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ラブミーくまどん! ~ある日、クマがうちに住み着いた~  作者: 雫石ぶた丸


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第17話 消える

「りり」


 つむ丸が言った。


「何?」


「俺、今日も行くぞ!」


「どこに?」


「カラオケ!」


「いつも来てるじゃん」


「今日は特別だ!」


「何が?」


「分からん!」


「分からないんだ」


 カラオケ店。


 夕方。


 いつもの受付前。


 俺はパソコンを操作しながら。


 二人の会話を聞いていた。


「つむ丸」


「何だ!」


「今日は動画撮らないよ」


「知ってる!」


「じゃあ何するの?」


「応援!」


「何を?」


「全部!」


「便利だな、それ」


 りりが少し笑う。


 あれから。


 事務所の話はまだ決まっていない。


 りりは考えると言った。


 つむ丸も。


 その話には触れなくなった。


 触れなくなっただけで。


 気にしていないわけではない。


 多分。


「たかし!」


「何?」


「今日のりりの調子はどうだ!」


「まだ歌ってないだろ」


「見れば分かる!」


「俺には分からない」


「見る目ないな!」


「最近それ流行ってる?」


「事実だ!」


 つむ丸が胸を張る。


 いつも通り。


 うるさい。


 それでいい。


 そう思っていた。


*


 二時間後。


 十五号室。


 りりが歌っている。


 俺は壁際。


 くまどんはソファ。


 つむ丸はテーブルの上。


 いつもの位置。


 歌が終わる。


「どうだった?」


 りりが聞く。


「よかった!」


 つむ丸が即答する。


「どこが?」


「全部!」


「またそれ」


「全部いいんだから仕方ない!」


「参考にならない」


「褒めてるのに!」


 くまどんがポテトを食べる。


「ちゃんと聞いてた?」


「聞いてた」


「感想は?」


「二曲目の方が好き」


「なんで?」


「なんとなく」


「使えない」


「お前に言われたくない」


「誰に言ってるの?」


「たかし」


「俺?」


「流れで」


「雑だな」


 りりが笑う。


 その横で。


「じゃあ次!」


 つむ丸が立ち上がる。


「もう一回歌え!」


「休憩」


「まだいける!」


「ぼくが休憩するの」


「…………」


「つむ丸?」


「なら休め!」


「急に素直」


「体は大事だからな!」


「はいはい」


 りりが水を飲む。


 つむ丸はテーブルの端まで歩いて。


「俺も――」


 そこで。


 止まった。


「…………」


「何?」


 りりが聞く。


 つむ丸が。


 自分の手を見る。


「何だこれ」


「どうした?」


 俺も見る。


「手?」


「…………」


 一瞬。


 意味が分からなかった。


 つむ丸の右手。


 その先。


 テーブルが。


 透けて見えていた。


「…………え?」


 俺が立ち上がる。


「つむ丸」


 りりの声。


「何だこれ!」


 つむ丸が叫ぶ。


 右手を振る。


 でも。


 戻らない。


 毛糸でできたはずの腕が。


 薄い。


「くまどん」


「分かってる」


 くまどんが立ち上がる。


 いつもの。


 面倒そうな顔。


 でも。


 声が違った。


「つむ丸、動くな」


「なんでだ!」


「いいから」


「でも!」


「動くな」


「…………」


 つむ丸が止まる。


 りりが近づく。


「触っていい?」


「知らん!」


「触るね」


「お、おう」


 りりが。


 つむ丸の右手に触れる。


「…………」


「ある?」


 俺が聞く。


「ある」


「ほんと?」


「うん」


 りりの指は。


 つむ丸の腕に触れている。


 でも。


 見た目は。


 明らかに薄い。


「何これ」


 りりが言う。


「くまどん」


「…………」


「知ってる?」


 くまどんが。


 少しだけ黙った。


「多分」


「多分?」


「見たことある」


「誰で?」


「他のオリジナル」


「…………」


 部屋が。


 急に静かになった。


