第12話 くまどんVSつむ丸
「勝負だ!」
つむ丸が言った。
「嫌だ」
くまどんが答えた。
「まだ何も言ってないだろ!」
「どうせ面倒だから」
「聞いてから決めろ!」
「じゃあ聞く」
くまどんがポテトを一本食べる。
「何?」
「勝負だ!」
「嫌だ」
「振り出しに戻った!」
カラオケ店。
十五号室。
俺はスマホをテーブルの上に置いた。
その隣では、りりが水を飲んでいる。
「で」
俺はつむ丸を見る。
「何で勝負するの?」
「何でもいい!」
「考えてないの?」
「勝てればいい!」
「目的変わってるじゃん」
「クマより目立つ!」
「くまどんな」
「今日は敵だから呼ばない!」
「意味分かんない」
くまどんは完全に面倒そうな顔をしている。
まあ。
この顔しかないんだけど。
「昨日はやるって言ってたじゃん」
俺が言う。
「寝起きだった」
「判断力なかったの?」
「多分」
「卑怯者!」
つむ丸が叫ぶ。
「誰が卑怯だよ」
「俺との勝負から逃げるやつ!」
「勝負する理由ないし」
「ある!」
「何?」
「人気!」
「だから俺、人気で競ってないって」
「昨日『俺のおかげ』って言った!」
「動画の話だろ」
「同じだ!」
「違う」
つむ丸がぷるぷる震える。
「りり!」
「なに?」
「クマが逃げる!」
「そう」
「止めて!」
「嫌ならやらなくていいんじゃない?」
「…………」
つむ丸が俺を見る。
「たかし!」
「俺に振るな」
「何とかしろ!」
「何とかって」
俺は二匹を見る。
昨日の動画。
いつもの歌の投稿より、少し反応がよかった。
理由は多分。
りりが普段より笑っていたこと。
くまどんとつむ丸の掛け合い。
その二つ。
「じゃあさ」
「何だ!」
「ちゃんと動画にすれば?」
「ちゃんと?」
「昨日は偶然撮れただけだろ」
「うん」
「今日は最初から二匹が何かしてるところ撮る」
つむ丸の目が輝いた。
「勝負!」
「結局それ?」
「勝負なら分かりやすいだろ!」
「まあ」
俺はくまどんを見る。
「どう?」
「…………」
「ポテト買う」
「やる」
「安いな」
「報酬」
「俺にも!」
つむ丸が手を上げる。
「お前は何がいいの?」
「りりのポテト!」
「人のを勝手に報酬にするな」
りりが言った。
*
「第一回!」
つむ丸が叫ぶ。
「くまどん対つむ丸!」
俺はスマホを構えている。
りりは俺の横。
テーブルの上に二匹。
「第一回ってことは二回目あるの?」
くまどんが聞く。
「俺が勝つまでやる!」
「終わらないじゃん」
「なんで負ける前提なんだ!」
「声大きい」
りりが言う。
「すまん」
小さくなる。
「じゃあ最初」
俺はメモを見る。
「早口言葉」
「何で?」
くまどんが聞く。
「動画で分かりやすいから」
「俺ら舌ある?」
「知らないよ」
「ある!」
つむ丸が口を開ける。
「見せなくていい」
「何言う?」
「これ」
俺はスマホの画面を見せる。
「生麦生米生卵」
「簡単だ!」
つむ丸が胸を張る。
「じゃあ三回」
「任せろ!」
「くまどんは?」
「別に」
「余裕だな!」
「普通」
「じゃあ」
りりが二匹を見る。
「つむ丸から」
「よし!」
つむ丸が息を吸う。
「なまむぎなまごめなまたまご!」
一回。
「なまむぎなまごめなまたまご!」
二回。
「なまむぎなまもめなまたまご!」
三回。
「…………」
「言えた!」
「言えてない」
りり。
「言った!」
「なまもめって何?」
俺が聞く。
「言ってない!」
「動画残ってるけど」
「消せ!」
「消さない」
「卑怯だ!」
「記録だよ」
くまどんが笑う。
「余裕じゃん」
「じゃあやれ!」
「生麦生米生卵、生麦生米生卵、生麦生米生卵」
「…………」
一発。
「はい、くまどん」
俺が言う。
「待て!」
「何?」
「クマだから有利だ!」
「どういう理屈?」
「口が大きい!」
「関係ある?」
「ある!」
「負け惜しみ」
「まだ一回だ!」
*
二回戦。
「お菓子早食い!」
つむ丸が叫ぶ。
「お前が決めるの?」
「次は俺の得意分野!」
「食べるの得意だったっけ?」
「今から得意になる!」
「雑だな」
テーブルの上。
小さなクッキーが二枚。
くまどん。
つむ丸。
「これ」
俺が言う。
「一枚ずつ食べて、先に食べ終わった方が勝ち」
「余裕!」
「待って」
くまどんがクッキーを見る。
「何?」
「俺の方が口大きくない?」
「…………」
つむ丸が固まる。
「公平じゃない!」
「お前が得意って言ったんだろ」
「サイズ変えろ!」
「今から?」
「半分にしろ!」
「じゃあくまどんも半分?」
「それじゃ同じだ!」
「同じじゃないと勝負にならないだろ」
「…………」
つむ丸が考える。
「やっぱ別の!」
「逃げた」
「逃げてない!」
りりが笑う。
「これ使える」
「まだ撮ってる?」
「ずっと」
つむ丸が俺を見る。
「最初から言え!」
「もう二回目だぞ、そのやり取り」
「お前が悪い!」
くまどんがクッキーを食べる。
「あ」
「いただき」
「まだ勝負始まってない!」
「腹減った」
「返せ!」
「無理」
「クマー!」
つむ丸が飛びかかる。
くまどんが片手で止める。
「届いてない」
「離せ!」
