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ラブミーくまどん! ~ある日、クマがうちに住み着いた~  作者: 雫石ぶた丸


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第16話 つむ丸を外してください

「つむ丸さんについてです」


 森さんが言った。


「俺?」


 つむ丸が自分を指差す。


「はい」


「何だ!」


 まだ。


 少し嬉しそうだった。


 自分も何か褒められると思っているのかもしれない。


 森さんは一度。


 りりを見る。


「先に言っておくと」


「はい」


「つむ丸さんが悪い、という話ではありません」


「俺は悪くないぞ!」


「知ってる」


 俺が言う。


「今は黙ってろ」


「なんでだ!」


「大事な話だから」


「…………」


 つむ丸が座る。


 森さんは少しだけ困ったように笑った。


「動画も見ています」


「はい」


「つむ丸さんと、くまどんさんが出ているものも」


「俺の勝負のやつか!」


「そうです」


「あれは俺が勝って――」


「負けてた」


「クマ!」


「静かに」


 りりが言う。


「…………はい」


 二匹とも止まった。


「正直に言うと」


 森さんが続ける。


「動画としては、すごく面白いです」


「ほら!」


 つむ丸が立ち上がる。


「静かに」


「はい」


「コメントも増えていますし」


 森さんが資料を見る。


「りりさん本人を知ってもらう入口として、かなり良かったと思います」


「じゃあ」


 りりが言う。


「何が問題なんですか?」


「問題というより」


 森さんが少し言葉を選ぶ。


「これから先の話です」


「これから?」


「はい」


 テーブルの上。


 資料。


 数字。


 今後の活動案。


 俺にはよく分からないグラフ。


「今は」


 森さんが言う。


「りりさん本人と、つむ丸さんたちが一緒に見られています」


「はい」


「でも、活動を大きくしていくなら」


 一度。


 止まる。


「誰を中心に見せるのかを、はっきりさせた方がいいです」


「誰を?」


「りりさんです」


「…………」


「もちろん」


 森さんは続ける。


「くまどんさんや、つむ丸さんが動画に出ること自体が悪いわけじゃありません」


「じゃあいいじゃん」


 つむ丸が言う。


「ただ」


 森さんがつむ丸を見る。


「りりさんを、歌を中心に活動する形で売り出していくなら」


「…………」


「少なくとも最初は、りりさん一人を前に出した方がいいと思っています」


 静かになった。


「一人?」


 りりが聞く。


「はい」


「つむ丸は?」


「動画に出る回数を減らしてもらう」


「…………」


「宣材や告知では、りりさん本人を中心にする」


「…………」


「そういう形です」


「たまになら出てもいい?」


 つむ丸が聞く。


「企画によっては」


「たまに?」


「はい」


「…………」


 つむ丸が。


 動かなくなった。


*


「なんで?」


 りりが聞いた。


 声は。


 いつも通り。


 でも。


 少しだけ低い。


「理由はいくつかあります」


 森さんが答える。


「まず」


 資料を一枚めくる。


「最近の反応を見ると、りりさん一人の歌動画の方が、歌への反応が良いです」


「…………」


「もちろん、動画の内容が違うので単純比較はできません」


 ちゃんと言うんだ。


 そこは少し。


 意外だった。


「ただ」


「はい」


「りりさんの歌を見たい人と、キャラクターとの掛け合いを見たい人が、少し分かれ始めています」


「それがダメ?」


「ダメではありません」


 森さんが首を振る。


「でも、最初にどういう人なのかを分かりやすくした方が、新しく知った人には伝わりやすいです」


「歌う人」


「そうです」


「ぼくは歌う人」


「はい」


「じゃあ」


 りりがつむ丸を見る。


「つむ丸がいたら、歌う人じゃなくなる?」


「そういう意味ではありません」


「でも外すんですよね」


「…………」


 森さんが一瞬。


 黙った。


「そうですね」


 曖昧にしなかった。


「少なくとも最初の段階では」


 森さんは少しだけ言葉を選ぶ。


「つむ丸さんを、活動の中心から外してほしいと思っています」


「…………」


 つむ丸は。


 何も言わない。


*


「見た目?」


 りりが言った。


「え?」


「つむ丸の」


「…………」


「見た目も関係ありますか?」


 森さんが黙る。


 少しだけ。


 その沈黙で。


 答えが分かった。


「あります」


 森さんが言う。


「正直に言えば」


「…………」


「あります」


 つむ丸を見る。


 片方だけ少し長い耳。


 高さの違う目。


 不揃いな腕。


 りりが作った。


 最初のぬいぐるみ。


「SNSでも」


 森さんが言う。


「見た目についての反応は出ていますよね」


「見てたんですね」


「はい」


「悪口も?」


「見ています」


「…………」


「ただ」


 森さんは続ける。


「あのコメントが正しいと言っているわけではありません」


「じゃあ」


「でも」


 りりの言葉に重なる。


「仕事として考えた時」


 森さんが言った。


「見た瞬間にどう感じるかは、大きいです」


「…………」


「初めて見た人は」


 一度。


 つむ丸を見る。


「つむ丸さんが、りりさんにとってどういう存在か知りません」


 俺は。


 その言葉で。


 少しだけ止まった。


 確かに。


 俺たちは知っている。


 児童養護施設で。


 りりが初めて作ったこと。


 一人で歌っていた時。


 最初の観客だったこと。


 今まで。


 ずっと一緒だったこと。


 でも。


 初めて見る人には。


 ただの。


 少し不格好なウサギにしか見えない。


「だから」


 森さんが言う。


「まずはりりさんを知ってもらう」


「…………」


「そのあとで、つむ丸さんのことも知ってもらう」


