偽物
会場内のフードコートで、ぽつりと一人座る小さな影。
少女はメイド服を着ているというのに、何故かまるで目立っていない。
それは今大会がイベントサミットのような雰囲気があるからだろう。
似たようなコスプレ紛いの人が大勢いた。
それに、そもそもの話だがフードコートにいる大半は最初から彼女のことなんて眼中になく、皆揃ってモニターに夢中となっている。
彼らは巨大ロボが戦いあう姿を、酒を片手にはしゃぎながら見ている。
その様子はさながら、どこかのスポーツ観戦パブのよう。
また、ちくりと胸が痛んだ。
歌いだしそうな、騒がしい人たち。
楽しそうにしている観戦客。
大会は最下級規模の割に、妙に客が多い。
たぶん、何か特殊な理由があるのだろう。
応援にアイドルが来ているとか、実況解説がプロだとか、どうせそんな感じのが。
そして、どのような事情があろうとも、二十六木流の不利に繋がることに代わりはないだろう。
初心者である彼の場合、あらゆるアクシデント、ハプニングが敵に回る。
「おや、どうしたんだい嬢ちゃん。迷子かい? そんな浮かない顔をして」
酒を片手に頬を赤くする男に、莉央は声をかけらる。
「あっ。えっ……そ……」
声が、出てこない。
大丈夫です。
その一言が言えず、どもることしか出来ず、俯く。
だからだろう。
男の表情が心配の色に染まる。
それがわかるから、申し訳なさと煩わしさで心が苦しくなる。
ずっと昔からそうだ。
見知らぬ誰かと話そうとすると、いつもこうなる。
皆にとって当たり前のことさえ、自分は出来ない。
自分には何もない。
これまで何も積み重ねず、惰性と怠惰の中でしか生きていない。
そしてこれからも、きっとそれは変わらない。
それが惨めで、辛くて、情けなくて――。
「失礼。俺の連れが迷惑をかけたか?」
キョウジの声が聞こえ、莉央ははっとして、キョウジの背に隠れた。
「いや、嬢ちゃんが一人だったから心配になっただけさ。あんたのお子さんは良い子にお留守番してたぜ」
「ふむ。それは心配をかけた」
「構わんよ。じゃ、お互い良い休日を過ごそうぜ」
そう言って男は満足げに離れ、モニターに集まる同志たちのもとに向かった。
「……俺は、そんなに老け顔なのだろうか」
少ししょんぼりするキョウジを、莉央はくすりと笑った。
「まあ良い。行くぞ莉央」
「……良いの?」
「は? 何がだ?」
「私が行って、良いの?」
「良いも何も、貴様も部の一員だろうに」
「でも――私、興味ないよ?」
「構わん。早く行くぞ」
そう言って、キョウジは莉央の手を取り、連れて歩く。
いつもよりも少し、強引に。
「どうして、人がこんなに多いの?」
「ん? ああ、ここライズ賭博が合法の会場だからだ。まあ、関係者厳禁な上に百円程度のお遊び賭博だけどな」
「……それ、意味あるの?」
元々ギャンブルという存在事態に意味はないだろう。
あれは千円を五百から七百円に換金する無駄ゲームだ。
それならデイトレでもした方がよほどリターンの可能性が高い。
けれど、今回の場合それ以前。
最低級大会なんてのはドングリの背比べのようなものであって、誰が勝つかなんてわからない。
それに百円なんて小銭を賭けたところでどうなるというのか。
ギャンブルとしてさえ成立しているようには思えなかった。
「元金の何パーセントかが賭けられた人に届く。ま、一種の推し活だな」
「……わけがわからない」
「そうだろうとも。おこちゃまにはわからない世界さ」
「……むー」
呟き、莉央は頬を含まらせる。
その様子を見て、キョウジはケラケラと笑った。
キョウジは莉央の手を放す。
気づけば、会場前の扉だった。
「……ねぇ、西島さん」
「なんだ?」
「私、最近なんか嫌な気持ちになる。頑張ってるみんなを見ると……辛くなる」
「そうか。……嫌になったなら、辞めても構わんぞ」
そう言われ、莉央は首を横に振る。
「辞めたいわけじゃない。ただ……どうしてこんな辛いのか、わからない」
