天才でなければいられない世界
鳳学園より出張してきた彼女たちが愛するゲーム『RAEオンライン』。
その正式名称は【R.I.S.E. - Arcade Edition Online】となっており、つまるところイクス・ユニット、バトルシミュレーターである。
ゲームとして昇華されているため同じというわけではないが、それでも実機の訓練になる程度には類似点は多い。
さらに言えば、ゲームであるために肉体への負担や負荷は非常に少ない。
だから、RAEオンラインなら今のあさひだって訓練として使える。
そういう事情で、彼女たち鳳学園RAEオンライン部の人たちは招かれた。
ちなみに招くことを決めたのは天羽智と小森莉央の二人である。
莉央は、呼べば来て手伝ってくれるだろうという浅い考えで。
智は、女性人口を増やした方が愛する娘が快適になるのと、野郎どもの毒牙から護れるなんてくだらない考えで。
とはいえ、あさひは既にランカーであるため、ここで急成長するなんてことはない。
それでも、乗れないフラストレーションが解消できることと現場の勘を維持できることから無駄というわけではないが。
反面、ナガレにとっては非常に有意義な時間となっていた。
初心者であるナガレは基礎知識と経験がまるで足りていない。
短期間での急成長による歪みが多く存在している。
ナガレがここまで来れたのは、高い才能と異常な吸収力、そして有り余る体力を持ってのごり押しでしかない。
だから、タイマン限定とはいえ彼女たちから定石を教わるこの機会は、歪みを解消する良い機会となっていた。
「……なんか、ナガレばっかレベルアップしてるな」
カイの呟きには、困惑がありありと見て取れた。
「成長率えぐいよね。一度やり込められたら学習して、もう二度と同じ状況になってない。聖〇士(セイ〇ト)とかアヌ〇ス神みたいになっとる」
相変わらずわけわからないあさひの呟きをカイはスルーした。
正直に言えば、胸にもやっとした感情が渦巻いている。
ナガレの成長率は尋常ではない。
こまでも凄まじかったが、ここにきて更に伸びが加速した。
それこそ、あれだけ嫉妬した弟よりずっと急成長しているだろう。
よくアニメや漫画では筋肉馬鹿と頭でっかちみたいな風に長所と欠点を分けて作られるが、あいつはそれを両立している。
頭が良く、物覚えが良く、運動神経が良く、そしてコミュ力が高い。
同じ男として悔しいと思わずにはいられなかった。
「やっぱり、天才なんだな。あいつは」
ぽつりとそうカイが呟くと、背後から嘲笑が聞こえた。
「何を今さら」
あざけりながらそう口にしたのは、莉央だった。
メイド服に白衣、合法幼女というこれでもかと属性盛りな彼女は、目の下に隈まで作ってマッドサイエンティスト感までもってきていた。
「随分お疲れみたいだが……大丈夫か?」
嫌味な態度なんて気にもせず、素直にカイは莉央を心配していた。
「問題ない……というわけでもないが、まあぼちぼちだな。それで、さっきの話だが、プロレス男は文句なしの天才だ。それは間違いではない。だがなカイ、貴様は下らん勘違いをしている」
そう言って、莉央は人差し指でカイの胸辺りをぐりぐりと突いてきた。
「な、何が勘違いなんだ?」
「何故、ARCが少人数でありながら部として成立しているか、理由はわかるか?」
「いや、何の話だ?」
「簡単な話だ。凡骨を淘汰した末の少数精鋭となっている。ゆえに、ARCには《《天才しかいない》》。例外は、純然たる秀才の達臣と、無能の吾くらいなものだろう」
「いや、おかしいだろ。俺はまあ、才能ないとは言えないが天才という程の器じゃないし、莉央だってなぎさや赤羽顧問から一目置かれる立場だろう」
「はっ! 吾のは無能ゆえの弱者の牙と兄の七光りだ戯けめ。貴様のような天才であることに気づかない愚か者とは違うわ」
そう――無能ゆえ、力なき存在ゆえ、莉央は誰よりも俯瞰してARCを見てきた。
だからこそ断言できる。
ここにいるのは、誰も彼もが本物のスペシャリストでかつオンリーワン。
常人を嫉妬に狂わせ、一般人が出来ないことを理解出来ない作りの違う存在。
つまり――天才。
そんな天才ばかりだから、ARCは設立・維持が出来ている。
通常イクス・ユニット部は、二桁後半から三桁の人間で維持する。
それを両手の指で数え切れる範囲で成立させているのだ。
これを天才と呼ばずなんと呼ぶか。
そして同時に、ここには天才しかいないから、自分のような"天才足りえない存在"が一際輝く。
大富豪の如く、価値が逆転するからだ。
それを莉央は最大限利用していた。
「ま、つまるところ多様性というものだな。天才ばかりいたところで物事は回らん。貴様ら天才はもう少し客観性を身に着けるべきだ」
ふんすと胸を張る、メイド白衣合法ロリ。
何もかも否定したいし、何ならお前のどこに客観性があるのかと叫びたいが、何故かカイは何も返せなかった。
「……他の奴は、わかる。だけど、俺はどうしても自分が天才とは思えない。だったら、俺は何ができるんだ? 俺は、何の天才なんだ?」
カイは縋るような気持ちで、そう問う。
そして莉央は……鼻で笑った。
「はっ!」
「……お前、揶揄ってるのか?」
「揶揄う? 何故貴様を揶揄わねばならんのだ。ただ、視野が狭すぎて笑ってしまっただけだ」
「視野が、狭い?」
「……本当に、吾が最初に気づいたと思うのか? 貴様が天才であるということに」
「いや、誰も気づいていないから、俺が天才じゃないってことじゃないかそれは」
「戯けが。他の奴が貴様に配慮し伝えてないというだけだ。そやつらの配慮を、吾が台無しにしていいはずもなかろうに。……貴様もまた、愛されておるということだ」
「……なんだよそれ。意味がわかんねぇよ……」
俯き、ぽつりと呟く。
そんなカイを見て、莉央は小さく溜息を吐いた。
「……はぁ。我が翼よ」
莉央はあさひを見て、呟いた。
「え? 翼? ああ、天羽だからか。なに?」
「我が翼から見て、そこの男は取るに足らぬ凡夫か? それとも空を落とす虎か?」
聞くだけ聞いて、莉央はどこかドヤ顔チックな訳知り顔でその場を離れていった。
「えぇ……」
何の脈絡もなく、言いたいことだけ言って消える友達にあさひは困惑する。
そして取り残された中、静かにカイを見た。
「別に遠慮はいらんぞ。素直に才能ないって言ってくれたら良い」
「いや……うーん。まあ、虎って感じじゃないよね」
「そうだな」
「でも……私はカイとが、一番戦いたくないな」
「えっ」
「うまく言葉に出来ないけど、カイが相手だとやりづらい。それにそもそもの話だけど、私、カイに勝ててないじゃん。だからカイが天才ってのは、あながち間違いじゃないと思うよ。私はね」
カイはその言葉を聞いて、顔を顰め静かに俯く。
受け入れられない。
けれど、否定も出来ない。
そういう、後ろ向きな態度だった。
「ま、どっちでも良いか。俺が天才かどうかなんてのは」
そう口で言いながらも、心のどこかにはその言葉が棘のように残っていた。




