悪魔の教室の後継者
最初に気づいたのは、あさひだった。
ピリッとした、電気のような不穏さを肌が感じている。
真剣勝負特有の、張り詰めた空気に近い。
さっきまでだって本気だった。
みんな必死だった。
そんな熱さを感じる本気とは、また別のもの。
もっと鋭い……抜き身の刀を想像させるような、そんな殺伐とした空気。
その中心に、彼女はいた。
小森莉央。
おどおどして、リスみたいな小動物の女の子。
悲しい体型大学生ズとして同盟を結んだ、大切な友達。
そんな彼女は――白衣を着て、堂々仁王立ちしていた。
まるで、誰か殺しでもしそうな雰囲気を放ちながら。
「あの……莉央?」
恐る恐る声をかける。
莉央はにっこりと、あさひに微笑みかけた後、ずかずかと進み、達臣の背を強く叩いた。
「代われ」
「はっ? えっ? え、いや……バイタルチェックは遊びじゃ……」
「そんなことわかっている。早く代われ。流石の吾であっても、負けた後に判定は覆せんわ」
そしてぐいぐいと押しのけ、莉央は強引に赤羽の隣に座った。
「さて……聞こえるな筋肉ダルマよ」
『えっ? はっ? いや、誰? というか俺今追い詰められていっぱいいっぱいなんだが……』
「聞こえるなら黙って聞いておけ。集中を乱すな。右から来るぞ。貴様から見たら左だ」
その言葉の直後、片手ハンマーを振り回し、相手機体はアキレスの楯左側面に叩きつけに来た。
『……マジじゃねぇか。どういうことだ』
ナガレはハンマーを防ぎながら、小さく呟く。
「次も左だ。そのまま集中して凌げ。さて……貴様らも貴様らだ。雁首揃えて何やってる。無能か?」
ジロリと睨みながら、莉央は周囲に目を向ける。
その中には、顧問の赤羽も含まれていた。
「いや、ナガレが二勝しただけでも結構奇跡的な綱渡りだったんだが……」
「はっ! 天才であろう者が、随分とズレたことを口にする。結果なき過程に何の価値があるというのだ」
そう言いながら、莉央はかたかたとタイピングをしていく。
かと思うと表情が険しくなって……。
「駄目だな。随分となまってしまった。顧問よ、天才としての頭脳、この吾に貸して貰おう」
そう言ってから、莉央は達臣のPCとリンクする赤羽のPCに自分がここまで書いたプログラムのソースコードを投げつけた。
それは粗雑で、決して出来の良いものではない。
むしろ、学生レベルとしても下の下に等しいだろう。
スペルミスさえ混じっている。
けれど……ただ一点、特徴的な部分がある。
発想が、狂っている。
「お前……正気か?」
眉を顰め、赤羽は尋ねた。
「はは、この吾に正気を尋ねるとか、面白いジョークだ」
『いや、好き放題言ってるけど、お前誰だよ』
ただでさえ追い詰められているというのに、モニター先で顧問を馬鹿にしてイラつく。
もうナガレの処理能力はいっぱいっぱいとなっていた。
「ふむ……。吾か。吾は……《《悪魔》》さ。願いを叶え代償を奪う、悪辣非道のな」
そう言って、莉央はにやりと笑った。
「一応、お前の書いたプログラムの続きを書いたが……本気か? いや、マジで使う気かこんなの……」
「早いな、流石天才。そして無論、本気だとも」
答えた直後に、エンターキーを叩きプログラムのインストール準備を整えた。
「ナガレ、カウント後ゼロコンマ一秒シャットダウンする。すぐに復帰するから慌てるなよ……。スリー……ツー……ワン……ゼロ!」
ターンと、エンターを入れた瞬間、駆動プログラムの基盤が変更され、アキレスの楯はがくりと身体を崩す。
すぐに戻るものの、機材トラブルかと不穏な空気が大会中に流れた。
「良い空気だ。油断を誘える。ナガレ、そのまま全力で突撃しろ。良いな? 全速力だぞ?」
『ちょっ!? 何をいきなり。そもそも、それが出来ないから俺はピンチになっているわけで――』