「順番?」


「そうです」


「…………」


「私は、その方がいいと思っています」


*


「なるほど!」


 急に。


 つむ丸が言った。


 声が。


 いつもの大きさに戻る。


「そういうことか!」


 全員が見る。


「つむ丸?」


 りりが言う。


「なら簡単だ!」


「何が?」


「俺が出なければいい!」


「…………」


 りりが止まる。


「最初だけだろ?」


 つむ丸が森さんを見る。


「はい」


「りりが有名になったら?」


「その時は、また見せ方を考えられると思います」


「ほら!」


 つむ丸がりりを見る。


「問題ない!」


「…………」


「りりが有名になるなら!」


 胸を張る。


「俺は出なくていい!」


「つむ丸」


「なんだ!」


「ほんとに?」


「当たり前だ!」


 早い。


 早すぎる。


「俺の夢は」


 つむ丸が言う。


「りりを有名にすることだからな!」


「…………」


「俺が出ることじゃない!」


「でも」


「いい!」


「…………」


「全然いい!」


 声が大きい。


 前にも。


 似たことがあった。


 気にしてないと言う時ほど。


 少しだけ。


 声が大きい。


「じゃあ決まりだ!」


 つむ丸が言う。


「まだ決めてない」


 りりの声。


「え?」


「ぼく、まだ決めてない」


「何を?」


「所属」


「…………」


「今日決めなくていいって言われた」


「そうだけど!」


「だから」


 りりがつむ丸を見る。


「勝手に決めないで」


「…………」


「ぼくのことだから」


 つむ丸が。


 黙った。


*


 カフェを出る。


 森さんとは。


 また後日連絡することになった。


「ありがとうございました」


 りりが頭を下げる。


「こちらこそ」


 森さんも頭を下げる。


「ゆっくり考えてください」


「はい」


「つむ丸さんも」


「俺?」


「今日はすみません」


「なんで謝る!」


「…………」


「仕事なんだろ!」


 つむ丸が言う。


「りりを有名にするために考えてるんだろ!」


「はい」


「ならいい!」


「つむ丸」


 りりが呼ぶ。


「何だ!」


「行くよ」


「おう!」


 俺たちは店を出た。


*


 外。


 昼過ぎ。


 来た時より。


 少しだけ人が増えている。


「腹減った」


 くまどんが言う。


「今それ?」


 俺が聞く。


「昼過ぎてるし」

「確かに」


「飯行こうぜ!」


 つむ丸が言った。


 いつも通り。


「何食う!」

「お前食べるの?」

「食べる!」

「じゃあファミレス?」

「ポテト!」

「また?」


 くまどんが言う。


「お前に言われたくない!」

「真似すんなよ」

「俺の方が先だ!」

「何が?」


 また。


 喧嘩。


 いつも通り。


 りりだけが。


 何も言わない。


「りり」


 俺が呼ぶ。


「何?」

「どうする?」

「何が?」

「事務所」


「…………」


 歩きながら。


 りりは少し考える。


「分かんない」

「そっか」

「歌いたい」

「うん」

「オリジナル曲も」

「うん」

「やりたい」

「うん」


「でも」


 りりが前を見る。


 つむ丸。


 くまどんと喧嘩しながら。


 少し先を歩いている。


「つむ丸を外したくない」


「…………」


「そっか」

「わがまま?」

「知らない」

「そこは否定して」

「分かんないから」

「使えない」

「よく言われる」


 少し。


 りりが笑った。


「でも」


 俺は言う。


「別に今日決めなくていいんだろ」

「うん」

「じゃあ考えれば」

「うん」

「何が一番嫌なのか」

「嫌?」


「事務所断るのが嫌なのか」


「…………」


「つむ丸外すのが嫌なのか」


「…………」


「それとも」


「何?」


「歌えなくなるのが嫌なのか」


 りりが。


 足を止めた。


「…………」


「たかし」


「何?」


「そういう時だけ」


「何?」


「ちゃんと聞くよね」


「何を?」


「ぼくがどうしたいか」


「…………」


 一瞬。


 頭に。


 くまどんの声。


『で、どうしたい?』


「別に」


「出た」

「何が?」

「それ」


 りりが歩き出す。


「でも」

「何?」

「考える」

「うん」

「ちゃんと」

「そっか」


*


 ファミレス。


 つむ丸は。


 いつも通りだった。


「ポテト!」

「お前も好きになってるじゃん」

「これは違う!」

「何が?」

「今日は祝いだ!」

「何の?」

「りりが見つかった祝い!」

「まだ所属してないけど」

「細かい!」

「そこ大事だろ」


 くまどんと喧嘩する。


 りりの皿を見る。


 勝手にポテトを一本もらう。


「俺の!」

「りりのだろ」

「りりのは俺の!」

「最低」

「違う!」


 いつも通り。


 なのに。


 俺は。


 つむ丸を見てしまう。


「何だ!」

「何が?」

「さっきから見るな!」

「見てない」

「見てる!」

「じゃあ見ない」

「それも腹立つ!」

「面倒だな」

「クマみたいなこと言うな!」

「くまどんな」

「知ってる!」


 りりが少し笑った。


 でも。


 そのあと。


 つむ丸がポテトを食べながら。


 小さく。


 言った。


「……別に」


「何?」


 りりが聞く。


「俺は」

「うん」

「出なくてもいいからな」


「…………」


「ほんとに」


「…………」


「りりが歌えるなら」


 つむ丸は。


 りりを見なかった。


「それでいい」


「…………」


 りりも。


 何も言わなかった。


 くまどんも。


 ポテトを食べる手を止めていた。


 俺は。


 何となく。


 分かってしまった。


 つむ丸は。


 りりのためなら。


 本当に、自分はいらないと言えてしまう。


 多分。


 だからこそ。


 りりは。


 それを聞きたくなかったんだと思う。

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