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ラブミーくまどん! ~ある日、クマがうちに住み着いた~  作者: 雫石ぶた丸


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15/25

第15話 チャンス

「メール来た」


 りりが言った。


「メール?」

「うん」


 カラオケ店。


 夕方。


 受付前。


 俺はパソコンから顔を上げる。


「誰から?」

「知らない人」

「迷惑メール?」

「多分違う」

「多分?」


 りりがスマホを差し出す。


 画面には、長い文章。


 会社名。


 担当者名。


 そして。


『一度お話をさせていただけないでしょうか』


「…………」


 もう一度、上から読む。


「芸能事務所?」

「みたい」

「みたいって」

「知らない会社」

「調べた?」

「まだ」

「調べろよ」

「たかしがいるから」

「俺を検索係にするな」


 スマホを返す。


「何て書いてある?」

「読んだでしょ」

「長い」

「読め」

「要約して」

「自分のことだろ」


 隣から。


「何だ!」


 つむ丸が飛び出してきた。


「何の話だ!」

「りりに芸能事務所から連絡来たって」


「…………」


 一瞬。


 止まった。


「芸能事務所?」

「うん」

「りりに?」

「うん」


「…………」


 つむ丸の口が開く。


「きたあああああ!」

「声!」


 受付中。


「りり! ついに来たぞ!」

「うるさい」

「見つかった!」

「声大きい!」

「りりが見つかった!」


 つむ丸が飛び跳ねる。


「落ちるぞ」

「落ちない!」


 そのままテーブルの端から落ちた。


「落ちたじゃん」

「今のは嬉しさ!」

「理由になってない」


 りりがつむ丸を拾う。


「大丈夫?」

「当然!」

「顔から落ちてたけど」

「俺は丈夫だ!」

「毛糸だもんな」

「毛糸を舐めるな!」


 くまどんが近づいてくる。


「何騒いでんの?」

「クマ!」

「くまどんな」

「りりがスカウトされた!」

「まだそこまで書いてない」


 俺が言う。


「同じだ!」

「違うだろ」

「何でもいい!」

「よくない」


 くまどんがりりを見る。


「ほんと?」

「メール来た」

「へえ」

「反応薄!」


 つむ丸が叫ぶ。


「よかったじゃん」

「もっと喜べ!」

「俺のことじゃないし」

「仲間だろ!」

「いつから?」

「友達!」

「認めた」


「…………」


 つむ丸が止まる。


「今のなし!」

「遅い」

「なし!」


 俺は少し笑った。


*


 休憩時間。


 十五号室。


 テーブルにスマホを置く。


 俺。


 りり。


 つむ丸。


 くまどん。


 さきさん。


「ちゃんとある会社だね」


 さきさんがスマホを見ながら言った。


「ほんとですか?」

「うん。所属してる人もいるし、ライブとか配信系の活動もやってるみたい」

「じゃあ本物?」


 俺が聞く。


「メールだけじゃ絶対とは言えないけど、書いてある連絡先も公式のものと同じ」

「なるほど」

「会ってみてもいいんじゃない?」


 りりが黙っている。


「どうしたの?」


 さきさんが聞く。


「分かんない」

「怖い?」

「少し」

「何が?」

「全部」

「雑だな」


 俺が言う。


「急だから」

「それはそうか」


 つむ丸はさっきから。


 テーブルの上を歩き回っている。


「事務所!」


 一往復。


「所属!」


 二往復。


「有名!」


 三往復。


「落ち着け」

「無理だ!」

「目回らないの?」

「回る!」

「回るんだ」


 くまどんがつむ丸を掴む。


「止まれ」

「離せ!」

「うるさい」

「りりの大事な話だぞ!」

「だから静かにしろって」


「…………」


 つむ丸が止まった。


 珍しく。


 素直。


 りりはメールを見ている。


「たかし」

「何?」

「どう思う?」

「俺?」

「うん」

「とりあえず会ってみれば?」

「簡単に言うね」

「会っただけで所属するわけじゃないだろ」

「うん」

「嫌だったら断ればいいし」

「うん」

「せっかく向こうから来たんだし」


「…………」