「良いから早くしろ。チャンスの女神は長いこと待ってくれんぞ?」
『……っ!? ああもう!』
叫び、ナガレは言われた通りこれまで一度も届かなかったタックルを狙い、アキレスの楯を走らせる。
直後――強烈なGがナガレを襲った。
顔が変形するような、意識が飛びそうな、そんな衝撃。
ジェットコースターの中にいるような正面の圧と、シェイカーの中にいるような上下振動。
だから、備えることも準備も出来ず、それはタックルというより単なる体当たり。
それでも、これまで一度も当たれなかったのにぶつかって、相手に大きなダメージを与えられていた。
「ふはははは! 油断していたな馬鹿めが!」
莉央はまるで悪役のように叫ぶ。
いや、事実悪役にしか見えない。
『おまっ!? これ、これなんだよ……。パワーアップしたのか』
「うむ! といいたいところだが、そんな都合の良いものはこの世に存在せん。単に一部の駆動系リミッターを切っただけだ」
『それ、大丈夫なのか?』
「無論。大丈夫じゃない。半時もすればスクラップとなる」
くっくっくと笑いながら、莉央は言った。
『お前……なんてことしてんだよ!?』
叫ぶナガレに、莉央はそれの数倍の声量で叫び返した。
「やかましい! 無能が!」
この場の皆が静まりかえり、莉央に視線が集中する。
「ナガレだけでない。貴様も雁首揃えて何呆然としてる? 吾など足元にも及ばぬ天才集団の癖に。そもそも、貴様らは何が問題なのかさえわかっておらん。なんという体たらくだ」
くどくどと、説教する莉央に目を丸くする。
白衣を着ただけだというのに、まるでキョウジの中二病が乗り移ったかのようだった。
ここ最近のキョウジは恐ろしいくらいに大人しかったが。
「これ、いったいどゆこと?」
あさひは静かに首を傾げた。
「返したんですよ。元の持ち主に」
そう呟いたのは、キョウジだった。
ただ、今度こちらは今までのような男らしさはなく、どこか猫背でなよっとして気の弱そうな、うだつの上がらない男となり果てていた。
「返した?」
「はい。元々後継者というのは、彼女の方なんです。いえ、そもそも……悪魔の教室そのものが、彼女のために作られたものなんですけどね」
「結局のところ、その悪魔の教室ってなんなの?」
その問いに対し、キョウジは少しだけ声のボリュームを抑え、話し出した。
当事者である莉央の邪魔にならないように……いや、聞こえないように。
「子供を集め、科学的な物を作る動画配信チームの名前です。その主の名は、小森恭弥。彼女、小森莉央の実の兄です。
「それだけ?」
色々仰々しい話を聞いていたからだろう。
あさひは、少しだけ拍子抜けした。
「はい。表向きは、天才である子供たちを集め、世界征服と名乗りながら普通の子供じゃ出来ないようなとんでもない発明品や新技術を披露する場所でした」
実際、未知の技術や新開発、軍事レベルの技術を家庭の科学程度まで落とし込んだりとやりたい放題で、多くの功罪を招き科学オタクを熱狂させた。
それは知る人ぞ知るという程度の知名度であった。
あの、事件までは。
「表向き?」
「……彼らは決して天才ではなく、むしろその逆でした」
そこに集まった子供たちには、一つの共通点があった。
それは、自分の得意な分野に限り専門家レベルの知識を持っていたこと。
それも正しいが、本質はそこじゃない。
本質となるのは……専門分野以外では、驚くほど無能であったということ。
そちらが重要となる。
会話がうまく出来ない。
興味のない分野では劣等生となる。
普通の人が耐えられる苦痛に耐えられない。
そういう特徴を、子供たちは持っていた。
彼らは万能の天才ではない。
普通の人が当たり前に出来ることが行えない異常者であり、劣等生であった。