「……そうか」
キョウジは、ぽんと莉央の頭に振れた。
「悪いが、俺にはお前の考えは理解出来ん。ただ……悪いことばかりじゃないと思うぞ」
「……そうなの?」
「ああ。だって、辛いと感じるだけ昔よりマシだからな」
そう言って、キョウジは笑う。
喪失感と罪悪感から心を閉ざし、痛みから逃げてきた。
何も感じず、惰性に時間を過ごしてきた。
そんな日々を二人で過ごしてきたという自覚なら、キョウジにはあった。
「それに、俺はこんなお前と話したことなかったしな」
「……そう、だっけ?」
莉央はきょとんと首を傾げる。
自分の想像では、キョウジとだけはそれなりに会話をしてきたような気がするのだが……。
「今日以外で、これだけ会話のラリーが続いた記憶は俺はないぞ」
そう言って、キョウジは苦笑する。
それが少しだけ申し訳なくて、莉央は小さくぺこりと頭を下げた。
意外なことに、二回戦もナガレは勝っていた。
赤羽の存在がデカイのだろう。
天才の名は伊達じゃないということか、それとも信頼のなせる技か。
けれど、そんな奇跡はここまで。
三回戦目……決勝戦が始まった瞬間、皆が無理だと理解した。
今までと何が違うのか、具体的な話は莉央にはわからない。
莉央はイクス・ユニットやライズに興味がないから。
強いて言えば、相手はあさひやカイのように動いている。
射撃動作でも立ち止まらず、無駄な行動はなく、接近されても慌てず適切に武装を変えて。
ただそれだけ。
普通の機体で普通のことをしているだけ。
けれど、この大会でその普通が出来ているのはその対戦相手だけだった。
「……なぁ。どうしても、優勝しないといけないのか?」
カイは静かに、呟く。
そのくらい、状況が圧倒的であった。
すぐに勝負は決まることはないだろう。
けどそれは拮抗しているからではない。
相手にとっては、無理せず時間をかければ確実に勝てる状況だからだ。
同じような戦い方だからこそ、カイにはこの後の展開が嫌というほどに予測できた。
「……残念だが、ナガレに下駄を履かせない限りどうにもならん」
赤羽は、静かにそう答えた。
どうしようもない。
その事実が、全員に重くのしかかる。
それなのに……。
(どうして、誰も諦めないんだろう)
相変わらず、莉央はそんな疑問を抱く。
これは無理だ。
そう思えて仕方のない状況である。
なのに、あさひは当然として、当事者のナガレも、カイも、わかっているはずの赤羽さえ、険しい表情のまま。
そんな表情なのは、諦めていないから。
ちくりと胸が痛む。
それは、心の痛み。
ようやく、理解出来た。
この痛みは、孤独の痛み。
皆が同じ方角を向いている。
一丸となって、騒動に向き合っている。
それに、自分は混じれない。
いや、混じろうとさえ思えない。
思えば昔からそうだった。
人のやっていることをやるのが億劫で、言われたことをやるのが死ぬほど苦痛で。
いつだって独りで見当違いの方向を見ていて、空気が読めないと言われ続けて。
それで――両親に捨てられた。
生まれもっての物だから、変わることも変えることも出来ない。
皆と同じ物を、彼女だけは見ることが出来ない。
『異物』
そう――誰かといると、何時だって自分は異物になる。
だから……頑張るのを辞めたんだ。
昔の事故とか、トラウマとかじゃない。
それは、生まれ持っての性根の部分だった。
(どうして忘れてたんだろ……)
そう思い、ふとその理由はすぐ傍に。
西島恭司郎。
彼が、世間から守ってくれていた。
トラウマと向き合わないよう、外敵を退け、宝物のように育ててくれた。
己がすべてを賭して。
進学を諦め、夢を諦め、ただ一身に、赤の他人である自分を。
ぬるま湯みたいな時間だった。
だから、忘れていた。
自分が、親から捨てられたほどの異常者であったという事実を。
けれど、忘れたところで真実は決して変わらない。
ぬるま湯につかっていたところで、異常者は異常者のまま。