「見つけてもらいたかったんだろ?」


 りりが顔を上げる。


「……うん」


「じゃあ」


 少し考える。


「一回くらい、話聞いてもいいんじゃない?」

「そっか」


 りりはもう一度。


 メールを見る。


「返事する」

「おう」

「今?」

「今」

「早いな」

「決めたから」


 そういうところは。


 本当に迷わない。


*


 三日後。


 駅前。


 昼。


「なんでお前らまでいるの?」

「なんでだ!」


 つむ丸が言う。


「俺は行くだろ!」

「なんで?」

「りりの一番のファンだから!」

「面談にファン必要?」

「必要!」

「多分いらない」

「いる!」


 りりの肩に乗ったつむ丸。


 その横。


 くまどん。


「俺は付き添い」

「誰の?」

「たかし」

「俺も付き添いなんだけど」

「じゃあ付き添いの付き添い」

「帰れよ」

「嫌」


 今日は。


 りりが事務所の担当者と会う日。


 本来。


 俺が来る理由も特にない。


 でも。


『一人だとちょっと嫌』


 りりがそう言った。


 それだけ。


 さきさんは仕事。


 結果。


 こうなった。


「緊張してる?」


 俺が聞く。


「少し」

「顔には出ないね」

「出てる」

「どこに?」

「ここ」


 また頬を指差す。


「分からん」

「見る目ないね」

「それ前も聞いた」

「同じだから」


 つむ丸が肩の上で叫ぶ。


「大丈夫だ!」

「声」

「りりならいける!」

「知ってる」

「なら大丈夫だ!」

「うん」


 りりが。


 ほんの少しだけ笑った。


*


 待ち合わせ場所は。


 駅から少し歩いた先。


 ビルの一階に入っているカフェ。


「ここ?」


 俺が聞く。


「うん」

「普通だな」

「何想像してたの?」

「もっとこう」

「こう?」

「知らない」

「何それ」


 中へ入る。


 奥の席。


 一人の女性が立ち上がった。


 二十代後半くらい。


 スーツではない。


 白いシャツに。


 黒いパンツ。


「りりさんですか?」

「はい」

「初めまして」


 女性が頭を下げる。


「株式会社ミュートの森です」

「初めまして」


 りりも頭を下げる。


「今日はありがとうございます」

「はい」


 森さんが俺たちを見る。


「こちらは?」

「あ」


 りりが少し困る。


「友達です」


「友達」


 自分で言われると。


 少し変な感じがする。


「たかしです」

「くまどん」

「俺はつむ丸だ!」


 一番声が大きい。


「つむ丸」


 森さんが。


 少しだけ目を丸くする。


「ああ」

「知ってるのか!」

「動画で」

「そうか!」


 つむ丸が胸を張る。


「俺は有名だからな!」

「昨日までコメント気にしてたくせに」

「今それ言うな!」


 森さんが笑った。


「動画のままですね」

「何が?」


 俺が聞く。


「皆さん」


「…………」


 少し。


 恥ずかしい。


*


「最初に」


 森さんが言う。


「今日は所属を決めてください、という話ではありません」


 りりが頷く。


「はい」


「まず、りりさんがどういう活動をしたいのか。それを聞かせてほしくて」

「活動」

「はい」


 森さんが資料を出す。


「歌を中心に活動されていますよね」

「はい」

「ライブも拝見しました」

「え?」


 りりの目が少しだけ開く。


「先日のライブです」

「あれ来てたんですか?」

「はい」

「どこに?」

「後ろの方に」

「全然気づかなかった」

「気づかれないようにしてましたから」


 森さんが笑う。


「歌、すごく良かったです」


「…………」


 りりが黙る。


「ありがとうございます」


 少し遅れて。


 答えた。


「特に二曲目」

「あ」

「最後、少し音外しましたよね」


「…………」


 りりの顔が固まる。


 つむ丸が立ち上がった。


「そこもいいんだ!」

「座れ」


 俺が言う。


「でも!」

「座れ」

「…………はい」


 森さんがまた笑う。


「そこも含めて、良かったと思います」


 つむ丸が俺を見る。


「ほら!」

「声」

「すまん」


「何より」


 森さんが続ける。


「楽しそうに歌いますよね」


