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ラブミーくまどん! ~ある日、クマがうちに住み着いた~  作者: 雫石ぶた丸


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13/25

第13話 誰かに見つけてもらいたい

「増えてる」


 りりがスマホを見ながら言った。


「何が?」

「フォロワー」


 カラオケ店。


 夕方。


 受付前。


 俺はパソコンから顔を上げる。


「どれくらい?」

「昨日から三十人くらい」

「結構増えたじゃん」

「うん」


 声はいつも通り。


 でも。


 何度も画面を更新している。


「嬉しい?」

「嬉しい」


 返事は早かった。


「顔には出ないね」

「出てる」

「どこに?」

「ここ」


 りりが自分の頬を指差す。


「分からん」

「見る目ないね」

「つむ丸みたいなこと言うなよ」


「聞こえたぞ!」


 少し離れたソファから声が飛んできた。


 つむ丸。


 その隣では、くまどんがポテトを食べている。


「俺のおかげだからな!」

「何が?」

「フォロワー!」

「昨日の動画、お前負けてただけじゃん」

「負けてない!」

「早口言葉」

「あれは滑舌の相性!」

「何と何の?」

「口と日本語!」

「お前、日本語に負けたの?」

「負けてない!」


 くまどんが笑う。


「もう負けでいいじゃん」

「クマは黙れ!」

「くまどんな」

「今日は呼ばない!」

「今日も、だろ」


 また始まった。


 りりは二匹を見て、少しだけ笑う。


「こういうの」

「何?」

「最近、見てもらえる」


 スマホをこちらに向ける。


 昨日投稿した動画。


 再生回数。


 いいね。


 コメント。


 どれも。


 前の歌だけの動画より少し多い。


「歌じゃないのにね」


 りりが言う。


「嫌?」

「ううん」


 首を振る。


「見てもらえるなら」

「歌じゃなくても?」

「歌も見てほしい」

「うん」


「でも」


 りりが画面を見る。


「まず、ぼくを知ってもらわないと」

「なるほど」


 少しだけ分かる気がする。


 歌を聞いてもらうには。


 その前に。


 歌っている人間を見つけてもらわないといけない。


「じゃあもっと動画撮る?」

「撮る」

「即答」

「たかし作って」

「俺?」

「上手いから」

「二回しか作ってないけど」

「反応いい」

「それは二匹のおかげだろ」

「たかしも」

「何が?」

「編集」


「…………」


 褒められると。


 妙に困る。


「暇だっただけ」

「またそれ」

「何?」

「何でもない」


 りりがスマホをしまった。


*


 その日のバイト終わり。


「じゃあね」


 さきさんが手を振る。


「お疲れさまでした」

「お疲れ」


 俺は店を出る。


 くまどんは今日は先に帰った。


 夕方からずっと働いていたせいで、


『今日は疲れた』


 と言って、一人で帰っていった。


 最近。


 あいつ、普通に自分の家みたいに帰るな。


「たかし」


 後ろから声。


 振り返る。


 りり。


 肩にはつむ丸。


「今帰り?」

「うん」

「駅?」

「うん」

「じゃあ途中まで一緒だな」

「そう」


 並んで歩く。


 夜の商店街。


 昼間に比べれば、人は少ない。


 店の明かりも。


 ところどころ消え始めている。


「今日も練習?」

「した」

「何時間?」

「三時間」

「よく飽きないな」

「好きだから」


 短い。


 でも。


 迷いがない。


「たかしは?」

「何が?」

「好きなこと」

「またその話?」

「気になった」

「なんで?」

「この前、分かんないって言ってたから」

「まだ分かんない」

「そっか」


 それ以上。


 りりは言わない。


 歩く。


「りりはいいよな」

「何が?」

「好きなこと分かってるから」

「そう?」

「歌いたいんだろ?」

「うん」

「有名にもなりたい」

「うん」

「分かりやすい」

「分かりやすいかな」

「俺よりは」

「たかしは分かりにくい」

「知ってる」


 りりが少し笑う。


「でも」

「何?」

「有名になりたいっていうのも」


 少しだけ。


 声が変わった。


「ちょっと違うかも」

「違う?」

「うん」

「じゃあ何?」


 りりが歩く速度を少し落とす。


「…………」


 答えない。


 信号。


 赤。


 俺たちは横断歩道の前で止まった。


「有名じゃないの?」

「なりたいよ」

「じゃあ合ってるじゃん」