「考えてみてください。誰とも会話をしない子供。一切笑わない子供。言われたことが出来ない子供。まともに会話も出来ない子供。こういう子供たちって、どういう目に遭うと思いますか?」
「それは……」
「悪魔の教室に居た子供たちは、親から捨てられた子供しかいません。しかも性格に難があったため里親さえ見つからないような……ね」
異常者ゆえに、誰にも理解されない。
異常者ゆえに、誰も理解出来ない。
その行動は常に奇異の目に見られ、その行いは常に人々の疑心を招く。
時に霊の所為にされ、時に呪いの所為にされ、時に悪魔憑きと蔑まれ。
だから、捨てられた。
「でも、それに反逆する人がいました。その彼こそが……」
「莉央のお兄さん」
「はい。小森恭弥。彼は、どれだけ劣っていても『ただ一つ』を持つ子供たちを集め、彼らの居場所を作りました。世間で生きられない不憫な子供たちの家族となり、その終の棲家を」
それが、悪魔の教室と呼ばれた場所。
崇高なる願いが忌み名となった、哀れな願い。
「と言っても、その使命さえ彼にとっての本質ではありませんでしたが」
「本質?」
「……最愛の妹の居場所を作りたかった……ただ、それだけだったんですよ」
世間から決して受け入れられない誰よりも異常な存在。
そんな自分の妹が堂々と生きられる場所を用意したい。
悪魔の教室は元々、そのためだけの物だった。
小森恭弥がどれほど妹を愛していたのか、キョウジだけは知っていた。
だからこそ、今日まですべてを捨て守っていた。
自分の恩人である小森恭弥の願いは、キョウジにとってありとあらゆる物事よりも優先された。
あさひは、キョウジの言っていた言葉の意味を理解した。
『元の持ち主に返した』
そう……最初から『悪魔の教室』は小森莉央のために作られた場所だった。
彼、西島恭司郎は彼女が後継者となるための代理人に過ぎなくて――いや、そうじゃない。
彼は、悪魔の教室の首謀者の妹である小森莉央から世間の視線の逸らすための、いわばスケープゴートに過ぎなかった。
数度のタックルが決まり、相手の機体にダメージを与えられた。
特に左腕は電気系統にダメージが行ったらしく、使い物にならなくなっているようだ。
それは事実だろう。
だが……。
「これ、やらない方が良かったんじゃないか?」
ナガレは小さくそう呟く。
駆動系の不調を示すレッドアラートが、画面中あちらこちらで走っていた。
『莉央がモーター系のダメージがデフレクターに回らないよう設定したからな。駆動系はあちこちダイレクトに悲鳴を上げている最中だ』
赤羽から、呆れたような声が聞こえた。
「いや、本当に大丈夫なのか?」
『知らん』
投げ捨てるよう、赤羽は告げた。
「いやいや! これ、ただ負けるより不味いだろう! もし壊れたら……」
これまでの戦いで、ナガレは極力アキレスの楯を破損させないよう苦心していた。
ハイエンドゆえに故障した時の修理コストがかさむからだ。
それもあって内心は不安でいっぱいだったのだが……。
『囀るな。無能が』
「はぁ!? お前がこの状況の元凶だろうが!」
よほど余裕がなくなったのか、珍しくナガレが本気で声を荒げていた。
『……はぁ。良いか。良く聞け。貴様らの愚かさは二点だ。一つ、初心者であるこいつの自主性を重んじたこと。天才共が、いったい初心者に何を期待している』
「………………」
ナガレは、何の言葉も返せなかった。
ナガレだけでない。
誰もそうだ。
初心者にどれだけ重圧を与えたか。
この状況が初心者にどれほど厳しいものだったのか、わからない奴はここにはいない。
『そして二つ目。現実が見えてなさすぎる。機体が無事なまま勝とうなんて状況じゃないことくらい、とうにわかっているだろう?』
にやついた声で、莉央は煽る。
けれど、それもまた事実だった。
素人であるナガレではどうにもならない相手が出てきて、その上で勝ちたいと願った。