どよめきが広がる。
モニターでは、アキレスの楯が壁際に追い込まれていた。
なるほど。
道理だ。
素人ならば、アキレスの楯対策としては安易に側面を狙うだろう。
けれど、そんなのは浅知恵に過ぎない。
なにせ使用者側も、側面や背面が欠点であるというのは認識出来ているのだから。
真の対策として有用なのは、正面攻撃を有用にすること。
こうやって鳥籠まで追い込めば、どれほど防御が強大であろうとも意味はなくなる。
有利を取り続け、自分の勝ち筋を増やす。
確かに、竜胆流に近いものがあった。
ARCの彼らの表情が一層険しくなっている。
それでも……。
(やっぱり、やる気が出ない)
一緒に盛り上がれない。
テンションは上がらない。
これでも一応は、僅かでも申し訳なさは感じている。
それでも、変わらない。
当然だろう。
これは、生まれた時からの性なのだから。
ずきり、ちくりと、胸が痛む。
これは自分が異常者であるという証。
今、この場において自分は赤の他人であるという自覚。
ああ――だから――。
辞めてしまおう。
これが終わって、皆の夢が破れたら。
来年の挑戦に、付き合うことを考えたらうんざりする。
そう思うと、今度は別の痛みが広がった。
これは、何かわかりやすい。
これは惜しいという気持ち。
欲望であり、執着。
そんな感情が自分にあったのかと、少しだけ莉央は驚きを覚えた。
どうやら、思ったよりもARCは居心地が良かったらしい。
頑張る程ではないが、離れるのは寂しい。
なんとも我儘なものだ。
そう思った後、ふと、考えた。
どうやったら、自分はやる気になるだろうと。
普通の人とやる気スイッチは違う。
けど、逆に言えばどこかにあるはずなんだ。
だから、考える。
まず――イクス・ユニット。
論外だ。
興味はない。
ロボットだろうとそこらへんの電球だろうと機械は機械。
特別視する理由はない。
では――ナガレ。
これも論外だ。
男としても、人としても、先輩としても魅力を感じない。
というか、陽キャバリバリな上に性格が良くて、運動神経抜群。
ついでに人当たりも良くて誰にでも分け隔てなく優しい。
そんな人間、反吐が出るに決まっている。
魅力を感じるとか以前の話だ。
では――あさひはどうだ。
確かに、彼女のためならやる気になっただろう。
もし……もしもだが、戦っているのがナガレでなく、あさひだったらきっとスイッチは入った。
彼女のためなら、自分を賭して戦う気概を持てただろう。
だが、そうじゃない。
だから、やる気スイッチをおねむのまま。
そう――このまま怠惰の泥に浸り、微睡の日々を過ごせば――。
ふと、男の横顔を見る。
キョウジと名乗った男の、一生懸命で、必死な横顔を。
彼が自分のことをわからないように、自分も彼の気持ちがわからない。
だけど、その横顔が必死なことはわかる。
彼のためなら、どうだ?
彼のためなら、頑張れるか?
そんなの当然――。
かちりと、何かが入った。
十年以上眠っていた、何かが。
これ以上微睡の中にいることを、彼女自身が許さなかった。
「返して」
彼女は呟いた。
男に向かい、手を伸ばし。
「……なんだ?」
突然の言葉に男は理解出来ず、首を傾げる。
「それは、私のもの。だから返して」
そう言って、彼女は男の白衣を掴んだ。
「お前……。本当に、良いのか? だって……それは……」
じっと、彼女は男を見つめた。
今まで誰とも目を合わせようとしなかった、彼女が。
「……もう少しだけ、俺に約束を果たさせてくれないか?」
「今じゃないと、私はきっと立ち上がれない。ここが、きっと最後のチャンスなの」
「……そうか」
それだけ答え、男は白衣を脱ぎ、彼女に渡す。
彼女はそれを愛おしそうに抱きしめた後、自ら羽織った。
男物であるためぶかぶかで、全然サイズは合わない。
なのに、何故か彼女こそがその持ち主であるとわかるほど、似合っていた。