「…………」


 俺は。


 少しだけりりを見る。


 前にも。


 同じことを言った。


「そうですか?」

「はい」

「自分だと分かんないです」

「それでいいと思います」


 森さんが資料をめくる。


「最近はSNSの動画も伸びていますよね」

「少し」

「数字以上に、コメントが増えてます」

「はい」

「見てくれている人が増えている証拠です」


 りりは黙って聞いている。


「歌だけじゃなくて」


 森さんが言う。


「りりさん本人に興味を持つ人も増えてる」


「…………」


「それはかなり大きいです」

「そうなんですか?」

「歌が上手い人は、たくさんいますから」


 さらっと言う。


「その中で」

「はい」

「この人をもう一回見たい、と思ってもらえるか」


「…………」


「そこが大事だと、私は思っています」


 りりが少しだけ。


 視線を下げた。


「誰かに見つけてもらいたい」


「え?」


「あ」


 りりが顔を上げる。


「なんでもないです」


 森さんは首を傾げたけど。


 それ以上は聞かなかった。


*


「具体的には」


 森さんが資料をこちらへ向ける。


「定期的なライブ出演」

「はい」

「SNS運用のサポート」

「はい」

「レッスン」

「歌?」

「歌もですし、ステージでの見せ方も」

「見せ方」

「はい」


 りりは一つ一つ確認する。


 つむ丸は。


 横で何度も頷いている。


「それから」


 森さんが言う。


「今後、オリジナル楽曲も作っていけると思います」


「…………」


 りりの顔が変わった。


「ほんとですか?」

「もちろん、すぐにというわけではないですけど」

「はい」

「活動を続けていけば」


「…………」


「興味ありますか?」

「あります」


 即答。


「歌いたい?」

「歌いたいです」

「じゃあ、そこを一つの目標にしてもいいですね」

「はい」


 今まで。


 今日一番。


 りりの声が大きかった。


 つむ丸が。


 横で拳を握る。


「いける!」

「まだ決まってない」


 俺が小声で言う。


「いける!」

「聞いてないな」


 くまどんは。


 その隣で静かに座っている。


「クマ」

「何?」

「なんで静かなんだ!」

「話聞いてる」

「もっと喜べ!」

「決まったら」

「今喜べ!」

「うるさい」


 二匹が小声で喧嘩を始める。


「静かに」


 りりが言う。


「はい」


 二匹が止まった。


 森さんが笑った。


*


 一時間くらい。


 話した。


 料金。


 契約。


 活動内容。


 今の生活との両立。


 全部。


 今日決める必要はないらしい。


「一度持ち帰って考えてください」


 森さんが言う。


「分かりました」

「何か質問ありますか?」


 りりが少し考える。


「歌えますか?」

「はい」

「ちゃんと」

「もちろん」

「歌が中心?」

「りりさんが歌を中心にしたいなら」

「したいです」

「分かりました」


 森さんが頷く。


「そこは大事にしましょう」

「はい」


 りりの表情が。


 少しだけ柔らかくなる。


 多分。


 一番聞きたかったことなんだろう。


「じゃあ今日は」


 森さんが資料をまとめる。


「あ」


 手が止まる。


「そうだ」

「何ですか?」

「一つだけ」


 りりが見る。


「活動について、相談したいことがあります」

「相談?」

「はい」


 森さんが。


 つむ丸を見る。


「…………」


 つむ丸も。


 森さんを見る。


「俺?」

「はい」

「俺がどうした!」

「つむ丸さんについてです」

「俺?」

「そうです」


 森さんは笑っている。


 嫌な感じはしない。


 ただ。


「今後、りりさんを売り出していくなら」


 一度。


 言葉を選ぶように。


 止まる。


「見せ方を、少し整理した方がいいと思っています」


「見せ方?」


 りりが聞く。


「はい」

「どういう意味ですか?」


「それは――」


 森さんが言いかける。


 つむ丸は。


 まだ。


 何も分かっていない顔で。


 りりの隣に座っていた。

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