それは逆説的に言えば、真っ当に努力を重ねた相手に、初心者が勝ちたいという道理を超えた願いである。
相手の道理を理不尽に潰すのだ。
それが無茶であることなんて、当たり前に過ぎない。
『だから、これは悪魔の提案だ。うまく機体を壊さず操れ。そうすれば……吾が貴様を勝たしてやる。貴様のことは気に食わないがな』
「やはり、俺は嫌われてたのか」
『別に貴様自身に思うところは何もない。ただ、貴様が愚鈍にも我が最愛の時間を奪っていることさえ理解出来ぬから、気に食わぬだけだ』
一瞬、頭が硬直した。
何を言っているのか、まるで理解出来なかったからだ。
そして思いだしたのは、ここしばらく、ずっと赤羽顧問の代わりキョウジが張り付いていたこと。
ついでに言えば、何故かその時は毎回莉央も一緒に居た。
「あー……。ちょっと話変わって来た」
『まあ、安心すると良い。貴様がどれほど壊そうとも、吾の最愛にして偉大なる右腕がその機体を直してくれようとも。現状維持とそのための総意工夫という一点に尽きれば、吾の最愛は頼もしいぞ?』
それはのろけなのか自慢なのか中二ごっこなのか。
正直もう、ナガレにはわからない。
ただ……それでも、ナガレは彼女のことが信じられた。
彼女の無茶を赤羽顧問が一切止めていないこと。
その一点で、信じるに値した。
「それで、どうしたら良い?」
『これまで通りだ。カイに戦術を聞きつつ戦えば良い。準備が終わるまでな』
「やっぱり、何かするつもりだったんだ」
『当然。貴様に悪魔の教室が何たるか、その恐ろしさを十全に見せてやろうとも』
その言葉の直後、ターンとエンターキーを叩く音が響いた。
無駄にエンターキーを叩くのが、ちょっとだけ馬鹿っぽくて可愛かった。
いきなり、コックピットの画面が変化した。
騒がしいくらいに広がっていたレッドアラートがすべて消え、パネル下部には何やら意味深な赤いボタンが表示される。
そして、急にスフィアの操作感覚が異常なほど過敏に変化した。
『信じられん。外部のプログラム追加のみで、操作システムにこれだけ直接干渉するなんて……。そんなこと、本当に可能なのか……』
赤羽の慄く声が響いた。
『これぞ悪魔の教室、その正統後継者たる吾の遺産よ。さて、聞こえるな筋肉ダルマ。今、貴様の操作システムを足にのみに干渉できるよう変更した。手は当然胴体や頭部さえもう動かせん。代わりに、脳波でほぼ直接動かせる。これならば、貴様みたいなズブの素人でもそれなりの動きが出来るだろうとも』
ナガレは試すよう、反復横跳びのように左右に移動する。
確かに、足だけだが自分で歩いていると感じるほど反応が良い。
むしろ、良すぎて車酔いしているみたいな気持ち悪さが広がってくる。
「これ、どのくらいのことが出来るんだ?」
『我が友、偉大なる翼"緋衣朔夜"の半分程度の動きが出来るだろう』
「そりゃすげぇ」
『そうだろうとも。というわけで……貴様に下すオーダーは残り少ない。とりあえず、相手の足元にスライディングしろ』
「また随分変なオーダーだな」
『素人に無茶は言えんからな。その程度なら貴様程度の無能にも熟せよう』
「大分無茶な気もするが……わかった。やってみる」
そう答え、ナガレは相手機体を見ながら牽制に動き回る。
過敏に反応するようになったからだろう。
身体のあちこちにガタが来ていることが、感覚で理解出来た。
アラートが消えたのは問題が消えたからではなく、画面が邪魔だったから消したというだけらしい。
「悔しいけどさ……今までで一番わかりやすいオーダーなんだよなぁ」
相手の意識が銃のリロードに逸れたであろうタイミングを見計らい、ナガレは全力でダッシュする。
それは頭を使うより身体を使う方が得意なナガレにとって、文字通りのイージーミッションだった。
接近する過程で、何発かアサルトライフルの弾を喰らう。
