短い時間で出来ることを(前編)
『ミリタリーショップ:ジャンクヤード・DECENT』
小さな個人商店であるそこにはクローズドの文字が踊り、その奥で一人の老人が涙を流していた。
自分の店で人目も憚らず泣いている老人の前にいるのは、悠陽という名の少女。
彼女ははにかむように微笑み、慈愛に満ちた表情を老人に向ける。
ありがとう、もう大丈夫だよ。
そう、告げるように。
彼女が女性の姿で外を歩けるようになったという事実。
それは老人にとって、救い以外の何物でもなかった。
老人は、ずっと後悔に囚われていた。
自分の影響でミリタリーにはまって、その所為でいじめられて中学時代苦しみ、皆が青春を送る高校時代を家の中で過ごすこととなった。
彼女の青春を、人生を台無しにしてしまった。
その事実がどれほど老人の中で罪悪として渦巻いていたか。
けれど、その辛さを老人は一度として口にしたことはない。
自らを加害者とする老人は、誰かに弱音を吐くなんて救いは許されないと考えていたからだ。
だからこそ、今日この日が、本当の意味で救いとなる。
男装を辞めた。
自分らしく生きると決めた。
その上で、再びミリタリーを求めた。
好きな物を、好きだと言うために。
奏多悠陽という女性は、ようやく自分を取り戻したのだ。
その手助けが出来る。
そんな日が来るなんて信じていなかった老人にとって今日は、人生最良の日であった。
そんな感動の奥で、三馬鹿はゲームをしていた。
あさひ、カイ、ナガレの三人は空きスペースを乗っ取り、少しレトロなゲームで三人協力プレイ。
と言っても遊びではなく、これもチームプレイのお勉強なのだが。
「……まあ、別に構やしないけど、なんでうちなんだ?」
老人は困った顔で呟いた。
「えと、一応私が女性だからと気を使ってくれて……」
悠陽の言葉に老人は小さく頷く。
「ああ……。そういう感じか。……いや、アレも女だろう? 一応」
そう言って、老人は三馬鹿の一人、あさひを指差した。
「あはは……。あさひさんはその……そういうの気にしないタイプだから……」
「まあ、そうだろうな。あいつはそういうタイプだ。パイル馬鹿だし。むしろ、野郎共の方が気にしてうちに集まったって感じか。……大学生の癖に健全というか、逆に不健全というか……」
そう言って、老人は小さく溜息を吐いた。
「ま、良いだろう。……あいつなんだろ? 悠陽ちゃんがそうなったのは」
親指であさひを指差す老人の言葉に、悠陽は微笑み頷く。
「うん。あさひさんのおかげ」
「……はぁ。なら、しゃあねぇ。可愛い悠陽ちゃんの為だ。うちも全面協力してやるよ。悠陽ちゃんが部員のうちはな」
「ありがとう。店長。……ところで、店長って何が出来るの? 実は私、良くわかってなくて……」
「あ? 何って言うと?」
「どうしてARCに協力を頼まれたとか、色々?」
なぎさよりARCが店長単体に協力を求めていることと、かつてあさひが使ったパイルバンカーは彼の協力なくして出来ないということを聞いている。
だが、その情報すら悠陽の中にある店長像とは一致していしない。
悠陽にとって店長は、ミリタリーショップを務める気の良いおじいちゃんでしかなかった。
「そうだな、悠陽ちゃんが生まれる前の話だが、俺はちっせぇ工場で働いてた。ムカついて辞めたけどな」
「工場?」
「ああ。とうの昔に潰れたんだがな、まあこれが酷いとしか言えないようなところでなぁ」
そう言って、店長は困った顔で笑う。
本当に酷い思い出しかないのだろう。
「それで、喧嘩別れのように辞めて、その時に俺単独で持っていた特許を幾つか回収した。その一つが……」
店長は小さな部品を取り出し見せた。
それは『シリンダー』と呼ばれる部品だった。
「これだ。こいつをあの赤羽とかいう奴が随分気に入ってな」
「なるほど……。それがあのパイルバンカーのパワーの秘密……」
「そうらしいな。俺の想定する使い方じゃないから、俺には良くわからん。っと。そろそろやめようかこの話は」
「どうして?」
「こいつの所為でパイル馬鹿が集中力切らせてやがるから」
そう言って、店長は再びあさひを指差す。
あさひは、ちらちらとこっちというかシリンダーを見つめていた。
めんどそうに店長がシリンダーを仕舞うと、しょんぼりした様子で画面に視界を戻す。
悠陽と店長は顔を合わせ、お互い困った顔で笑いあった。
三人がやっているゲーム機は店長の私物であり、十年以上も前にソフトが出なくなった、いわばレトロゲーム機である。
ゲーム事態も特別面白いというものではない。
単調な、CPU相手のロボットゲーム。
まあ、はっきり言えば凡ゲーだ。
けれど、このゲームは今尚一定の需要を有している。
ゲームは三人まで同時に遊べる、PVEのマルチプレイゲーム。
つまり、このゲームはライズのルールに近い。
更に言えば、ゲームとしての完成度が高くないためか機体速度もロボゲーの中では大分控え目。
スローモーションのように錯覚さえする。
だから、連携を教えるには非常に適したゲームであった。
ライズにおける連携は二種類のベースを中心に考察される。
三機が密集し、同じような行動をとる『同一行動式スタイル』。
三機それぞれが異なる得意行動を取り、強みでお互いをカバーし合う『相互補助スタイル』。
実際この通りに試合展開が動くというわけではないのだが、連携のベースになっているのは間違いなくこの二種。
