第14話 見た目
「増えてる」
りりが言った。
「また?」
「うん」
カラオケ店。
夕方。
昨日と同じ受付前。
俺はりりのスマホを見る。
フォロワー。
再生回数。
いいね。
昨日より。
また少し増えている。
「順調じゃん」
「多分」
「嬉しくないの?」
「嬉しい」
「多分って言ったじゃん」
「嬉しいけど」
りりが画面をスクロールする。
「変なのも増えた」
「変なの?」
「コメント」
画面を見る。
『歌声好き』
『最近動画見るようになった』
『ライブ行ってみたい』
『りりちゃん普通にかわいい』
「いいじゃん」
「ここから」
りりが画面を下へスクロールする。
『ウサギいらなくない?』
「…………」
指が止まった。
その下。
『クマはかわいいけどウサギちょっと怖い』
『りりだけ映してほしい』
『ぬいぐるみ? 見た目微妙』
『耳の長さ違うの気になる』
「…………」
俺は画面を見る。
もう一度。
上から。
「これ」
「うん」
「つむ丸のこと?」
「多分」
隣。
「何見てる!」
本人が来た。
「うわ」
「何だ!」
つむ丸がテーブルの上に飛び乗る。
「俺に見せろ!」
「やめとけば?」
「なんでだ!」
「なんとなく」
「怪しい!」
りりがスマホを伏せた。
「別に何でもない」
「りりまで!」
「本当に」
「じゃあ見せろ!」
「嫌」
「なんで!」
「見なくていいから」
「…………」
つむ丸が止まる。
「何か書かれた?」
思ったより。
声が小さかった。
「…………」
りりは答えない。
俺も。
なんとなく言えない。
「俺の悪口?」
「違う」
りりの返事は早かった。
「今の間は何だ!」
「違う」
「二回言った!」
「違うから」
「じゃあ見せろ!」
つむ丸がスマホへ手を伸ばす。
りりが持ち上げる。
「届かない!」
「見なくていい」
「俺のことだろ!」
「違う」
「絶対そうだ!」
騒いでいると。
「何してんの?」
くまどんがやってきた。
手には。
いつものポテト。
「クマ!」
「くまどんな」
「俺の悪口が書かれてるらしい!」
「そうなんだ」
「反応薄い!」
「知らない人の悪口でしょ?」
「そうだけど!」
「じゃあ別によくない?」
「よくない!」
くまどんがポテトを食べる。
「気にしたら負けじゃん」
「俺は勝ちたい!」
「何と戦ってんの?」
「世間!」
「でかいな」
いつも通り。
でも。
りりは笑わなかった。
*
十五号室。
今日は歌の練習。
いつもなら。
つむ丸はテーブルの上。
りりの歌を聞きながら。
何かしら喋っている。
今日は。
静かだった。
「…………」
歌が終わる。
りりがマイクを下ろす。
「どうだった?」
「よかった!」
つむ丸が言う。
いつも通り。
声は大きい。
「本当?」
「当たり前だ!」
「どこが?」
「全部!」
「またそれ」
「全部いいんだから仕方ない!」
りりが少しだけ笑う。
でも。
つむ丸は。
そのあとすぐ。
スマホを見た。
「何見てるの?」
俺が聞く。
「別に!」
「さっきからずっと見てるじゃん」
「研究!」
「何の?」
「人気!」
「お前が?」
「悪いか!」
「悪くないけど」
画面を覗く。
りりの投稿。
コメント。
「見てるじゃん」
「研究だ!」
「悪口」
「違う!」
「同じところ何回も見てる」
「研究!」
「便利だな、その言葉」
「お前らの『暇だった』よりマシだ!」
「俺しか言ってない」
つむ丸が画面を閉じる。
「別に」
「何?」
「分かんないやつがいるだけだ!」
「何が?」
「俺の良さ!」
「…………」
くまどんが隣から覗く。
「確かに耳ずれてるもんな」
「喧嘩売ってるのか!」
「目も高さ違うし」
「知ってる!」
「腕も短い」
「りりが作ったんだからいいんだ!」
「それ前も言ってたな」
「何回でも言う!」
つむ丸が胸を張る。
「俺はこれでいい!」
「じゃあ気にしなくていいじゃん」
「それとこれとは別だ!」
「面倒」
「クマ!」
りりが二匹を見る。
「つむ丸」
「何だ!」
「気にしてる?」
「何を?」
「コメント」
「…………」
一瞬。
止まった。
「気にしてない!」
「ほんと?」
「ほんとだ!」
声が。
少しだけ大きい。
「見る目ないだけだからな!」
「うん」
「俺の良さ分かってない!」
「うん」
「もっと見れば分かる!」
「うん」
「…………」
りりが全部肯定する。
つむ丸は。
それ以上言わなかった。
*
数日後。
また動画を撮った。
今度は。
りり一人。
カラオケルーム。
スマホを固定して。
短く歌う。
俺はその横で。
音量を確認していた。
「こんな感じ?」
りりが聞く。
「もう一回」
「どこ?」
「最初ちょっと音割れてる」
「分かった」
もう一度。
歌う。
撮る。
確認する。
「今のいい」
「ほんと?」
「多分」
「また多分」
「専門家じゃないから」
「でも作る人」
「作るだけ」
撮影を終える。
「今日は二匹いないんだ」
俺が聞く。
「うん」
「珍しい」
「つむ丸、さきさんといる」
「くまどんは?」
「知らない」
「多分、俺の家」
「じゃあ知ってるじゃん」
「帰ってればな」
「細かい」
