その下。
『「りりならいける」って』
「…………」
つむ丸は。
何も言わなかった。