「そうなんだけど」


 りりが正面を見る。


「有名になりたいっていうか……」


 少し間。


「誰かに見つけてもらいたい」


「…………」


 信号が青になる。


 でも。


 一瞬。


 俺は動けなかった。


「行くよ」

「あ、うん」


 横断歩道を渡る。


「見つけてもらうって?」

「そのまま」

「誰に?」

「誰でも」

「誰でもいいの?」

「うん」


「…………」


「一人でもいい」


 りりが言う。


「ぼくの歌を聞いて」

「うん」

「いいって思って」

「うん」

「また聞きたいって思ってくれる人」


 つむ丸が肩の上で黙っている。


 珍しい。


「それが増えたら」


 りりが続ける。


「多分、有名になるんだと思う」

「じゃあ結局有名になりたいんじゃん」

「そうかも」

「どっちだよ」

「分かんない」

「りりも分かんないことあるんだ」

「あるよ」

「意外」

「失礼」


 少しだけ笑った。


 でも。


 すぐに前を向く。


「昔」


 りりが言う。


「つむ丸しか聞いてなかったから」

「歌?」

「うん」


 この前聞いた。


 誰もいない遊戯室。


 椅子に座ったつむ丸。


 りり一人。


「今は人いるだろ」

「いる」

「ライブも」

「うん」

「見てくれる人も増えてる」

「うん」


「じゃあ」


 俺は少し考える。


「もう見つけてもらってるんじゃない?」


「…………」


 りりが俺を見る。


「そう?」

「少なくとも」


 肩の上。


 つむ丸を見る。


「こいつはずっと見てる」


「当然だ!」


 やっと喋った。


「俺は最初のファンだからな!」

「知ってる」


 りりが笑う。


「さきさんもいる」

「うん」

「俺もライブ見たし」

「ファン?」

「それはまだ認めない」

「まだ?」

「言葉の綾だよ」


「ファンだ!」

「つむ丸は黙ってろ」

「認めろ!」

「嫌だ」

「なんでだ!」

「何となく」

「卑怯!」

「何が?」


 いつもの調子に戻る。


 でも。


 りりが少しだけ嬉しそうに見えた。


*


 駅が見えてきた。


「じゃあ」


 りりが立ち止まる。


「俺こっちだから」

「うん」

「また明日?」

「多分」

「多分なんだ」

「練習するから」

「結局来るじゃん」


 りりが小さく笑った。


「たかし」

「何?」

「見つけてもらいたいって、変?」


「…………」


 少し考える。


「変じゃないだろ」

「そう?」

「みんな多少そうじゃない?」

「たかしも?」

「俺?」

「誰かに見つけてもらいたいとか」


「…………」


 考える。


 誰かに。


 見つけてもらう。


 必要としてもらう。


 自分のことを。


「分かんない」

「また?」

「悪い?」

「悪くない」


 前にも聞いた返事。


「でも」


 りりが言う。


「たかしって、本当に何も欲しくないよね」

「何もってことはないだろ」

「じゃあ何が欲しい?」


「…………」


「ポテト?」

「それはくまどん」

「ゲーム?」

「そんなに」

「お金?」

「ある方がいい」

「何に使うの?」


「…………」


 困る。


「生活?」

「それ欲しいものじゃない」

「細かいな」

「たかしに言われたくない」

「最近みんなそれ言うな」


 りりが笑う。


「やっぱ分かんない」

「何が?」

「たかし」

「俺も分かんないよ」

「自分なのに?」

「自分だからじゃない?」

「そういうもの?」

「知らない」


 少し沈黙。


 電車の音が遠くから聞こえる。


「でも」


 りりが言った。


「今のたかしは、前より楽しそう」


「…………」


「動画作ってる時」


 くまどんにも。


 似たようなことを言われた。


「そう見える?」

「うん」

「暇だからだよ」

「はいはい」

「何その返事」

「別に」

「それ俺のだろ」

「知らない」


 りりが駅へ向かう。


「じゃあね」

「おう」


 つむ丸が肩の上から手を振る。


「次の動画も頼むぞ!」

「勝手に決めるな!」

「りりをもっと見つけてもらう!」

「声大きい!」

「応援だ!」

「便利だな、それ!」


 二人の姿が駅へ消えていく。


 俺はしばらく。


 その方向を見ていた。


 誰かに見つけてもらいたい。


 俺にはまだ。


 その気持ちはよく分からない。


 でも。


 りりがそう言った時の顔は。


 有名になりたいと言っていた時より。


 ずっと。


 本当のことを言っているように見えた。

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