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ラブミーくまどん! ~ある日、クマがうちに住み着いた~  作者: 雫石ぶた丸


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10/25

第10話 ライブのあと

 ライブの翌日。


 大学の講義中。


 俺はノートの端に、小さく丸を書いていた。


 丸。

 その上に耳を二つ。

 目。

 口。


「…………」


 クマ。

 のつもり。


 我ながら、ひどい。


「何描いてんの?」


 隣から大和が覗き込む。


「見るなよ」

「これ……クマか?」

「多分」

「多分ってなんだよ」

「描いた俺にも分からない」

「才能ないね」

「知ってる」


 ノートを閉じる。


 昨日のライブ。


 耳の奥に残っていた音は、もう消えている。


 でも、りりがステージで歌っている姿は、まだ少し頭に残っていた。


『来る?』

『行くよ』


 自分で言った言葉も。


「最近、ほんと変じゃない?」


 大和が言う。


「何が?」

「前より考え事してるような」

「それ悪口?」

「観察」

「暇なんだな」

「お前にだけは言われたくない」


 教授の声が聞こえる。


 俺は前を向く。


 別に。


 何かが変わったわけじゃない。


 昨日ライブを見ただけ。


 それだけだ。


 多分。


*


「反省会をするぞ!」


 その日の夜。


 駅前のファミレス。


 テーブルの上に立ったつむ丸が、いきなり宣言した。


「座れ」


 俺が言う。


「何でだ!」

「店だから」

「会議だ!」

「座ってできるだろ」

「立った方が気合いが入る!」

「店員さん来たら怒られるぞ」


「…………」


 つむ丸が座った。


「素直だな」

「怒られるのは嫌だ」


 そこは普通なんだ。


 テーブルには俺。


 くまどん。


 りり。


 さきさん。


 そしてつむ丸。


 昨日とほぼ同じメンバー。


「で」


 俺はメニューを閉じる。


「反省会って何の?」

「昨日のライブ!」

「成功したって言ってなかった?」

「大成功だ!」

「じゃあ反省いらないだろ」

「成功しても反省は必要だ!」


 珍しくまともなことを言った。


 くまどんも少し驚いた顔をしている。


「お前、たまにちゃんとしてるな」

「たまにって何だ!」

「普段」

「喧嘩売ってるのか!」


「静かに」


 りりが言う。


「はい」


 二匹とも黙った。


「強いな」


 俺が呟く。


「何が?」


 りりが聞く。


「何でもない」


 さきさんが笑う。


「昨日、どうだった?」


 りりが聞く。


「またその話?」

「感想」

「昨日言ったじゃん」

「何度でも」

「欲しがるなあ」

「次に使えるから」


 そういうことか。


「じゃあ」


 少し考える。


「最初の曲は一番緊張してた気がする」

「分かった?」

「なんとなく」

「緊張してた」

「二曲目からちょっと違った」

「どう違った?」

「楽しそうだった」

「それ昨日も言った」

「じゃあ同じ」

「他は?」

「細かいな」

「たかしに言われたくない」


 最近、俺の立場が弱い気がする。


「つむ丸は?」


 さきさんが聞く。


「完璧!」

「参考にならないね」

「何でだ!」

「全部褒めるから」

「りりは全部いい!」

「ほら」


 りりが水を飲む。


「でも二曲目、最後の音ちょっと外した」


「…………」


 全員がつむ丸を見る。


「何だ!」

「気づいてるじゃん」


 俺が言う。


「当然だ!」

「全部いいんじゃなかったの?」

「外したところも含めていい!」

「無敵だな」


 つむ丸が胸を張る。


「俺は一番見てるからな!」


 りりが少しだけ笑った。


*


 料理が来る。


 俺は唐揚げ定食。


 さきさんはパスタ。


 りりはサンドイッチ。


 くまどんはポテト。


「また?」


 俺が聞く。


「何が?」

「ポテト」

「好きだから」

「栄養偏るぞ」

「クマに栄養指導するのか?」

「必要なら」


 つむ丸はりりのポテトを一本もらっている。


「うまい!」

「お前もポテトじゃん」

「これは付け合わせだ!」

「違いある?」

「ある!」

「どこが?」

「気持ちだよ!」

「また精神論か」


 そんなやり取りをしていると。


「たかしってさ」


 りりが言った。


「ん?」

「何になりたいの?」


 箸が止まった。


「…………何?」

「将来」

「急だな」

「昨日、ライブ来てくれたから」

「それと関係ある?」

「ある」

「どこが?」

「ぼくの夢、見たでしょ」


「…………」


 少しだけ。


 言葉に詰まった。


「見たっていうか」

「見た」

「まあ」

「じゃあ、たかしのは?」

「俺の?」