だから自分たちの戦術の話以前に、相手の戦術を予測するためにも、一通りナガレに教えておく必要があった。
ゲームを進め、装備を揃え、"3on3"のゲームを何度か繰り返した後、カイは尋ねた。
「どうだ? 何か感想はあるか?」
そう、カイはナガレに尋ねる。
それはどのくらい連携を理解したかの確認と、どのくらい相談できるかのテストであった。
はっきり言ってしまえば、あさひは連携の相談ではあまり信用出来ない。
感性も判断も独特な上に、積み重ねて来た物がソロバトル。
理解していないというわけではないだろうが、正直独特過ぎてカイでは手に余っていた。
だから、カイにとってナガレがどのくらい連携が"理解っているか"というのは非常に重要な要因であると言えた。
最悪のケース、つまりナガレが連携駄目だった場合、カイの仕事は二匹のわんこに"ゴー"と命じることになってしまうだろう。
「んー。正直言えば、三機というのは絶妙だなこれ」
困った顔で、ナガレはそう口にした。
「と、言うと?」
「四機でないから、微妙に手が足りん。ゲームならまあなんとでもなるが、実際のバトルの時俺たちの動きは大分制限されるんじゃない?」
ナガレの言葉に、カイとあさひは目を丸くした。
「……あれ? 俺、何か頓珍漢なこと言った感じかこれ?」
カイとあさひは揃って首を横に振った。
「いや、あんたやっぱすげぇわ」
カイは神妙な口調でそう呟いた。
「そう言われても、俺何も理解してないぞ?」
「浅い理解なのに最大の問題点をきっちり理解してるってのが凄いと思うよ。ねぇカイ」
あさひの言葉にカイは頷く。
「とりあえず、言葉でまとめるぞ。俺たちの問題は、俺が指揮官機であること。その一点に尽きる」
カイの言葉は酷く自虐的だが、あながち間違ったものでもない。
あさひの攻撃の要として、そのサポートをナガレが行う。
これがARCの連携ベース。
それはあさひの攻撃力生かすためだけでなく、二機が軽量機体で機動力が近しいということも連携の理由に含まれる。
そうなると、中量機体であり速度に追いつけないカイの機体は必然的に孤立する頻度が増える。
倒されたら負けな指揮官機が孤立するというのは当然、好ましいことではない。
そのリスクを回避しようとするなら、二機が指揮官機から離れられなくなり、あさひの爆発力が低減する。
攻めを取れば守りが薄れ、守りを意識すれば攻めが消える。
つまるところ、チグハグ。
チームワークで強みを伸ばすという連携の特徴を鑑みるならば、連携を取る意味が限りなく薄くなっていると言わざるを得ない。
あさひとカイの方向性の違いがそのまま悪影響になっていた。
「……もう何戦かしてみるが、おそらく解消はされないだろう。これはもう根本的な問題だ」
カイの言葉にナガレとあさひは頷く。
言葉通り、単機の動きがうまく出来る程、チームとしての動きは中途半端なものとなっていた。
ゲームでなら別にいい。
カイを護らないという選択肢を取ればそれで済む。
なにせ、ゲームオーバーになっても再戦すれば良いだけの話なんだから。
けれど、現実にコンテニューは存在しない。
「あのさ、無知な初心者の滅茶苦茶な意見なんだがな……」
「前置きは良い。ナガレ、何か思いついたなら話してくれ。今は一つでも意見が欲しい段階だ」
「お、おう。えっとさ……あさひを指揮官機にするのは駄目なのか?」
「それは俺も最初に考えた。だが、突撃癖のあるあさひをリーダーにするのはリスキー過ぎる」
「まあそうなんだけどさ……そもそも、あさひが倒れた時点で俺たちに勝ちの目って薄くない?」
ナガレの言葉に、カイはぴたりと止まる。
そのまま、そっとゲームでの戦績を振り返り、確認してみた。
確かに、あさひが先んじて落ちた試合の勝率はゲームのCPU相手でも五割を切っている。
リスクであることに違いはないが、これなら許容出来るのではないか。
そう、一瞬だけだがカイも思えた。
「……試してみる価値はあるか。あさひ、リーダー権限を渡すから自由に動いてくれ。別に抑えなくても良い。さっきまでと同じようナガレと突撃してくれ」
「あいさー。カイはどすんの?」
「少し離れた位置からお前らのサポートをしてみる」
敢えて直接の命令を出さず、動きを確認する。
フリーハンドにしてうまく機能しない連携など無用の産物でしかない。
そうカイは考え、連携を組みなおし、テストプレイ。
攻撃の要であるあさひをナガレがカバーするのは変わらない。
ただし、今回の場合は防御もナガレは重要となる。
あさひが落とされたら終わりだからだ。
その二機を、これまで後方で待機していたカイが射撃でサポートする。
さっきまでと比べ大分攻撃に厚い戦術となっていたが……。
「思ったより、悪くない。チグハグさは解消出来ているし、何より爆発力もある。あさひ、お前はどうだ?」
「感覚的には大して変わらない。でも押し切れない時にカイのサポートが入るのは助かる」
「ふむ……。ナガレはどうだ?」
「ぶっちゃけかなりキツイ。敵の攻撃があさひちゃんに集中するからかな。とはいえ、防御に専念すればやれなくはない感じだ」
「なるほど。……もう少し色々なパターンを試してみよう」
そう口にするカイだが、既に自分の中ではリーダー権限をあさひに渡すよう上告することを決めていた。
竜胆カイは最初からあさひに全賭けしている。
だからこうなるのはある種、必然とさえ言えた。




