第19話 つむ丸、バズる
次の日。
昼休み。
スマホが震えた。
りり。
『見て』
短い。
リンク。
昨日投稿した。
つむ丸の動画。
「…………」
再生数。
昨日の夜に見た時より。
かなり増えている。
コメントも。
『このウサギ好き』
『うるさいのに嫌いになれない』
『耳の左右違うのじわる』
『腕短いのかわいい』
『りりの最初のファンって設定じゃなくてガチなの?』
『もっと出して』
『このウサギ名前なんだっけ』
『つむ丸』
『つむ丸覚えた』
「…………」
覚えた。
その言葉。
少し。
気になった。
『増えてる』
りりに送る。
すぐ返ってくる。
『つむ丸うるさい』
『なんで』
『朝からずっと見てる』
『想像できる』
『今も見てる』
『仕事は』
『今日は休み』
『じゃあもっと見る』
『それは止めて』
少しして。
またメッセージ。
今度は。
つむ丸。
『見たか!!!』
『見た』
『俺の時代だ!!!』
『昨日も言ってた』
『今日は本当に来た!』
『まだ早い』
『何回言わせる!』
『何を』
『見る目ないな!』
同じだ。
俺はスマホを閉じた。
でも。
少しだけ。
笑った。
*
夕方。
カラオケ店。
「再生数!」
休憩室に入った瞬間。
つむ丸が叫ぶ。
「増えた!」
「知ってる」
「コメント!」
「増えた」
「フォロワー!」
「増えた」
「俺!」
「うるさい」
「なんでだ!」
つむ丸がテーブルの上を歩き回る。
右手。
昨日より。
さらに戻っていた。
ほとんど。
反対の手と変わらない。
「つむ丸」
りりが言う。
「何だ!」
「手」
「手?」
「見て」
「…………」
つむ丸が止まる。
右手を見る。
「おお!」
「戻ってる」
「俺すごい!」
「そこ?」
「俺の力だ!」
「違うと思う」
「じゃあ人気の力!」
「それも半分くらい違う気がする」
くまどんが言う。
「細かい!」
「大事だろ」
「戻ったんだからいい!」
つむ丸が。
右手を振る。
ぐるぐる。
何度も。
「戻った!」
また言った。
「よかったね」
りりが言う。
「おう!」
「ほんとに」
「当たり前だ!」
声が。
少しだけ。
小さかった。
*
「で」
俺はパソコンを開く。
「次」
「まだやるのか!」
「嫌?」
「やる!」
「即答」
「俺の時代だからな!」
「まだ言うんだ」
りりが笑う。
「何撮る?」
「今日は二人」
「誰と誰だ!」
「つむ丸とくまどん」
「なんで俺?」
くまどんが聞く。
「反応いいから」
「俺の?」
「二匹の」
「俺一人じゃないんだ」
「一人だと食ってるだけだろ」
「失礼だな」
「事実」
「ポテト食べていい?」
「撮影終わってから」
「厳しい」
「仕事だから」
「いつから仕事になった?」
「今」
「勝手だな」
くまどんが。
仕方なさそうに。
つむ丸の横へ座る。
「何する!」
つむ丸が聞く。
「質問」
「何の?」
「コメントに来てるやつ」
「俺への質問!?」
「そう」
「ついに!」
「うるさい」
「質問される側だぞ!」
「聞こえてる」
「有名人みたいだ!」
「まだ有名じゃない」
「言うな!」
スマホを構える。
「じゃあ一個目」
「来い!」
「好きな食べ物」
「りりが作った――」
「食べ物」
「…………」
「間違えた?」
「違う!」
「じゃあ何」
「ハンバーグ!」
「前ポテト食ってたじゃん」
「ハンバーグも好きだ!」
「節操ないな」
「クマに言われたくない!」
「俺はポテト一筋」
「それもどうなんだ」
「二個目」
りりがコメントを読む。
「耳の長さが違うのは、わざとですか?」
「…………」
つむ丸が。
自分の耳を触る。
「りりが作ったからだ!」
「答えになってない」
「これが答えだ!」
「じゃあ」
俺が言う。
「気に入ってる?」
「当たり前だ!」
「なんで?」
「なんでって」
「うん」
「りりが作ったからだ!」
「同じじゃん」
「同じでいい!」
「…………」
「俺はこれがいいんだ!」
一瞬。
静かになった。
りりが。
つむ丸を見る。
「そっか」
「おう!」
「じゃあ次」
「早い!」
「何?」
「今ちょっといいこと言っただろ!」
「そう?」
「言った!」
「じゃあそこ使う」
「もっと褒めろ!」
「次の質問」
「聞け!」
録画。
続行。
*
夜。
投稿。
今回の動画は。
十八秒。
『耳の長さが違うのは、わざとですか?』
『りりが作ったからだ!』
『気に入ってる?』
『当たり前だ!』
『なんで?』
『りりが作ったからだ!』
『同じじゃん』
『同じでいい!』
『俺はこれがいいんだ!』
最後。
くまどん。
『はいはい』
終了。
「最後いる?」
りりが聞く。
「いる」