「夢」


「…………」


 くまどんがポテトを食べる手を止めた。


 さきさんも、少しだけ俺を見る。


 つむ丸は何も考えずにりりの皿を見ている。


「別に」


 俺は言った。


「普通に就職できれば」

「普通って?」

「普通は普通だよ」

「どこに?」

「まだ決めてない」

「何したい?」

「特に」

「何でもいい?」

「まあ」


 りりが黙る。


「何?」

「それ、楽?」


「…………」


「何が?」

「何でもいいって」

「楽とかそういう話じゃなくない?」

「そう?」

「そうだろ」


 俺は唐揚げを一つ食べる。


 急に味が分からなくなった。


「仕事なんて」


 続ける。


「できれば何でもいいよ」

「好きじゃなくても?」

「仕事なんだから」

「嫌でも?」

「嫌なら辞めればいいし」

「じゃあ、何が嫌?」


「…………」


 答えようとして。


 止まる。


「分かんない」

「じゃあ、何が好き?」


「…………」


 また。


 止まる。


「それも、別に」


 りりが首を傾げた。


「何でもいいんだ」

「悪い?」

「悪くない」


 返事は早かった。


「でも」

「でも?」

「分かんない」

「何が?」

「それで楽しいのかなって」


「…………」


 余計なお世話だ。


 そう言えばいい。


 でも、何となく言えなかった。


 昨日。


 ステージの上で笑っていたりりを思い出した。


 何時間も練習して。


 客が少なくても。


 見てもらうために歌っていた。


 俺には。


 ああいうものはない。


「別に」


 結局。


 それしか出なかった。


「今困ってないし」

「そっか」


 りりはそれ以上言わなかった。


 サンドイッチを一口食べる。


 その横で。


「俺はあるぞ!」


 つむ丸が手を上げた。


「何が?」

「夢!」

「お前の?」

「りりを有名にする!」

「それ、りりの夢じゃない?」

「俺の夢でもある!」

「お前自身は?」

「りりが有名になればいい!」

「ほんとブレないな」

「当然!」


 くまどんが笑う。


「クマは?」


 つむ丸が聞く。


「俺?」

「夢!」


 くまどんが少し考える。


「腹いっぱい食う」

「小さ!」

「大事だろ」

「もっとあるだろ!」


「じゃあ」


 くまどんが俺を見る。


「たかしが困らない程度に生きる」

「俺?」

「家なくなると困るから」

「結局自分じゃん」

「そうとも言う」


 適当。


 いつものくまどん。


 なのに。


 なぜか。


 少しだけ引っかかった。


*


 店を出る。


 さきさんとりりは駅へ。


 つむ丸はりりの肩。


「じゃあね」


 りりが言う。


「おう」

「たかし」

「何?」

「考えてみたら?」

「何を?」

「やりたいこと」


「…………」


「別に今じゃなくてもいいけど」

「急にひなたみたいなこと言うな」

「誰?」

「白い猫」

「知らない」

「そうだった」


 りりが少し笑う。


「じゃあ」

「うん」


 りりたちは駅へ向かっていった。


「りりならいける!」

「知ってる!」


 少し離れたところから、声が聞こえる。


 俺とくまどんは反対方向へ歩く。


「なあ」


 くまどんが言う。


「何?」

「何になりたい?」

「お前まで?」

「聞いただけ」

「別に」

「何でもいい?」

「そう」

「ふーん」


 それだけ。


 くまどんは何も言わない。


 数歩。


 歩く。


「何だよ」

「何が?」

「何か言えよ」

「別に」

「腹立つな」

「お前の真似」

「似てない」

「似てるよ」


 くまどんが前を向いたまま言う。


「別に今すぐ決めなくてもいいんじゃない?」


「…………」


「大学二年だろ」

「まあ」

「まだ時間あるじゃん」

「そうだけど」


「でも」


 くまどんが少しだけ振り返る。


「何でもいい、で決める必要もないだろ」


「…………」


「で」

「何?」

「どうしたい?」


 足が止まった。


「…………」


 その言葉。


 どこかで。


 聞いたことがある気がした。


「どうした?」


「いや」


 頭の奥。


 何かが引っかかる。


 でも。


 思い出せない。


「分かんない」


 俺は答えた。


「そっか」


 くまどんはそれ以上聞かなかった。


「じゃあ帰ろうぜ」

「うん」


 また歩き出す。


 別に。


 今決めなくてもいい。


 多分。


 それでいい。


 でも。


 昨日までなら。


 こんなことを、真面目に考えようとはしなかった。


 何になりたいのか。


 何がしたいのか。


 そんなことを。


 帰り道。


 俺は初めて。


 少しだけ考えていた。

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