*


「オリジナルは」


 くまどんが言う。


「たまに不安定になる」


「不安定?」


 俺が聞く。


「存在が」


「もっと分かるように言え」


「難しいんだよ」


「適当に言ってない?」


「こういう時に適当に言わない」


「…………」


 それは。


 少し怖かった。


 くまどんが。


 ちゃんと話している。


「オリジナルって」


 くまどんが続ける。


「人に認識されてることで、こっちに存在しやすくなるんだよ」


「認識?」


「知ってるとか」


「うん」


「覚えてるとか」


「うん」


「好きだとか」


「…………」


「そういうの」


 俺はつむ丸を見る。


「じゃあ」


「何?」


「最近フォロワー増えてるじゃん」


「うん」


「つむ丸も動画出てる」


「そうだな」


「コメントもある」


「あるな」


「じゃあなんで薄くなるんだよ」


「知らない」


「知らないの?」


「全部分かってるわけじゃない」


「役立たないな」


「悪かったな」


 くまどんがつむ丸を見る。


「でも」


「何?」


「単純に人数の問題じゃない」


「人数?」


「フォロワー何人いれば生きられる、とかじゃない」


「…………」


「そんな単純だったら楽なんだけどな」


 りりがつむ丸の手を握ったまま。


 くまどんを見る。


「じゃあ何?」


「どう認識されてるか」


「どう?」


「自分として見られてるか」


「…………」


「そういうのが大事なんだと思う」


「思う?」


「俺も専門家じゃない」


「専門家いるの?」


「いるんじゃない?」


「そこ知らないんだ」


「全部俺に聞くなよ」


 いつもの。


 少し適当なくまどん。


 でも。


 つむ丸の腕から目を離さない。


「それと」


 くまどんが言った。


「何?」


「つむ丸」


「俺?」


「最近、自分で自分のこと、いらないとか思わなかった?」


「…………」


 つむ丸が黙った。


「なんで黙るんだよ」


 俺が聞く。


「黙ってない!」


「黙ってた」


「考えてただけだ!」


「何を?」


「…………」


 つむ丸が。


 りりを見る。


「俺が出なくても」


「…………」


「りりが歌えれば、それでいいって」


「それ?」


 りりが聞く。


「分からない」


 くまどんが答えた。


「でも」


 つむ丸を見る。


「オリジナルは、他人からどう見られてるかだけじゃなくて」


「…………」


「自分で自分をどう思ってるかも、結構大事なんだと思う」


「俺が」


 つむ丸が言う。


「俺を?」


「多分な」


「…………」


「自分が何なのか分かんなくなったり」


 くまどんが続ける。


「自分なんていなくていいって、本気で思ったり」


「…………」


「そういうのも、存在を不安定にすることがある」


 つむ丸が。


 薄くなった右手を見る。


「じゃあ」


「何?」


「俺のせい?」


「そういう話じゃない」


 くまどんの返事は早かった。


「誰か一人のせいとかじゃない」


「…………」


「いろんなもんが重なってるんだと思う」


 つむ丸が黙る。


「俺」


 少しして。


 言った。


「消えるのか?」


「…………」


 誰も。


 すぐに答えなかった。


「消えないよ」


 りりが言った。


 早かった。


「…………」


「消えない」


「でも」


「消えない」


「りり」


「消えないから」


 つむ丸が黙る。


「くまどん」


 りりが言う。


「戻る?」


「戻ることもある」


「ほんと?」


「ある」


「じゃあ戻す」


「…………」


「どうすればいい?」


 くまどんは。


 少し考える。


「認識を安定させる」


「どうやって?」


「だから」


「うん」


「つむ丸を、つむ丸として見てもらう」


「…………」


 りりが。


 つむ丸を見る。


 片方だけ長い耳。


 高さの違う目。


 不揃いな腕。


 薄くなっている右手。


「それなら」


 俺が言う。


「もっと有名にすればいいんだろ?」


「たかし」


「何?」


「つむ丸をもっと見てもらえばいい」


「…………」


「動画作って」


 りりが言う。


「作る」


「いっぱい」


「作る」


「ライブでも、つむ丸のこと話す」