「なんで?」
「くまどんっぽい」
「俺っぽいって何?」
「諦め」
「失礼」
投稿。
少し。
待つ。
一分。
二分。
五分。
「更新!」
つむ丸が言う。
「早い」
「もう五分だ!」
「まだ五分だ」
「更新!」
「うるさい」
りりがスマホを見る。
「増えてる」
「ほんとか!」
「うん」
「どれくらい!」
「さっきより」
「それは分かる!」
「じゃあ自分で見て」
「見せろ!」
「はい」
スマホ。
つむ丸。
画面。
「…………」
止まった。
「どうした?」
俺が聞く。
「増えてる」
「うん」
「さっきより」
「うん」
「いっぱい」
「語彙消えた?」
「うるさい!」
コメント。
『これ普通にいい話じゃん』
『耳の長さ違うの急に好きになった』
『りりが作ったからで全部押し切るの強い』
『このウサギ、自己肯定感高すぎる』
『つむ丸かわいい』
『くまどんの「はいはい」まで含めて好き』
『もっと二匹見たい』
「…………」
つむ丸が。
黙って読む。
「何?」
りりが聞く。
「別に!」
「声大きい」
「普通だ!」
「ほんと?」
「ほんと!」
でも。
少しだけ。
右手を見た。
もう。
ほとんど透けていない。
*
翌朝。
起きて。
スマホを見る。
「…………」
通知。
多い。
いつもより。
かなり。
動画。
再生数。
昨日の何倍か。
コメントも。
さらに増えている。
フォロワーも。
増えている。
「くまどん」
「何?」
座椅子。
寝てる。
「起きろ」
「嫌」
「動画」
「後で」
「つむ丸」
「後で」
「バズってる」
「…………」
くまどんが。
目を開ける。
「どれくらい?」
「昨日よりかなり」
「へえ」
「反応薄くない?」
「朝だから」
「そういうもん?」
「そういうもん」
スマホが鳴る。
りり。
『起きて』
『起きてる』
『つむ丸止まらない』
『何が』
『喋るのが』
『いつもじゃん』
『今日は倍』
『うるさそう』
また。
メッセージ。
つむ丸。
『たかし!!!』
『何』
『来た!!!』
『何が』
『俺の時代!!!』
『まだ言ってる』
『見ろ!!!』
スクリーンショット。
再生数。
コメント。
フォロワー。
確かに。
今までとは違う。
『すごいな』
送る。
数秒。
既読。
『だろ!!!』
『うるさい』
『褒めろ!!!』
『すごい』
『気持ちがない!』
『すごいすごい』
『雑!!!』
また。
画面を見る。
コメント。
『このウサギもっと見たい』
『つむ丸単体のアカウント欲しい』
『ぬいぐるみなのに喋ってるの今更だけど何?』
『この子オリジナル?』
『オリジナルってこういう感じなんだ』
『りりよりつむ丸目当てで見に来てる』
「…………」
最後。
少し。
引っかかった。
『りりよりつむ丸目当てで見に来てる』
昨日まで。
つむ丸は。
りりを有名にするために。
自分は出なくていいと言っていた。
今は。
つむ丸を見るために。
人が集まり始めている。
俺は。
そのコメントを。
もう一度見る。
スマホが鳴る。
つむ丸。
『今日も撮るぞ!!!』
『元気だな』
『当たり前だ!!!』
『手は』
少し。
間。
写真。
右手。
もう。
透けていない。
『完全復活!!!』
「…………」
よかった。
普通に。
そう思った。
『よかったな』
『おう!!!』
少しして。
『たかし』
『何』
『やっぱり俺の時代だな!』
『一回バズっただけ』
『なんでそういうこと言う!!!』
俺は。
少し笑った。
*
その日の夜。
カラオケ店からの帰り。
つむ丸は。
りりのバッグから顔だけ出していた。
「今日も増えた!」
「知ってる」
「明日はもっと増える!」
「多分ね」
「俺の時代は続く!」
「はいはい」
りりが言う。
「反応薄くないか!」
「眠い」
「まだ早い!」
「疲れた」
「じゃあ寝ろ!」
「歩いてる」
「俺が代わりに歩く!」
「無理」
「なんでだ!」
いつも通り。
右手も。
戻った。
声も。
でかい。
何も。
問題ない。
そう。
思っていた。
交差点。
信号。
赤。
俺たちは止まる。
向かい側。
人。
人。
人。
その間。
黒い。
何か。
「…………」
目が止まった。
影?
人の足元。
違う。
もっと。
形がない。
煙みたいな。
黒い。
何か。
「たかし?」
りりが聞く。
「何?」
「見てる」
「いや」
もう一度。
向かい側を見る。
「…………」
ない。
「何でもない」
「そう?」
「うん」
信号が。
青になる。
「行くぞ!」
つむ丸が言う。
「おう」
歩き出す。
でも。
一度だけ。
振り返った。
何も。
いなかった。
気のせい。
多分。
その時は。
そう思った。