もうデフレクターが完全に消滅した部位が幾つもあった。
正面の盾も、完全にデフレクターが切れ耐久力のみで勝負している。
そんな状態だからギリギリで……それでも――。
激しい衝撃と共に、相手の足首に目掛けスライディングを放つ。
けれど、あっさりと躱された。
更に、相手はこちらの頭部に向け銃口を向けて来た。
「おい! 次はどうする!? もう一度か!?」
諦めず、ナガレは次のオーダーを待つ。
帰って来たのは……。
『良いや。良くやったミスタープロレス男。赤いボタンを起動しろ』
モニター下部に映る、自爆スイッチのような赤いボタン。
それをナガレは、迷わず叩いた。
ダン! と、何かが射出する音が響く。
それが盾であると気づいたのは、その反動で自分が跳ね飛ばされてからだろう。
感覚で言えば、パイルバンカーに近い。
腕のモーターを最大限活用し、盾を相手に勢いよく叩きつけただけ。
ただし、ハイエンド機体がリミッターをカットした全力の力で。
ずっと支えて来た盾。
不屈無敵の象徴であった盾。
自分唯一の役割であり、そして誰かを護るための盾。
それが相手に直撃し、砕け散った。
けれどその衝撃もまた凄まじく、相手の機体は宙に舞っていた。
「さあ……ラストオーダーだミスタープロレス。これで何をするのかわからぬようなら、貴様は本当の無能だ」
莉央は、にやっと笑いながらそう言った。
貴様ならわかるだろうと、意味深な態度のまま。
『――ああ、なるほど。お膳立てをありがとうよ天才さん』
「はっ! 吾を天才などと呼ぶな。馬鹿者め。それは顧問やなぎさにこそ相応しい。吾を呼ぶなら、悪魔と呼べ」
そう言って、莉央はテーブルを立つ。
もう、すべて終わったとばかりに。
モニターでは、走る機体が映っていた。
相手目掛け、壊れたかけた身体で必死に走る。
そしてその機体は、落下する相手に合わせ――ドロップキックを叩き込んだ。
通常の機体では絶対に出来ないような動き。
完璧なタイミングであの動きは、あさひにだって難しいだろう。
これは、ほぼ自分の肉体と同然に動かせるプログラムを、元々プロレス志望であったナガレに使用したからの奇跡……いや、悪魔の報酬だった。
機体の重量そのままをぶつけられた相手機体は、場外に落下する。
十全に残ったデフレクターと、極めて少ない負傷。
そのすべてを抱え込んだまま、相手機体は場外判定負けを宣言された。
「ふむ。まあ、よくやったと褒めてやろう。というわけだ。吾の最愛よ。気に食わんが、あのプロレス男の機体を直してやってくれたまえ」
そう言って、莉央はキョウジの肩をぽんと叩いた。
「あの……直せる自信ないのですがそれ以前に……さっきからその……最愛って、何でしょうか?」
それは、確認とも恐る恐るとも違う。
キョウジの態度は、怯えそのものだった。
「ふむ? それはつまり、吾の想いを、今ここで、彼らARCの前で語れということか。なかなかに豪胆だな最愛よ。とはいえ、吾は別に構わぬぞ? 吾の想いに恥ずべきところは一点たりともないからな」
「いえそうじゃありませんというかそれ以前の話というか語らないでくださいませ私が構います」
冷静にパニックになるキョウジを見て、莉央は「ふむ」と呟く。
そして――キョウジの胸元を掴み上げ、自分の前に手繰り寄せた後、強引にその唇を奪い取った。
長い、長いキスだった。
けれど、ロマンチックな要素は欠片もない。
部員メンバーも、唖然としていながらも静かにドン引いていた。
それはまるで、捕食のようだった。
たっぷり数十秒の後、頬を紅潮させ、莉央は囁く。
「語らずに、吾の想いを伝えてみたが……どうだ? 我が最愛、理解したか?」
キョウジは何も語らない。
何も告げず……その場で、のぼせたように顔を真っ赤にしながらぱたりと倒れ込んだ。