「たかしに言われたくない」
「それ便利だな」
りりがスマホを見る。
「これ上げる」
「うん」
「どう思う?」
「何が?」
「一人の方が」
「動画?」
「うん」
「歌なら一人の方が見やすいんじゃない?」
「そうだよね」
「でも」
「何?」
「別に全部一人にする必要なくない?」
「…………」
「歌は一人」
「うん」
「普段のやつは二匹いてもいい」
「うん」
「その方が違い出るし」
「そっか」
「何?」
「何でもない」
りりが投稿する。
*
翌日。
「伸びてる」
りりが言った。
「どれくらい?」
「昨日のより」
スマホを見る。
確かに。
一人で歌っている動画。
今までより。
反応がいい。
「歌だからじゃない?」
「多分」
「ほら」
「何が?」
「やっぱ歌を聞きたい人もいるじゃん」
「うん」
りりがコメントを見る。
『こういうのでいい』
『一人の方が見やすい』
『変なキャラいない方が好き』
『歌だけ上げてほしい』
「…………」
「またか」
「うん」
りりが画面を閉じる。
「見る?」
横から声。
つむ丸。
「見ない!」
返事が早い。
「珍しい」
「俺は忙しい!」
「何してるの?」
「りりの次のライブの研究!」
「何を研究するの?」
「全部!」
「便利だな」
「うるさい!」
つむ丸はテーブルの反対側へ行く。
スマホには近づかない。
俺はりりを見る。
りりも。
つむ丸を見ている。
「…………」
*
その日の夜。
俺は休憩で外に出た。
店の裏。
自動販売機。
缶コーヒーを買う。
「あ」
先客。
りり。
「何してるの?」
「休憩」
「俺も」
りりの手には。
水。
「座る?」
「どこに?」
「そこ」
店の横。
小さな段差。
「座っていいの?」
「多分」
「怒られたら?」
「逃げる」
「最低」
二人で座る。
しばらく。
何も話さない。
「たかし」
「何?」
「つむ丸」
「うん」
「気にしてるよね」
「コメント?」
「うん」
「まあ」
「気にしてないって言ってるけど」
「気にしてるだろうな」
「やっぱり」
りりが水のボトルを見る。
「消した方がいいかな」
「コメント?」
「うん」
「見えないように?」
「うん」
「つむ丸が?」
「…………」
「りりが?」
りりが黙る。
「分かんない」
「そっか」
「消したら」
「うん」
「気にしてるみたいじゃん」
「気にしてるじゃん」
「……そうだけど」
「じゃあいいんじゃない?」
「何が?」
「気にしても」
「…………」
「嫌なこと書かれたら嫌だろ」
「うん」
「普通じゃん」
「でも」
「何?」
「つむ丸、強いから」
「…………」
一瞬。
意味が分からなかった。
「強い?」
「いつも」
りりが言う。
「ぼくが失敗しても」
「うん」
「大丈夫って言う」
「うん」
「絶対いけるって言う」
「うん」
「だから」
りりが少しだけ下を見る。
「つむ丸は、こういうの気にしないと思ってた」
「…………」
俺は缶コーヒーを見る。
「強い人って」
「うん」
「何も気にしない人なの?」
「……分かんない」
「俺も」
「何それ」
「聞かれたから」
「答えてない」
「分かんないし」
少し沈黙。
「でも」
俺は言う。
「気にしてても、強いんじゃない?」
りりが俺を見る。
「なんで?」
「知らない」
「適当」
「俺も今考えた」
「最低」
「でも」
「何?」
「気にしてても、りりの前ではいつも通りなんだろ」
「うん」
「じゃあ十分じゃない?」
「…………」
りりが少し考える。
「そうかも」
「多分」
「また多分」
「癖だから」
少し。
りりが笑った。
*
休憩が終わる。
店へ戻る。
受付近く。
つむ丸がいる。
一人。
スマホを見ている。
「何してるの?」
りりが聞く。
「何でもない!」
つむ丸が慌てて画面を伏せる。
「見てた?」
「見てない!」
「コメント」
「見てない!」
「ほんと?」
「ほんとだ!」
「…………」
りりがつむ丸を見る。
「つむ丸」
「何だ!」
「少し休憩したら?」
「なんでだ!」
「別に」
「俺は元気だ!」
「知ってる」
「ならいいだろ!」
「うん」
りりが一歩近づく。
つむ丸を持ち上げる。
「な、何だ!」
「別に」
「下ろせ!」
「少しだけ」
「何が!」
「このまま」
「意味分からん!」
「いいから」
つむ丸が暴れる。
でも。
少しすると。
静かになった。
「…………」
りりは。
何も言わない。
つむ丸も。
何も言わない。
俺は少し離れたところから。
二人を見る。
「……たかし」
つむ丸が言う。
「何?」
「見るな!」
「見てない」
「見てる!」
「じゃあ向こう行く」
「そうしろ!」
俺は受付へ戻る。
後ろから。
小さな声。
「……ちょっとだけだからな」
つむ丸。
「うん」
りり。
それだけ聞こえた。
誰かに見つけてもらう。
それは。
多分。
いいことだけじゃない。
見つけてもらえば。
好きだと言う人もいる。
嫌いだと言う人もいる。
欲しいと言う人も。
いらないと言う人もいる。
でも。
少なくとも。
俺には。
つむ丸の左右で長さの違う耳も。
少し短い腕も。
前より。
悪くないように見えていた。