「短いな、腕」
「りりが作ったんだからいいんだ!」
「そこで胸張るの?」
俺は思わず笑った。
りりも笑っている。
「……これでいいんじゃない?」
「何が?」
くまどんが聞く。
「動画」
「勝負してないけど」
「面白い」
「またそれ?」
「うん」
りりが頷いた。
「こういう方が好き」
「勝負は!?」
つむ丸だけが納得していない。
*
「じゃあ最後」
俺は言った。
「一個くらいちゃんと決着つけよう」
「おお!」
つむ丸が立ち上がる。
「何だ!」
「にらめっこ」
「…………」
二匹が黙る。
「何?」
「俺ら表情変わる?」
くまどんが聞く。
「多少」
「俺は変わる!」
つむ丸。
「今から証明する!」
「どうやって?」
「こう!」
つむ丸が両手で頬を引っ張る。
「…………」
左右で高さの違う目。
片方だけ長い耳。
頬だけ横に伸びる。
「怖」
「なんでだ!」
「俺それと戦うの?」
くまどんが引いている。
「逃げるな!」
「勝ちでいいよ」
「まだ始まってない!」
りりが吹き出した。
「…………」
「何?」
りりが口元を押さえる。
「ごめん」
「笑うな!」
「無理」
珍しい。
りりが。
声を出して笑っている。
俺はスマホを向けたまま、その姿を見る。
「たかし」
くまどんが言う。
「何?」
「これ、りりの動画だよな?」
「そうだけど」
「俺らしか映ってなくない?」
「…………」
画面を見る。
くまどん。
つむ丸。
端に少しだけりり。
「確かに」
「主役誰だよ!」
つむ丸が叫ぶ。
「お前が言うな」
「りりを映せ!」
「お前がカメラ前に来るからだろ」
「俺は応援!」
「万能だな、その言葉」
りりがまだ笑っている。
「このままでいい」
「いいの?」
「うん」
「りりほとんど映ってないよ」
「声入ってる」
「それでいいの?」
「いい」
少し考えて。
「楽しそうだから」
「…………」
俺はスマホを見る。
確かに。
昨日より。
今日の方が。
何となく。
全員自然だった。
「じゃあこれ使うか」
「待て!」
つむ丸が叫ぶ。
「勝敗!」
「まだ言ってる」
「勝負したんだから決めろ!」
「一回戦はくまどん」
「認めない!」
「二回戦は勝負前にクッキー食われた」
「反則だ!」
「三回戦は始まってない」
「じゃあ引き分け!」
「勝ってないじゃん」
「負けてない!」
「それでいいの?」
「今日はな!」
「今日?」
「次は勝つ!」
くまどんがため息をつく。
「次あるんだ」
「当然!」
「俺やらないよ」
「逃げるな!」
また始まった。
俺は撮影を止めた。
多分。
十分撮れた。
*
その日の夜。
俺の部屋。
「ここ切る?」
くまどんが画面を見る。
「そこは残す」
「なんで?」
「つむ丸が『なまもめ』って言ってるから」
「それ面白い」
「だろ」
「本人怒るぞ」
「もう怒ってる」
グループのメッセージを見る。
『絶対そこ使うな!』
「使う」
「鬼」
「伸びるため」
「怖」
動画を短くする。
早口言葉。
クッキー。
口喧嘩。
りりの笑い声。
最後に。
『次は勝つ!』
つむ丸の声。
「こんなもんか」
くまどんが画面を見る。
「俺勝ってる?」
「一応」
「じゃあいい」
「そこ?」
りりに送る。
しばらくして。
『面白い』
続けて。
『これ好き』
「採用だって」
「ふーん」
「嬉しそうじゃん」
「別に」
「顔に出てる」
「この顔しかない」
「便利だな、それ」
俺は動画を保存する。
投稿はりりに任せる。
「たかし」
「何?」
「また二時間やってる」
時計を見る。
午前零時前。
「…………」
「暇だった?」
「暇だった」
「ふーん」
「何?」
「別に」
くまどんがベッドへ向かう。
「寝る」
「おやすみ」
「おやすみ」
画面を見る。
停止した動画。
くまどん。
つむ丸。
笑っているりり。
俺は少しだけ。
もう一度再生した。
*
翌日。
動画は前回より反応がよかった。
『この二匹仲良いな』
『ウサギ負けず嫌いすぎる』
『クマ冷静で草』
『りりの笑い声かわいい』
『続き見たい』
「仲良くない!」
つむ丸が叫んだ。
「そこ?」
俺が聞く。
「一番大事だ!」
「別にいいじゃん」
「よくない!」
くまどんはスマホを見ている。
「続き見たいって」
「やるか?」
俺が聞く。
「やらない」
「クマ!」
「うるさい」
「逃げるな!」
つむ丸が追いかける。
くまどんが逃げる。
「待て!」
「嫌だ」
「勝負しろ!」
「もう終わっただろ」
「次だ!」
「しつこい」
俺はその姿を見る。
昨日までは。
会えば喧嘩する二匹。
今日も。
会えば喧嘩している。
何も変わっていない。
はずなのに。
少しだけ。
違って見えた。
「仲良いじゃん」
俺が言う。
二匹が同時に振り返る。
「よくない!」
「よくない」
「息ぴったり」
「違う!」
「違う」
「ほら」
りりが笑う。
つむ丸がくまどんを指差した。
「次は絶対勝つからな!」
くまどんは面倒そうに手を振る。
「はいはい」
でも。
そのまま帰ろうとはしなかった。
つむ丸も。
追い払われても離れなかった。
騒がしい二匹を見ながら。
俺は思った。
多分。
こういうのを。
友達って言うんじゃないだろうか。




