遺産
ARCの部室で、二人の女性が話し合っている。
片方は楽しそうに、片方は飄々と。
どちらも、ともに外見は最上。
だからだろう。
寂れた格納庫という環境なのに、どこか華があった。
一人は顧問である赤羽京香。
ある時から突然ばっさり髪を切ったが、燃えるような赤い髪は以前健在。
むしろ、手入れをする時間が増えた分その艶は増している。
もう一人の美女の名は、神楽坂なぎさ。
赤羽と比べたら少々幼いが、それでもその美貌は十分過ぎるだろう。
とはいえ、赤羽と異なりなぎさの場合花があるのは外見だけ。
中身はマンドラゴラが何かである。
「それで、我らが顧問。件の話がどうなったのか、聞かせて貰っても構わないだろうか?」
相も変わらずまどろっこしい口調で、甘い声。
赤羽は思わず苦笑をしてしまった。
「予選参加は受理された。問題はない」
「ほう! 流石は大天才である紅朱雀。見事としか言いようがない。後学のため何をしたか、ご教授願えないだろうか?」
「構わんが、大したことはしてないぞ?」
「それは聊か謙遜が過ぎるのでは? 生まれたての箱舟を、あの頭の固いお偉いさん方が認めるとは到底思えない」
「頑張ったのは、私じゃない。生徒たちさ。なぎさも含めてな」
そう言って、赤羽は笑う。
それでもなぎさの好奇の目が追ってくるから、赤羽はしょうがなくやったことを説明した」
「R.I.S.E.の運営管理委員に訴えただけさ」
「それだけ? あの頭がお固く腰の重いお年寄り方がその程度で動くとは……」
「誰にも特別扱いをしないというのは、それはそれで健全な証だよ」
「それは、正しさを認めない私が子供だと?」
「まさか。物事に絶対はない。けれど、法を犯さない限りはあらゆる手段は正しいとも言える。例えそれが圧力であろうともね」
赤羽は、にやりと笑った。
「やはり私はまだまだ子供のようだ。貴女を見てるとそう思わされるよ」
「小賢しくなることを大人とは言いたくないな。というわけで、外国のR.I.S.E.運営委員とマスコミにリークした。緋衣朔夜と竜胆家の次男、そしてそれに匹敵する男のいるチームが参加したら面白いだろって」
なぎさは訝しげな表情でそっと息を吐いた。
「まさか私がお偉いさんがたに同情を覚える日が来るとは……」
「来年あたりから参加条件が厳格化するかもな。それで、納得したか?」
「ああ。参考にさせてもらうよ」
「ほどほどにな」
そう言ってから、赤羽は壁にかけられたカレンダーに目を向ける。
予選開始日まで、残り二週間を切っていた。
「余計な妨害やらで時間がかかってしまったからねぇ。はは、何の準備も出来ていない」
なぎさはそう言って両手を上げ、お手上げを示した。
「そうだな。パイロットチームも今頃覚えることの多さに目を回しているだろう」
「やはり、正規公認の大会はこれまでと違うと?」
「テレビで見るルールそのままになるからな。覚えることも、その難易度も別物だ。ついでに戦う相手もな」
確かに、皇蒼月は強敵だろう。
だが、彼だけではない。
彼に匹敵する人物が他にも確実に参加している。
たった一つの本戦参加枠を勝ち取るために。
「……顧問。正直に答えて欲しい」
「なんだ?」
「他の大学と比べて、機体の性能は足りていると思うかい?」
「そうだな。――アキレスの楯に限って言えば、足りているだろう。スペックを生かせたら十全に戦える」
「アステロイド・ブルーは……」
「少々厳しいが……まあ、中量機体は扱いやすいからいけるだろう。だが……」
「やっぱり、コヨーテではカタログスペックが足りないと」
「正直言えば。そしてそれがわかっていたから、お前も準備をしていたのだろう? 間に合わなかっただけで」
なぎさは苦笑しながら、テーブルに紙の束を置く。
『PROJECT:RED』
見だしに書かれたそれは、イクス・ユニットの設計図。
なぎさがあさひのためだけに用意した、新型の設計図だった。
「悔しい話だが、時間も能力も何もかも足りなかったよ。間に合わせるつもりだったのだが……」
笑っているなぎさだが、腸の中は煮えくり返っている。
才能に自信があったからこそ、自分の未熟さを痛感していた。
「たかだか一月二月で機体を生み出そうというのは、少々傲慢と思うがね」
「いいや。プラス一年だよ、赤羽顧問」