「うん」


「SNSでも」


「うん」


 つむ丸が慌てる。


「待て!」


「何?」


「そこまでしなくていい!」


「なんで?」


「りりの活動だろ!」


「だから?」


「俺のために使うな!」


「何を?」


「時間!」


「…………」


「俺のために」


 つむ丸が言う。


「りりの歌う時間減らすな!」


「減らさない」


「減る!」


「減らさない」


「でも!」


「うるさい」


「…………」


 りりが。


 つむ丸を持ち上げる。


「ぼくが決める」


「…………」


「勝手に決めないでって言った」


「…………」


「忘れた?」


「覚えてる」


「じゃあ黙って」


「…………」


「今は」


 つむ丸が。


 少しだけ俯く。


「分かった」


*


 それから。


 一時間くらい。


 つむ丸の右手は。


 薄いままだった。


 消えはしない。


 でも。


 戻りもしない。


「帰る」


 りりが言った。


「練習は?」


 俺が聞く。


「今日は終わり」


「まだ時間あるぞ!」


 つむ丸が言う。


「終わり」


「でも!」


「帰る」


「…………」


 つむ丸が黙る。


「送ろうか?」


「大丈夫」


「ほんと?」


「うん」


「じゃあ駅まで」


「うん」


 くまどんも立ち上がる。


「俺も行く」


「珍しい」


 俺が言う。


「たまには」


「ポテトは?」


「持ってく」


「そこは置いてけよ」


「嫌」


 部屋を出る。


 りりは。


 つむ丸を抱えたまま。


 一度も下ろさなかった。


*


 駅までの道。


 誰も。


 あまり喋らなかった。


 つむ丸も。


 珍しく静か。


「なあ」


 俺がくまどんに小さく聞く。


「何?」


「ほんとに戻るんだよな」


「…………」


「くまどん」


「戻ることはある」


「それじゃなくて」


「何?」


「つむ丸は」


「分かんない」


「…………」


「嘘ついても仕方ないだろ」


「そうだけど」


「でも」


 くまどんが前を見る。


 りり。


 その腕の中。


 つむ丸。


「まだ消えるって決まったわけじゃない」


「うん」


「今できることやればいい」


「…………」


「たかし」


「何?」


「顔怖いぞ」


「この顔しかない」


「それ俺の」


「借りた」


「返せ」


「嫌」


 少しだけ。


 いつもの調子。


 でも。


 笑えなかった。


*


 駅前。


「じゃあね」


 りりが言う。


「うん」


「明日」


「何?」


「動画」


「撮る?」


「撮る」


「つむ丸も?」


「もちろん」


「俺はいい!」


「よくない」


「でも!」


「明日」


「…………」


「来るよね?」


 つむ丸は。


 少しだけ黙って。


「行く!」


「うん」


「絶対行く!」


「知ってる」


 りりが笑った。


 つむ丸も。


 いつものように。


 胸を張った。


 でも。


 右手は。


 まだ。


 少し透けていた。


*


 その日の夜。


 家。


 俺はパソコンを開いていた。


「何してるの?」


 くまどんが聞く。


「動画」


「まだ撮ってないじゃん」


「前のやつ」


「何するの?」


「まとめる」


「何を?」


「つむ丸」


「…………」


 これまで撮った動画。


 早口言葉。


 クッキー。


 喧嘩。


『次は絶対勝つからな!』


 つむ丸。


 うるさい。


 負けず嫌い。


 りりのことになると。


 もっと、うるさい。


「たかし」


「何?」


「無理すんなよ」


「してない」


「そう」


「暇だから」


「…………」


「何?」


「別に」


 くまどんが。


 俺の横に座る。


 画面を見る。


 しばらく。


 何も言わなかった。


 俺も。


 何も言わなかった。


 ただ。


 動画の中で。


 つむ丸は。


 いつも通り。


 大きな声で笑っていた。


 それを見ながら。


 俺は。


 初めて。


 思った。


 消えるなよ。


 そう。


 思った。

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