「お前は……。いや、お前もあさひに対しては随分と重たい感情を向けているな」
「当然だとも。私と彼女は姉妹のようなものなのだから」
赤羽は露骨に顔を歪める。
自分の足の骨を移植したことを姉妹と例えるのは少々ばかり気持ち悪かった。
「……私達は、この残り短い間にどれだけの物が積めるのだろうか」
「天才が二人も居るのに、なかなか思うようにいかないものだ」
なぎさは静かに愚痴った。
「ま、天才なんてのは基本的に万能で早熟という程度の話に過ぎないからな。だからこそ、そうでない者が重要になるんじゃないか」
「まあ、その通りだねぇ。うちの兄とか本当に便利で便利で……」
「下手に使いにくい天才より利便性の高い秀才の方が役立つなのは間違いないな。それに……」
そう赤羽が言うのに合わせ、彼女が姿を見せた。
メイド服の上に白衣を着た、トンチキ姿の低身長少女。
彼女は天才ではない。
能力そのものは凡庸で、学力的に言えばARCで一番低い。
彼女は万能ではない。
むしろその正反対。
けれど、彼女は間違いなく、この八方ふさがりとなった状況を打開する力を持った『鬼札』であった。
彼女の名前は莉央。
悪魔を自称する中二病である。
「さて、狂気を秘めたる悪魔様。我らに秘策を授けて下さいませんかね?」
赤羽の言葉に、莉央はにやっと笑った。
莉央に何かを為す能力はない。
莉央に何かを行う才能はない。
彼女が持つ武器は、たったの二つだけ。
その一つは、発想力。
常人では決してありえないハイリスクかつ狂気の発想こそが彼女の特徴である。
そんな彼女は第一声にて――。
「ミスタープロレス男。あいつは使えん」
そう、吐き捨てた。
誰のことを言っているのかはすぐにわかる。
二十六木流。
この部でプロレスと言えば彼のことを差す。
「それは……メンバーを入れ替えろということか?」
鋭い目線で、赤羽は問う。
それより先の言葉を言うのなら、覚悟しろと。
そんな赤羽の気迫なども気づきもせず、莉央は言葉を続ける。
「は? 何を言ってるんだ? 単なる事実であろう。というか、素人にどこまで期待してるんだ貴様らは。あやつが壊れてないのは奇跡でしかないぞ?」
少し怒った口調でそう莉央は告げる。
莉央の言葉は、これ以上ないほど正論だった。
未経験の初心者でありながら彼は実働時間をこれでもかと稼ぎつつ、国家資格レベルの上級ライセンスの試験を受けさせられ、そのおまけに大会の優勝まで求められた。
常人なら一日と保たずに倒れるであろう過密スケジュールをこなし、望まれたタスクを残らず達成してみせた。
大会に優勝し、上級ライセンスDを取り、今はパイロット二人から正規ルールの指導を受けている。
凄い実績である。
成長速度で見れば間違いなく全国クラスだ。
けれど、彼は初心者である。
付け焼刃で困難を突破した天才であっても、その事実は決して覆られない。
彼がこのまま全国予選に出れば、きっと地獄を見る。
経験不足に気づけないような温い相手はいないのだから。
だから、莉央の指摘は完璧なまでに正しかった。
何も言い返せない赤羽の横で、ふとなぎさはあることに気づく。
彼女、小森莉央の目線は常人とはかけ離れている。
そしてそれは言動も。
つまり、彼女が言いたいことはナガレの現状への不満でも、ナガレの能力不足の文句でもないはず。
彼女はきっと改善点についてを話しているはずで――。
「つまり、君には何かあるということかい? ナガレが大会で活躍できるような、そんな秘策が」
「何を言ってるんだ? そんなの当然だろう?」
莉央は『頭大丈夫か?』みたいな目をなぎさに向ける。
赤羽は「ぶふっ」と吹き出し笑いそうになるのをそっと誤魔化した。
「では、その悪魔染みた発想を教えて貰えませんかね? 悪魔様莉央様様」
そう告げるなぎさはちょっと拗ねたような口調だった。
「――アステロイド・ブルーをよこせ。あれをプロレス男に乗せる」
莉央の言葉に、赤羽となぎさはきょとんとした顔を見せる。
それは、全く予想していなかった要請だった。
「……いや、あの……あれを素人に使わせるのか? 控え目に言って、死ぬぞ?」
赤羽の言葉になぎさも頷く。
「ピーキー過ぎてお前にゃ無理だよ……と、言いたいくらいに厳しいのだが?」
そう――アステロイド・ブルーという機体は独特の出自ゆえ、ありえないほど繊細な操縦が求められる。
やろうと思えば、人間が出来ることはすべて再現出来るだろう。
その繊細さゆえに、大会ではあさひにさえ任せられない。
長期の実績と慎重な性格であるカイが、制限プログラムを使用してようやく実戦に使えると言う代物である。
当然単なる初心者であるナガレに使えるわけがないのだが……。
「あのプロレス男の最大の武器は何だ?」
莉央は二人にそう尋ねた。
「そりゃ、あの体力だろう」
赤羽の言葉になぎさは頷く。
「うむ。高い吸収力、外見の割に慎重な性格、穏やかな気性と優れたコミュ力。色々あるがやはり一番は体力だ。あれだけはすでにプロを超えている」
なぎさはそう注釈をつける。
それを聞いて莉央はうんうんと頷いた後……。
「お前ら冷たいな。もう少し内面を見てやれよ」
そんな、一番人間らしくない奴から人間味について指摘された。
「では、莉央はナガレ最大の武器を何と思うんだ?」
「決まっている。《《プロレス》》だ。あの繊細な動きから技を繰り出してみろ? 近接においてどれほど恐ろしいモンスターとなるか」
言われて、赤羽は想像する。
繊細過ぎると言われカイに拒絶されたアステロイド・ブルー。
その最大の能力を生かしたプロレス技。
それが出来たら、確かに恐ろしいだろう。
ロボット競技の中に一人特撮の巨人が混じるようなものだ。
「けれど、それは出来ない。それはアステロイド・ブルーを最大限発揮した場合。つまりナガレが初心者でないという仮定の上でしか成り立たない話ではないか」
早くても来年。
普通に考えたら再来年。
ナガレという存在が真価を発揮するには、それだけの時間を要する。
だから莉央の話は机上の空論に過ぎなくて――。
「まさか……何か、あるのか? 今すぐナガレが初心者でなくなるような、そんな方法が……」
恐る恐る、赤羽は尋ねる。
莉央は首を横に振った。
「そんな便利なものはない。だが――アステロイド・ブルーでプロレスをさせるだけなら、出来るぞ」
そう言って、莉央は二人に分厚い書類の束を渡す。
それを赤羽は受け取り、なぎさと共に見る。
そこに書かれていたのは、『コックピット』について。
「吾は常々疑問に思っていた。何故、誰もコックピットを魔改造しようとしないんだ? 何の制約にないのに」
莉央は心底不思議そうに愚痴る。
機体・コックピットの外壁・武装。
それらは常に厳しい規制がかかっている。
諸々の事情が加わるが、最大の理由は安全性のため。
パイロットを危険に晒すことは許されない。
三大事故をこの十年程という近年で引き起こした日本の場合は特に、安全面の規制には厳しい制約を受けている。
けれど、その制約にコックピット内部は含まれない。
そこには一切の規制がかかっていなかった。
と言っても、改造しないのは大きく改造する理由がないほどに満足感が高いというのもあるが。
三種、もしくは四種の操縦システム切り替え。
ベースとなるエーテルスフィア。
カスタム性を考慮しても、既存の状態で十分過ぎた。
「なに……これ……。いや、本当に……何?」
なぎさはそれを見て、震えるような声で囁く。
理解出来ていないわけじゃない。
そうではなく、こんなものが存在するという事実に怯え震えていた。
いや、技術そのものが存在することはなぎさも知っている。
高度な外科手術などに応用される技術だ。
けれど、それをイクス・ユニットに使うなんて発想はなかった。
「――悪魔の遺産」
赤羽は、それをそう呼称した。
悪魔の教室。
それは幾つもの狂気じみた発明を見せ、そしてその多くの手法は公開されなかった。
だから、遺産。
かつて悪魔の教室が本当に実在したという証拠であろうと同時に、それが莉央に引き継がれた証明。
紛い物のキョウジが隠し続けた、莉央のみが明かす権利のある、正真正銘の『秘匿技術』だった。
「『疑似マスタースレーブシステム』。端的に言えば、腕部動作をアステロイド・ブルーでそのまま再現させる。肉体派の筋肉ダルマに相応しい操縦法だろう?」
にぃっと笑いながら、莉央は告げる。
言葉が出ない。
めちゃくちゃな発想で、これが成功するか博打に等しい。
それでも、莉央の勝ちは確定している。
天才二人が、"面白そう"と思った時点で、勝負は付いていた。
更に莉央は同様に頭のおかしなリスク度外視のアイディアを幾つも提案してきて、二人は静かに頭を悩ませた。




